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アフタヌーン ティー  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
18/30

18. ★ 布袋様のような、お客様 (令和十年八月二十五日・金曜)

 ――――。


「かわいいー。こんにちは、エナガさん」


 優璃は、ことの庭先で、鳥カゴに入ったエナガを眺めている。


「ゆりちゃぁん? お茶、ぬるくなっちゃうよー?」


 穂花は、ガーデンデッキ席で冷やし抹茶をすすり、みつ豆を食べている。


「ゆりちゃんのみつ豆も、食べちゃうよー?」


 優璃は鳥カゴの中でちょこちょこと動いて囀るエナガを、まだ眺めている。


「ゆりちゃぁん? みつ豆、食べちゃったよー」

「え! ちょっと穂花! なんで私のみつ豆食べちゃったのよーっ!」

「ええー? だってぇー、ゆりちゃん、呼んでも全然食べないしぃー。わたしもっと食べたかったしぃー。ぬるくなっちゃうしぃー」

「ぬるくなるって言ってたのは、冷やし抹茶じゃん。・・・・・・はぁー、もういいよ穂花。私、新たにかき氷頼むから」

「わぁい! わたし、イチゴシロップね! いひひー」

「なんで穂花も食べるのよ! 私は、穂花が勝手に食べちゃったみつ豆の代わりにー・・・・・・」


 他愛ないやりとりをする二人を、エナガは鳥カゴの中から見つめている。

 そこへ、箏音とヨネが店の中からやってきた。


「仲良いよね、ホノカとユリってー。・・・・・・ユリ。これ、昨日のお礼と言っちゃあれだけどー」

「いつも、ありがとねぇ。優璃さんにはもう、感謝しきれんよぉ」


 箏音とヨネは、優璃へ大きな高級メロンを切って持ってきた。


「ええ! い、いやいや。私、そんなつもりじゃー・・・・・・」

「わぁお、おいしそーっ! ゆりちゃん、せっかくだし食べようよ!」

「ちょ、ちょっと穂花ってば!」


 穂花は櫛形に切られた大きなメロンの一片を手に取り、かぷりと頬張った。


「もぉー。ごめんね箏音。・・・・・・穂花って、どうも昔からずっと子供みたいな感じでさー」

「あっははは。じゃあ、ユリがホノカの保護者だねーっ?」

「や、やめてよー。私、穂花の面倒をずっと見ろって言われたら、非常に困っちゃうなぁー」

「えええ! ひどーい、ゆりちゃん!」


 ことの庭には笑い声がたくさん響く。それに合わせ、エナガもぴきゅぴきゅ可愛く鳴いている。

 優璃は頬をぷくっと膨らますも、その後、笑顔でみんなとメロンを食べて談笑していた。



 * * * * *



「・・・・・・それにしても、あのモンスター男が来た理由が、そんなことだったなんて・・・・・・」


 箏音はガーデンデッキの隅でハーブティーを淹れながら、優璃と穂花へぽそっと呟いた。


「警察の人が言ってたから間違いないね。あの大赤子ってやつは、この店の下に埋まっているという、赤鉄連合が狙っている物を掘り起こす役目で使われたみたい」

「うひぃー。まるで人間ブルドーザーじゃん! じゃああのモンスターは、重機として命令されてこのお店に来たのかぁ・・・・・・。ひどいね。人を人とも思わない使い方じゃん!」

「穂花。きっとそれが、悪い連中のやり方なんだよ。一般的な考え方や常識が全く通じない相手ってのが、一番恐いんだからね」

「そ、それはー、わかるけどさぁー・・・・・・」

「確かに、ユリの言うとおり。そういう相手が一番厄介だよねー」


 店の庭に、レモングラスの香りが、ふわりと漂う。

 優璃は箏音の淹れたハーブティーを飲み、箏音や穂花と会話を続けている。

 夏の午後。その陽射しは近くの木々をぱあっと照らし、その葉の間を抜けて、ことの庭へ黄緑色になって差し込んでくる。


「ん? ねぇ、ことねちゃん。お客さんだよー」


 店の敷地入口で、きょろきょろしている男性客がいた。穂花がそれに気づいて箏音へ伝える。


「あ、本当だ。いらっしゃいませーぇ!」


 笑顔でその客へ対応する箏音。七福神の布袋様のような、ぷっくりむっちりとした巨漢の男性客だ。ぽよぽよとした餅のようなお腹を揺らし、店構えや庭先の花々を眺めている。つるりとしたスキンヘッドの頭をぴかりと光らせ、箏音へ「素晴らしいお店ですな」と誉め言葉をかけた。

