14. ★ 守るための、手なんだから!・上 (令和十年八月二十三日・水曜)
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「・・・・・・この間、旦那にこのお店の話をしたらね、家族で行ってみようって話になったの」
「そうなんですかぁ! 良かったですね! ぜひぜひ!」
「スイーツも美味しいんだねッ! このお饅頭なんかも、すごく素朴で美味しい」
優璃はまた、午前中に大学の部活を終え、午後に中田原市まで来ている。今日は再び小笹と店で待ち合わせをし、二人はガーデンデッキ席でお茶を飲みながら歓談中。
箏音はまだ穂花と共に茶道部の合宿へ行っている。
店の中には、カウンターに草治郎が来ており、ヨネと笑いながら囲碁の話をしている。
「・・・・・・それにしても、なんだか常盤さん、最近はいろいろ大変みたいね?」
「え? あっ、ああー。まぁ・・・・・・」
「常盤さんはしっかりしてるし、正義感も強いから・・・・・・かなぁー」
「そ、そうなんですかねー? あ、あはは」
「・・・・・・ま、ワタシはあんな風なこと言ったけどね、人を守るための正義だったり、正当防衛でってのは、仕方ないよ。ワタシだって、そういう時は・・・・・・やるだろうね」
「小笹先生も・・・・・・やっぱり、そうですよねーっ?」
「まぁね。・・・・・・でも、そういう場に遭遇しないのが一番ってことは、変わらないんだけどさ」
二人はヨネ特製のヨモギ茶を飲みながら、庭の花を眺めて話をしている。咲いているのは、白いアレキアの花。
「・・・・・・ふぅー。落ち着くねっ、このデッキ席」
「はい。・・・・・・店内の窓際席もいいですけど、この外の席も、いいんですよー」
優璃はにこっと笑って、また一口、ヨモギ茶をすすった。
近くの木々では、野鳥が何羽か遊んでいる。蝉の声も響いているが、その中に、鳥の声も織り混ざっている。
二人がゆったりとした時間を過ごしていると、店の前に銀色の高級外車が一台停まった。
その車からは、白いスーツに黒いワイシャツ姿で腕に金色の高級時計を着けた男が三人降りてきた。皆、その首元からはちらりと青い色が微かに見えている。その中でも、蛇革製のセカンドバッグを持ち、細い杖を持った一番各上と思しき銀髪の男は、左目元に一筋の大きな傷痕がある。
優璃と小笹は、その三人が発する「気配」を静かに感じ取っていた。
「(・・・・・・小笹先生。・・・・・・あのお客さん・・・・・・何だかどう見ても・・・・・・)」
「(常盤さん。あまり見ないで。・・・・・・明らかに一般客ではない感じを醸し出してはいるけど、普通のお客さんかもしれないよ?)」
「(た、確かに、そうなんですけどぉ・・・・・・)」
優璃と小笹はデッキ席から、店の中へ入ってゆくその男三人を、静かに観察し続けた。
* * * * *
「な、な、何度来たって同じだよ! 帰っておくんな!」
「この店は、地域のみんなの憩いの場だべ! 頼むから、もう、諦めてくれねぇかい!」
入ってきた男三人に対し、店の中でヨネと草治郎が対峙している。
三人の中で一番若そうなリーゼントヘアの男は、眉間にシワを寄せてヨネと草治郎へ顔を寄せ、突然「るせぇッ!」と大声で威嚇。
「おいババァ! そしてジジィ! てめぇら、この赤鉄連合幹部の神田仁義サマを前に、生意気な態度でよくいられんなぁ? あぁッ! おれの手で・・・・・・早めに、墓の中へ入りてぇかぁ?」
神田という男に続いて、オールバックで老け顔の男が二人へ詰め寄り、近くのテーブルを蹴っ飛ばして威嚇。木材同士がぶつかる乾いた衝突音が数回、店内に響く。
「おぅゴラぁ! このオレ、矢牧原豪サマはな、ボクシングのウェルター級東洋太平洋三位だったんだぞゴラぁ! そのウェルター級のオイシイ拳、口の中にブッ込まれてぇか!」
矢牧原という男は、ヨネと草治郎へ岩のような拳を向け、寸止めのパンチを繰り出した。二人はその威嚇に「ひぃ!」と怯え、腰を抜かしてどさりと後ろに尻餅をついた。
「おぅ、いいか? この赤鉄連合へ、いつまでもウダウダと店と土地の権利書を渡さねぇから、こうなるんだ。素直に明け渡せば、悪いようにはしねぇんだよ。・・・・・・この神田と矢牧原よりも、若頭であるこの俺、団昇人の方が、殺る時は問答無用で殺るかんな? いいな?」
「な、なな、何だってそんなに、この店にこだわるんだい!」
