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アフタヌーン ティー  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
4/30

4. ★ 常連さんに混ざって・・・・・・ (令和十年八月五日・土曜)

 ――――。


 ハーブの香りが、ティーカップからふわりと立ち上る。


「はい、ユリ。お待ちどおさま。カモミールティーね」

「ありがとう、箏音。・・・・・・あれ? 今日は穂花は来てないの?」

「バイトだってさ。夜遅くなるから来れないんで、ユリによろしくだって」

「そうかぁ。わかったー!」

「そういうユリは、部活とかバイト、忙しくないの?」

「うーん。どうだろうなぁ。私の大学の空手道部は、そこまで超名門って感じでもなくて、和気藹々としたサークルみたいだしさ。今日も午前中だけで稽古終わったくらいで」

「そうなんだね。だからこの時間に、白川から来られるのかぁ」

「そういうこと。箏音が淹れてくれる紅茶がね、もう、稽古で疲れた私の心と体を癒してくれる一番の薬なんだ」


 優璃は笑って、カモミールティーを一口飲んだ。


「ありがとうね! あたし、ユリにそう言ってもらえて、すごく嬉しい!」


 箏音は両手をぱんと鳴らし、弾むような足取りで厨房のカウンター内へ戻ってゆく。

 すると、入れ替わるようにして、小柄なお婆さんが厨房から出てきた。この喫茶民宿の女将であり、箏音の祖母であるヨネだ。


「ありがとなぁー、孫がたいそう喜んでおるよー。これ、お嬢ちゃんにサービスだかんね」

「え? そんなそんなー。私、本音を言ったまでで・・・・・・」

「いいから、いいから。その紅茶によく合うから、ほぉれ、召し上がれー」

「え、えーとぉ。・・・・・・こ、箏音ー? 私、いいのかなぁ?」


 優璃は喜びつつも、やや困惑した感じで厨房にいる箏音へ声をかけた。


「それ、婆ちゃん手作りのロールケーキだから、食べてー。ユリの好みに合うといいんだけど」

「おっほっほ。年寄りのおせっかいだと思って、さぁ、召し上がれ」

「あ・・・・・・。じゃ、じゃあ、せっかくの好意なので、い、いただきます・・・・・・」


 優璃はヨネからロールケーキを受け取ると、フォークでさくりとそれを切り、口へと運んだ。

 十秒後、西日に照らされた優璃の顔は、恍惚の表情で満ちあふれていた。



 * * * * *



「――――・・・・・・あー、おいしかったぁ! 二人とも、ありがとうございます!」

「おっほっほ。お口に合ってよかったよぉ。いい顔で、食べとったねぇ」

「ユリって、うちに初めて来てからまだ一週間なのに、もう、常連さんの雰囲気だよね!」

「そんなことないって。でも私、本当に毎日でもここに通いたいな。ほんと、いい場所だもん」

「おっほっほっほ。いつでもおいで。ここは、みんなの『心の拠り所』なんだからねぇ」

「そういうことなの。普通の民宿だったんだけど、婆ちゃんが、ご近所さんでも誰でも立ち寄れてお茶飲み話がいつでもできる場として、喫茶店も併設したんだよ」

「へぇ、そうなんだぁ! ・・・・・・ほんと、このお店、心から落ち着くから好きです」


 優璃はにこっと笑って、窓の外に広がる庭を見ながら、紅茶をすする。

 その様子を、店内のカウンターに腰掛けた一人の高齢男性が、微笑みながら見つめている。


「ん? 婆ちゃん、(そう)さんもこっち見て笑ってるよー」

「草さん?」


 優璃は箏音の言葉に反応し、その男性の方へ目を向けた。


「うん。高橋(たかはし)(そう)治郎(じろう)さんっていう、ご近所のお爺ちゃんなんだ。もう古くからの常連さんなの」

「そうなんだ。穏やかそうな人だね」

「もう米寿を迎えるんだけどね、ここらの界隈じゃ腕一番の、バリバリ現役の大工さんなんだよ」

「へぇー。すごい! ・・・・・・こんにちは高橋さん。常盤優璃といいます。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げ、優璃は草治郎へ微笑みかける。


「はい、こんちゃあ。よろしくだんべ。はっはは。かわいい子じゃのぉ」

「草さん。こちらはね、先週から新しくお友達になったユリ。あたしと同じ、大学二年生なの」

「はっはは。そうかぁ、そうかぁ。友達かぁ。ええことだべぇ」

「草治郎さんや、今日は何を飲んでくんだい?」

「ヨネさんよぉ、あのよぉ、今日は、焙じ茶か玄米茶を、くれやぁ」

「はいはい、わかったよぉ。ちょいと待っててねぇ」


 ヨネは厨房でヤカンを火にかけ、急須に茶葉をサラサラと流し入れた。


「ユリ。実はね、この喫茶店部分もね、草さんが建て増ししてくれた場所なんだよ」

「え、そうなの。へぇえー。このお店、すごくレトロ調で落ち着くし、広すぎず狭すぎずの何とも言えない絶妙な広さが、とーっても落ち着いてて、いいんだよねー」


 優璃は紅茶を飲みながら、店内をゆっくりと見回した。


「はっはは。いつ食べても、このどら焼きにゃ、ヨネさんのお茶が合うべぇ」


 草治郎はヨネが淹れた焙じ茶をすすり、小さめのどら焼きをぱくりと食べる。カウンターに座る彼の足下には、(のみ)(かんな)金槌(かなづち)(のこぎり)(かな)(じゃく)など、大工道具の入った布袋が置かれている。


「高橋さん。その足下の大工道具袋、すごく年季入ってますね。見ても・・・・・・いいですか?」


 優璃は草治郎に声をかけると、長いチェックのスカートを膝裏に折り曲げ、しゃがみ込んだ。


「はっはは。ええよぉ、ええよぉ。大したもんじゃねぇけど、好きなだけ見て構わなかんべぇ」

「ありがとうございます。・・・・・・わぁ。私、こんな年季の入ったノコギリ初めて見たかも」

「はっはは。職人にとって、道具は相棒だべ。簡単にポンポン手放せなくてなぁ・・・・・・――――」


 それから優璃は、夕方まで草治郎に職人世界の話や道具の説明を聞き、盛り上がっていた。


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