 その男性客は、寛ぎながら紅茶を飲む優璃と穂花に、にこっと微笑んで「こんにちは」と挨拶をした。朗らかなその笑顔に、優璃と穂花も「こんにちは」と元気に返す。


「お客様。席ですが、店内席とガーデン席がございますがー・・・・・・いかがいたしましょう?」


 そう箏音に問われた男性客は、「天気が良いから外で」と笑って答える。箏音は「わかりました。ではそちらの席へどうぞ」と、優璃たちのいる隣席のパラソル付きテーブルへ案内した。


「(ゆりちゃん。なんだかすごく大きなお客さんだね。おまんじゅうみたいな人だね)」

「(こら、穂花。失礼だよー。聞こえちゃうでしょ。・・・・・・でもほんとに、そんな印象の人だね)」

「(この間の、大赤子っていうモンスターと、どっちが大きいかなぁー?)」

「(どう考えたって大赤子だよ。・・・・・・でも、あのお客さんもかなり大柄だけどね。すごくほのぼのとした笑顔で、人当たりのよさそうな感じだよね)」

「(ねー。絶対あの人、超優しい社長とかだよ! スーツはパッツパツだけど、高そうだもん)」

「(わかんないじゃん、そんなのー。もしかしたら、お相撲さんだった人かも・・・・・・)」

「(あー。ゆりちゃんだって、太った人だからってお相撲さんって決めつけてるーぅ)」

「(そんなことしてないってば! ・・・・・・あれ? あの人、こっち見てニコニコしてるよ)」

「(ほんとだねー。幸せそうな笑顔の人だなー。絶対に、超良い人だ!)」


 優璃と穂花は小声でそんなことを話しながら、紅茶を飲んでいる。


「ひゅほほふ! お姉さんたち、いいお天気ですなぁ! いやぁ、まったくですなぁ!」


 その男性客は、パラソルの下で手を振って気さくに声をかけてきた。


「本当に、良い天気ですねー。暑すぎない感じで、いいですよねー」


 優璃はにこっと笑って、言葉を返した。


「ひゅほほふ。ボク様はこの店、初めてなのですよ。雰囲気も良いし、草花や木々の感じも良い。何とも言えぬ、豊かな癒やし空間とでも言いましょうかな? いや、まったく」


 変わった笑い方の男性客は、ぼよんとお腹を揺らし、席の近くに落ちていた花を手に取った。


「見てくだされ、この花を。ほら、このガーデンによく似合った、良き風情を感じませんかな?」


 男性客は白い花を掌に乗せ、優璃と穂花に見せる。


「かわいいお花ーっ! ねぇ、ゆりちゃん。このおじさん、すごくロマンチストだねっ! もしかして超有名な詩人とか、作家さんとかかなぁ?」


「(さっきまでは社長とか言ってたくせに・・・・・・)」


 優璃は呆れたような目で穂花を見てから数秒後、笑顔を作り直して男性客へ答えた。


「・・・・・・確かに、この場所によく似合ったきれいな花です。私もそう思います」

「ひゅっほほほ! お姉さんたち、なかなか素晴らしい感性ですな。いや、まったく!」

「直球で聞いちゃいますけどー、おじさん、作家さんとか・・・・・・ですかぁ? それともやっぱり、超優しい社長さん、とかっ?」


 穂花は指をぴこっと立てて、笑顔で問いかけた。


「ひゅっほっほっほ! お姉さんには、ボク様が、そう見えるんですかな? いや、まったく。あとね、申し訳ないんだが、ボク様は『おじさん』って言われるのは、好きではなくてね・・・・・・」

「ほらぁ、穂花! 失礼だよ! ・・・・・・すみません、友達が失礼なことを・・・・・・」


 優璃はまるで穂花の母親のように頭を下げ、お詫びの言葉を返した。


「ひゅほほ。いや、いや、いいんだよ。いや、まったく! ボク様は老け顔でねぇ。そして見てのとおり、太っている! ・・・・・・どうも、若く見られることが少ないのだ。いや、まったくー」