「るせぇッ! おいババァ! 若頭に面倒かけんじゃねぇ! ここの土地にはな、最新の武装兵器の設計書と秘薬の精製方法が大量に埋まってるっつぅ、古い文献記録があんだよ! それを掘り起こすにゃ、このボロい民宿や店が邪魔なんだよ! ああっ? 早く明け渡せや!」
「そっ・・・・・・そんなことが、あってたまるかい! い、いい加減なこと、言うんじゃないよ!」
「だ、だいたい、勝手に埋めといたそっちの不手際だんべな!」
震えながらヨネと草治郎は、神田に言葉を返す。神田と矢牧原は「どうします?」と団に問う。
「ふぅ。面倒くせぇな・・・・・・。おい、仁義ィ・・・・・・てめぇ、何勝手に秘密を喋ってんだァ?」
団は葉巻に火を付け、すうっと思い切り吸った直後、神田へ煙を吹き付けて胸ぐらを掴んだ。そして、貴金属が散りばめられた指輪だらけの手で、神田の横っ面を振り抜いた。
神田の頬は、団の指輪によって無数の深い傷がついた。それはまるで熊に引っ掻かれたようだ。
「あう、あうう! す、すんませんっす、若頭! ほんと、すんません!」
神田は土下座して団に何度も謝る。矢牧原も頭を垂れ、団へ「オレも気をつけます」と呟く。
「元締からも、赤鉄連合はナメられんじゃねぇって言われてんだろうがぁッ! ああッ!」
団は土下座した神田を激しく蹴りつける。神田は何度も「すんません」と繰り返す。
その時、店のドアがばたりと開いた。
逆光に浮かび上がった二つのシルエットへ、赤鉄連合三人の視線が一斉に集まった。
* * * * *
「何してるんだ、お前らぁーっ! やめろーっ! このろくでなし!」
「全部聞いたよ! もう乱暴はやめなさいッ! これ以上騒ぎを続けるなら、警察呼ぶよッ!」
赤鉄連合の話を全て見聞きし、店へ一気に突入した優璃と小笹。
ヨネと草治郎は「危ないから関わっちゃいかん」と必死に叫んでいる。
「なんだ、おめぇはよぉ? おぅゴラぁッ!」
矢牧原はサングラスを指でくいっと上げ、肩をいからせながら優璃の方へ詰め寄る。伏せていた神田も団に「てめぇも早く行けよ」と目で促され、立ち上がってすぐに矢牧原と並んで優璃を威嚇。
「おいメスガキ! 何なんだ、てめぇはぁ! 赤鉄連合相手に、粋がってんじゃねぇぞ!」
「・・・・・・。」
優璃は矢牧原と神田には目もくれず、震えて怯えるヨネと草治郎の方をじっと見ている。
「おぅゴラ! 聞いてんのかぁ!」
「おいメスガキ! ソープにでも売っ飛ばすぞコラァ!」
威嚇する二人が優璃の左右からさらに一歩詰め寄ろうとした瞬間、優璃は床を蹴って一瞬でヨネたちの元へ移動。その際に、団を突き飛ばして二人から距離を作った。
団は「何しやがる!」と姿勢を立て直す。矢牧原と神田は「若頭!」とそれに気を取られた。その瞬間、小笹は二人の腕を掴み「動かないでッ!」と睨みを利かせてその場に居着かせた。
「二人とも、大丈夫っ? 私の後ろから、安全な場所へ避難して!」
優璃はヨネと草治郎を守るようにして、団と向かい合う。草治郎は「ヨネさん、こっちだべ」と言ってヨネを連れて店の勝手口から外へ避難。
「・・・・・・っのやろう。・・・・・・そうか! てめぇだな、一条トオルをムショへ戻した張本人は! 噂は聞いてるぜ! どうやったのか知らねぇが、関係ねぇやつには引っ込んでてもらおうか!」
「それが何! あんたらのしていることは、とても見過ごせるもんじゃない! このぉっ!」
優璃は、すぐ側にあったグラニュー糖のビンを団の顔に投げつけた。白い粒は大量に床へまとまって落ちる。その隙を突いて、近くに掛けてあった見回り用の拍子木を、小笹へ向かって投げた。
「先生! 使って! ・・・・・・守るための戦いだもん、もう、やるしかないでしょ!」
小笹は矢牧原と神田を弾くように左右へ突き放すと、優璃が投げた拍子木を両手で受け取った。
「あ! この形・・・・・・」
「先生なら絶対にそれで身を守れるよね! 私はこっちの男を相手する! お願いします!」
優璃はカウンター脇に置いてあった大ヘラをがしっと持ち、団に向かって腰を落として構える。
「何の真似だ? こちとら、喧嘩でメシ食ってる世界のプロだぞ・・・・・・。そんなふざけたデケェしゃもじ持って、俺をどうするつもりだ? ああッ!」
毅然とした態度で、優璃は「どうするつもりかは、身を以て知るといいわ!」と返した。
団は「死ぬしかねぇな」と、持っていた杖からすらりと白銀の刃を取り出した。仕込み杖だ。
優璃の頬につつりと、汗が流れる。団は、兇刃を持ってじりじりとその間合いを詰めてくる。




