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アフタヌーン ティー  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
29/30

29. ★ 喫茶民宿こと、リニューアルオープン (令和十年九月二日・土曜)

 ――――。


「ねぇ、ゆりちゃん?」

「何ー?」

「わたしねー、ちょっと気になってることがあるんだー」

「ふーん」

「・・・・・・ゆりちゃん?」

「聞いてるよー」

「きいてないでしょー。エナガちゃんが戻ってきてくれて、可愛がるのはわかるんだけどさーぁ」

「聞いてるってばー」

「もーいいよーだ! ゆりちゃんのモンブラン、いただきーっ!」

「え! ちょっとぉ、穂花! 何してんのよ!」

「しらないよーっ! いひひ! ・・・・・・食べちゃおー」

「私が注文したモンブランでしょうよ! 怒るよ、穂花!」

「だってぇ、ゆりちゃんがわたしの話を上の空で聞いてるからー」


 優璃は、モンブランの乗った皿を持つ穂花を、ことの庭で追いかけ回している。


「私のモンブラン返せーっ、穂花!」

「いーやだーっ! ・・・・・・あー、おいしい!」

「ああっ! た、食べた! 何てことを!」


 優璃は蛇腹と戦った時のようなダッシュを見せ、穂花を後ろから捕まえた。そしてゆっくりと重い口調になり、穂花の耳元で「食べ物の恨みは恐いかんね」と囁く。


「・・・・・・ユリってばぁ。もう一つ、サービスで持ってきてあげるってー」

「それじゃ箏音に悪いでしょうよ。穂花が勝手に食べるからいけないんだよ」


 くだらないやりとりを、軒先の鳥カゴの中からエナガがじっと眺めている。


「くすっ。あははっ。・・・・・・とても、暴力団と戦って組織を解散に追い込んだ人には、見えませんねー・・・・・・」

「おっほほほ。そうですわねぇー。でも、優璃さんはああやって、普通に笑っている姿が、一番かもしれませんねぇー。うちの孫と談笑している表情、とても素敵ですよぉ」


 ヨネは、店内から庭にいる優璃たちを見て微笑む小笹と笑顔で話している。その後ろでは、蓄音機型オーディオから流れるクラシックを聴きながら、草治郎がニコニコして焙じ茶を飲んでいる。

 窓際席では、本を片手に静かにコーヒーを飲む月花の姿が。コーヒーを飲みながらも、真剣に何かの本を読んでいるようだ。


「こざさせんせーっ! ゆりちゃん、ひどいと思いませんかーぁ?」

「何言ってるの穂花は! ・・・・・・ごめんねぇ、月花。窓際席だと、外の声、うるさいでしょ?」


 すると月花は、読んでいた本をぱたりと閉じて、テーブルに置いた。


「いや、問題ないよ。これもこの店の音響の一つだと思ってるから」

「だってさ?」

「いや、『だってさ?』じゃないでしょうよ。もぉ! ・・・・・・ところで月花って、なにげに読書家だよね。いつも、その席で何の本を読んでるの?」

「あ、そうそう! わたしも気になってたんだ! つきかちゃんが読んでる本!」

「え・・・・・・っ! いや、これはー・・・・・・」


 明らかに動揺を見せた月花。穂花は「見ぃせてっ!」と、置いてあった本を手に取った。

 月花が「だめーっ!」と慌てふためくのと同時に、穂花はぺらりと本を捲った。


「・・・・・・。・・・・・・えええぇ! ええぇ?」


 間を置いて、穂花は驚きの声を上げた。月花は、両手で真っ赤な顔を覆って机に伏せている。


「つ、つきかちゃんって・・・・・・てっきり、小説を読んでいるもんだと・・・・・・。これ、もしかしてつきかちゃんが?」


 何とも言えない表情で、穂花は月花に本を返した。その中身は何と、剣士を題材にした人気少年漫画である『自滅(じめつ)(やいば) 有限会社編』と『浮浪者(ふろうしゃ)(しん)(けん) 東京大火編』の同人漫画。

 穂花が見た場面では、その漫画の主人公たちが古風な口調で技名を叫んで悪と戦い、助けた少女と恋仲になるという内容。その表紙の脇にある作者名欄には「Oh☆輝 ツキカ」と書かれている。


「だ、だってぇッ! こ、これ書いて読んでるとネ、うち、気合いが入って、漫画の主人公みたいにネっ、なれるんだもぉん! あ、あのね、だからね、これ書いて、うちも剣の腕を上げたつもりになってネっ・・・・・・」


 穂花に自分が書いた同人漫画を見られてしまったあとの月花は、話し方も声色もまるで別人。これまでの凜とした雰囲気はゼロ。これには優璃も穂花も、目をぱちくりさせて引き気味だ。


「うちね、剣道の試合はネ、普通にこの地の自分じゃ勝てなくて。自己暗示のようにネ、漫画の主人公になりきったつもりでー・・・・・・」


 月花のあまりの変わりように、穂花は「つきかちゃんが変になった!」と慌てて本を開き、漫画を月花の両目へ吸い込ませた。


「・・・・・・。・・・・・・ふぅ! そういうことだ、渡良瀬氏! うちが書いたものを見られたのは、切腹モノの辱めを受けたに等しいんだよ。だから、勝手に見てはダメだ!」


 穂花は顔が引きつったまま「はぁい」と返事。なぜか隣で、優璃も「はい」と返事をしている。

 赤鉄連合が破壊した床や店内は、この一週間のうちに草治郎が職人に声をかけ、きっちりと元通りに直っていた。箏音が言うことには、鳥カゴにいたエナガは一時的に逃げていたが、店が直るとまた戻ってきたらしい。

 赤鉄連合は、蛇腹権座衛門が「もう続けられるメンツもない」と、警察に解散宣言を提出。その後、栃木県内から赤鉄連合の関係者は全ていなくなった。


「やっぱり、このお店は一番だね。私、ここにいると本当に心が安らぐし、落ち着くんだ」


 そう言って、優璃はにこっと笑いガーデン席に戻って紅茶を飲む。箏音は優璃にモンブランを渡し、「ありがとうね」と笑った。

 午後の陽射しの下、リニューアルオープンした喫茶民宿ことには、今日も笑い声が絶えない。


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