1. ☆ 姉妹の優雅なティータイム (令和十年十一月四日・土曜)
こつりと小さい音がした。薄黄色をしたイギリス製のティーカップが、ソーサーに置かれた。
カップの横には、やや小さめなバスク風チーズケーキが置かれている。壁に掛かったアンティーク調の振り子時計は、スローテンポで時を刻んでいる。
「それにしても・・・・・・中学の頃まではあんなに大人しかったのに、まさか、アタシの知らないところで『あんなこと』になってたなんてね。アタシ、後から知って本当に驚いたよ」
セミロングの髪に桃色の髪飾りをつけた若い女性は、向かい席に座る妹に、笑顔でそう言った。
「私はさ、こうやって、静かにお茶を飲んでいたかっただけだったんだけどなぁ」
「だからってさぁー・・・・・・。ま、アタシも以前は短気ですぐ手が出たから、人のこと言えないか」
「お姉ちゃんも私も、同じ血が流れてるってことだよ。うん」
「・・・・・・あはは。そうだねぇ」
「・・・・・・あー、おいしい。私、最近ね、このタイプのお茶が気に入ってるんだ」
ショートヘアの髪型をした妹は、清々しいミントの香りがする紅茶を一口すすった。
「なぁに? 優璃は最近、ミントティーにはまってるの?」
姉はまた、ティーカップを指で持ち、妹に問いかけた。
「うん、そうだよ。この香りがまた、私の気持ちをすっと落ち着かせてくれるの」
「そっかぁ。・・・・・・確かに! ここのお茶、ほんと美味しいね」
「でしょ? 私の一番の親友、穂花オススメの店だもん。彼女に感謝だよ」
「穂花ちゃんとは、大学は別々になったけど、今も変わらず仲いいんだ?」
「もちろん。こうしてお姉ちゃんと美味しいお茶を飲めるのも、穂花がここを私に紹介してくれたからだよ」
「喫茶民宿『こと』かぁ。・・・・・・今度、旦那と一緒に来てみようかな」
「いいんじゃない? お義兄さんも気に入るかも。・・・・・・お姉ちゃん。口元にクリームついてる」
「え? いけない。ありがと、優璃」
優璃の姉は、スカートのポケットから鶯色のハンカチを出し、口元についた生クリームをすっと拭った。それには紅色の糸で「Kureha.T」と刺繍が施されている。
「・・・・・・お姉ちゃんの名字が、『常盤』から『高萩』になって、間もなく一年か。早いね」
「最初は慣れなかったねー。『高萩紅葉』だから、イニシャルは変わんないけどさー」
「ママも二十三歳くらいで結婚したみたいだけど、お姉ちゃんもなにげに同じだよね」
「そこも、血は争えないってことだね。・・・・・・ねぇ優璃、また、いろんな話きかせてくれない?」
「うん、いいよ。・・・・・・ええと、何から話すかな? ・・・・・・あ、まずはね・・・・・・」
優璃はまた、ミントティーをすすりながら、笑顔で紅葉に話を始めた。
これは、常盤優璃という二十歳の女性の、ちょっとした出来事のオハナシである――――。