20. ★ 変わり果てた店 (令和十年八月二十七日・日曜)
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「やっほぉーっ! おっひさしぶりでーす、こざさせんせーっ! ほんと久しぶり!」
「くすっ。変わらないのね、渡良瀬さん! その感じ、なんだかワタシ、ほっとするー」
「急な連絡しちゃってすみません、小笹先生。ありがとうございます」
「いいんだよ、常盤さん! まだ高校は夏休みでカウンセリングもないから、まとめて休みとってるからさ。楽しそうなイベントなんだって? 誘ってくれてありがとうねッ」
「貴重な休みでしたのに、すみませんー。ありがとうございます、小笹先生」
「いいってー。それに今日は常盤さんだけでなく、久々に渡良瀬さんにも会えたて嬉しいんだー」
「そう言ってもらえると、私も嬉しいです!」
「ねぇ、常盤氏。こちらの方は? 常盤氏の先生なのかい?」
「あ、そうなの月花! ・・・・・・紹介するね。私と穂花の師匠、麦倉小笹先生だよ」
「初めまして。茨城県は大荒井町出身の、大木月花と申します。よろしくお願い申し上げます」
「あらぁ、ご丁寧に。こちらこそよろしくお願いします、大木さん。ワタシ、麦倉小笹と申します」
「覚えました。麦倉殿ですね。・・・・・・常盤氏や渡良瀬氏の師匠ということは、空手の?」
「ええ、そうですよ。彼女らが高校時代にね、ワタシともう一人の教員が空手道部の顧問をしておりましてね。二人にはもうみっちりと、ワタシの空手を教え込んだんですよー。あははっ」
「なるほど。納得です! これまで幾度か常盤氏の技を見ましたが、あれは麦倉殿が仕込まれたものだったのですか!」
「まッ、ワタシが教え込んだのは基本的なモノですが、そこから常盤さんが稽古を重ねて自分の中で昇華した感じかなッ。・・・・・・その背負った筒袋・・・・・・大木さんは、剣道か剣術ッ?」
「あ、はい。薩摩眼示流剣術を修行してございます」
「あははっ。知ってますよ、その流派! 二の太刀要らずで有名な剣術ですよねッ? たしか、二流派あったと思いますけどー。空手に影響を与えた剣術は、もう一つの方だったかなー」
「そうです! すごい麦倉殿! 確かに、うちの薩摩眼示流と源流が同じもので、薩摩坐元流という剣術があります! 大昔、坐元流の方が、琉球の武道に影響を与えたことは伝え聞いています」
「月花ー。小笹先生はね、武道に関する見識がものすごく広いの。すごい先生なんだよ」
「わたしとゆりちゃんの、空手のスーパー師匠! すっごく、強いんだよーっ!」
「くすっ。そぉんなことないってばっ。ワタシはただの、スクールカウンセラーだよッ」
夕方四時五十五分。待ち合わせ場所である店前の庭園には優璃、穂花、小笹、月花が集合し、しばらく雑談をしていた。箏音やヨネ、草治郎の姿はまだ見えない。
「・・・・・・常盤氏。鳴瀧氏たちはまだ来てないのか? もう、間もなく時間なんだが・・・・・・」
「そうだね。おかしいなぁ。・・・・・・民宿棟にもいそうにないしなぁ。どうしたんだろう?」
「昨日の今日だし、忘れているなんてことは無いとは思うんだが・・・・・・」
「高橋さんやお婆さんも一緒に、お店の前の庭園に早めにいるって言ってたんだけどなぁ」
「鳴瀧氏の家は、離れてるんだっけ?」
「箏音の家? あー、確かここから車で七~八分ちょっとって聞いたことあるけど、私も詳しくは知らなくて・・・・・・」
「そうかぁ。・・・・・・渡良瀬氏。渡良瀬氏ー?」
「はぁい? なーに、つきかちゃん?」
「鳴瀧氏に電話してみてほしいんだけど。もう来てないとおかしいと思うんだが」
「あー・・・・・・なんかね、ことねちゃん、さっきわたしも電話入れたんだけど、繋がらないんだー」
「え! ちょっと、穂花。繋がらない・・・・・・って? おかしくない? 何かあったのかも!」
「え・・・・・・。ちょ、ちょっと、ゆりちゃん? なにか・・・・・・って、まさか・・・・・・」
「いや、わかんないけど、何か胸騒ぎがして・・・・・・」
「もしかして、店の中では? 暑いから実は中で待ってるのかもしれないぞ? 見てくるよ」
そう言って月花は店のドアを開けて入っていった。その後一分も経たぬ間に、店の中から「みんな来て!」という、月花の声が響いた。その声を聞いた優璃、穂花、小笹は慌てて店の中へ。
するとそこには、信じられない光景が。
「月花。な、何これ? 店の床が・・・・・・剥がされてる! 店内も土だらけだし・・・・・・」
「うちもついさっき見て、驚いたのだ! どうやら、何者かが床下を大きく掘ったみたいだけど」
店内は中央の床板が乱雑に剥がされ、深さ三メートルほどの大穴がその下に開いていた。その他に、レジのお金もすべて奪われ、食器棚はめちゃめちゃ。雑誌棚の本も床に散乱している。
「ゆ、ゆりちゃぁん! ・・・・・・これ、小鳥のカゴ・・・・・・だよね?」
穂花の足下に、ひしゃげて潰されたエナガの鳥カゴが転がっている。その周辺には、白い羽毛がいくつか散らばっている。エナガの姿はどこにも見えない。
優璃は襟足の髪をぶわりと逆立て、絶句していた。
月花は何と言ったらいいかわからないといった表情だ。
小笹は「まともじゃない奴らの仕業だ」と眉間にしわを寄せる。
穂花は、窓枠に何か挟まっているのを見つけた。
「ん? ・・・・・・ね、ねぇ、みんな! これ! ・・・・・・ひぃーっ!」
それは、ワインのようなケチャップのような何かで「ヤナギ たすけ」と震えた字で書かれた、グラスを置く白い紙コースターだった。
「こ、これって!」
優璃はその紙を見て、ぎゅっと下唇を噛んだ。その筆跡は、箏音がいつもテーブルに持ってくる手作りのメニュー表と同じものだったのだ。
「あっ! ま、待ってよぉ、ゆりちゃぁん!」
優璃はその場から駆け出し、柳公園へ走った。急いで穂花、小笹、月花も追いかける。
店の外では、ヒグラシの微かな声に混ざって、コオロギの声もしている。
柳公園の方からは、炭火のような香ばしい薫りが漂い、人の声が届いてきていた。