 男性客は、卵のような頭を自分でぺしりと叩き、笑っている。


「おじさん・・・・・・ではなく、お兄さん・・・・・・ってくらいの年齢ですかぁ? ごめんなさぁい!」


 穂花は懲りずに、男性客へ屈託の無い笑顔で問う。


「ひゅほほほほ。まぁ、とりあえず気分がいいから、そういうことにしましょうか。いや、まったく。・・・・・・あと、先程お姉さんがした質問の答えだがね、ボク様は社長ではないんだが、まぁ、似たようなものだとだけ言っておこうかな。・・・・・・うん、いや、まったくそうだ」

「わぁお! やっぱりそうなんじゃーん! わたしの選別眼もなかなかでしょ、ゆりちゃん?」

「はいはい。そーだね」

「ひゅほほほ。お姉さんたちのお茶タイムを邪魔してすまなかった。では、ボク様も席に戻って、素晴らしきアフタヌーンティーを愉しむとしますかな。いや、まったく」


 そう言って男性客は、ぼよんぼよんと腹を揺らし、たぷりたぷりと頬を震わせて、ニコニコしたまま自席へと戻った。


「面白い人だね、ゆりちゃん。あんなに大柄なのに、どすどすとした足音はしないんだねー」

「だぁから、穂花はいろいろと失礼だってば! さ、私たちもお茶を飲もうよ」


 ガーデンテーブルで向かい合って紅茶を飲む優璃と穂花。

 その向こうでは、パラソルの下で涼みながら庭を眺めるあの男性客に、箏音が店内からピーチティーを運んでいた。



 * * * * *



「・・・・・・では、ボク様はこれで。お姉さんたち、ごきげんよう。お先に失礼しますよ」

「あ、はい! いろんなお話聞かせてくれて、ありがとうございました!」

「楽しかったですよーぉ、ゴンさん! また会ったら、愉快なトークを聞かせてくださーい!」

「ひゅほほ。・・・・・・いいでしょう! また、何度も会うと思いますよ。ボク様も、お姉さんたちに会うことを、楽しみにしていますから。いや、まったく。・・・・・・では、Arrivederciさようなら!!」


 あれから二時間ほどして、その男性客は帰っていった。

 優璃たちはお茶を飲みながら、男性客が振ってくる話題で様々なトークを楽しみ、歓談をしていたようだ。男性客は、常に笑顔で多種多様な話題で二人を楽しませてくれた。

 中学生の頃のニックネームは「ゴン」であり、そう呼んで構わないということ。

家には大きなモンスター級のバイクがあること。ただし、観賞用であること。

 二十年以上前はかなりヤンチャで、警察の厄介に何度もなったことがあること。

 好きな食べ物はモヤシであること。肉はあまり好きではないこと。でも牛肉だけは好き。

 特技は茹で卵を噛まずに十個飲み込めることと、椰子の実を頭突きで割ることができること。

 百人以上を束ねるリーダー職をやっているということ。何の職業かは秘密。

 スポーツや格闘技が大好きで、ラグビーや空手、レスリングの経験があること。


「感じの良いお客さんだったね、箏音!」

「そうだねー。最近、恐い人ばっかりだったし、ああいう笑顔のお客さんがどんどん来てくれるといいんだけどねーぇ」

「ゴンさん、楽しい人だったなー。話題も豊富だし、なかなか面白くて良い人だなー」

「えぇ? もしかして穂花、あの人に一目惚れ? えー、そういう好みだったんだぁ!」

「ちょ、ちょっとーっ! 違うってば! ゆりちゃん、ひどーい! 惚れる要素ないってばぁ!」

「いいじゃない。あの人、私たちと同じで空手経験者って言ってたし、共通点あるでしょー?」


 優璃はにんまりと笑って、穂花の脇腹を指でつつく。箏音はその横で大笑い。


「あ、いらっしゃーい!」


 そこへ、木刀の入った筒袋を背負った月花が現れた。


「と、常盤氏も渡良瀬氏も、何をそんなに盛り上がっているのだ?」

「あ、聞いてよ月花。今日お店に来たお客さんがいてさ。実は、穂花がねー・・・・・・」


 穂花は「誤解されるー」と、優璃の服を引っ張る。月花は穂花に、「いいじゃないか、大人なんだし」と言い、平たい笑顔でその両肩をぽんと叩く。

 穂花は「ゆりちゃんのイジワルー」と言って、庭でじたばた子供のように暴れ続けていた。


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