10. ★ 場にそぐわない者達・下 (令和十年八月十三日・日曜)
――――。
「ふーざけんなよ。マジかよー。なかなか戻ってこねーと思ったらよーっ! ・・・・・・げへげへっ」
「「 ん! 」」
優璃と穂花の後ろから、噴水のような金髪のホスト風な男が現れた。男は太い葉巻を吸っているが、煙かったのか、咽せて涙ぐんでいる。
「(うひょー。もうやめてぇ! ま、まぁた変なのが出てきたぁ!)」
「(なんだ、この男?)」
「おいおいおいー。まさかよぉ、こんな女どもに、やられたんじゃねぇだろーな、おめぇらぁ! それでもイージーの構成員かよぉ? かぁー、バカ共が! だらしねぇ!」
男は倒れた海原や大石の頭を、艶のある蛇革製の靴でぐりぐりと踏みつけている。そして、箏音かヨネが植えたであろうヒマワリの葉をもぎ取り、それで鼻をかみ、陣田原の頭へ投げ捨てた。
「ちょっと!」
その行為を見た優璃は、男に向かって叫んだ。穂花は「もう帰ろうよ」と優璃の服を後ろから引っ張る。
「あぁん? なるほど。おめぇか、俺サマの子分らを、やりやがったのは!」
「子分? あなたがイージーって組織の親玉なの?」
「ゆ、ゆりちゃぁん・・・・・・。もう帰ろうってばーぁ」
「いかにも! この俺サマこそが、半グレ団 イージーの総帥、井島元サマだ!」
井島という男は、「きまったぜ!」と言い、ポーズを決めて自己陶酔している。
「この転がってるやつらを引き上げて、この場から消えて。二度と、この場所に手出ししないと誓ってから、帰ってくれない?」
優璃は井島のポーズを無視し、ずいっと詰め寄った。
「うぉい! うぉいうぉいおぉぉいっ! 何なんだおめぇは! イージー総帥である俺サマを無視するたぁ、いい度胸してんじゃねーか!」
「何でもいいから、早く帰って? 私、本気で怒ってるから」
どんなに井島が凄もうとも、優璃は意に介さず、毅然とした態度で対応。
「じょっ、上等だぜ! ばーかばーか! おめぇは、ばかだ! いいか? この俺サマはかつて、デカイ組織に所属していたんだ! イージーはな、その頃の組織のエッセンスを受け継いで結成した半グ・・・・・・」
「私の言ってる言葉がわからないの? さっさとこの場から消えてって言ってんの!」
「ふぅ、ふぅっざけんじゃねーッ! おい女! この俺サマをここまで怒らせたこと、後悔させてやっかんな! 俺サマは、イージーの中じゃ最強なんだ! 柔道だって茶帯を・・・・・・」
「だから何? 半グレだの、地上げだの、真っ当な奴のやることじゃないでしょ!」
さらに優璃は、井島を気迫で押してゆく。
少しずつ、井島はその迫力に怯み、数歩後ろへ退いた。
「こっ、こーなったら見せてやらぁ、ばか女! このイージー総帥、井島元サマの力を!」
すると井島は、どこに隠し持っていたのか、背中からすらりと長い鉄パイプを出し、それを大きく振りかぶって優璃たちへ襲いかかってきた。
「ひぃ、ひぃやーっ! ゆりちゃん! ヤバいヤバい!」
「穂花! 下がってて!」
優璃は咄嗟に穂花を突き放し、井島の振り回す鉄パイプを紙一重で避けた。
フルスイングで空振りをした勢いで、井島はそのまま姿勢を崩し、よろけている。そこへ、優璃は目にも止まらぬ速さで踏み込み、井島の手首を掴んだ。
「うぉい! うぉうおおー?」
優璃は井島の両腕を回すように下から上へと捻り上げた。
「うぉい! 聞けよばか女! 俺サマたちイージーのバックには、あの赤鉄連合がいて・・・・・・」
優璃は井島が話し終える前に「私の知ったことじゃないわ!」と、一気に重心を真下に落とす。
両腕を固められたまま、高速で井島は地面へ頭から落とされ、そのままぱたりと気絶。
「・・・・・・ふぅ。なにがイージー総帥よ。大したことないじゃん」
「ゆっ、ゆりちゃぁん・・・・・・」
「穂花、とりあえず警察に電話しよう。こいつら、現行犯逮捕ってことで・・・・・・」
喫茶民宿ことへ襲撃をかけた大石、海原、陣田原、そして井島の四人はその後、通報を受けて駆けつけた警官たちに逮捕され、そのまま警察署へ運ばれていった。
* * * * *
その日の夕方、優璃は穂花と一緒に自分のアパートに戻り、お茶を飲んでいた。
「――――・・・・・・ゆりちゃん。ことねちゃんに連絡してみたら、お盆だからお墓参りと家族旅行にいってるんだってさ。状況を伝えたら、めっちゃ驚いてた!」
「そりゃあ、ねぇー・・・・・・。箏音には心配かけちゃったけど、なんか、状況がヤバそうだしね」
「だっ、だよねぇ。うひぃ! でも、イージーってのはやっつけたし、一件落着だねっ!」
「・・・・・・一件落着・・・・・・なのかな? あの井島ってのがさ、バックに赤鉄連合ってのがいるって言ってたし、どうも私は、それがこの店に絡んできてる黒幕のような気がしてるんだ」
「え! あ、赤鉄連合・・・・・・って、あの、ことねちゃんが言ってたヤクザ屋さん、の?」
「そう。・・・・・・恐らくそいつらが、喫茶民宿ことの場所を、無理矢理に取り上げようとしてるんだよ。イージーの連中は、言わば、ヤクザの駒・・・・・・みたいな」
「うえええぇ! じゃ、じゃあ・・・・・・今後はもしかすると、ヤクザ屋さんがあの店に?」
優璃は「そんな連中が来たら追い払ってやるよ」と言い、テーブルのお茶を一気に飲み干した。穂花は「悪い人がもう来ませんように」と、半泣きで祈りながらカステラを頬張った。