呪われた伯爵領04
そうして、王国暗部数人を引き連れ、シャデラン様、僕、ノーイットが珍しく同伴させられる。ノーイットは普段、新聞屋をしているので、王国関係の仕事には連れて行くことはない。
たぶん、ノーイットの目と耳を使いたいのだろう。昔、ノーイットは目と耳を妖精に呪われた。呪いが解けたのだが、その後、僕たちではわからない何かを見たり聞いたりしている。
初めての同伴に、ノーイットは緊張していた。僕は馴れているから、軽く話したり出来る。
「ノーイットも馬が使えてよかったです」
「そりゃ、学校で習ったからな。まあ、マキシムほどではないがな」
文筆家となったマキシムは僕と同じ騎士志望だった。両足の膝を妖精に呪われてしまったため、後遺症から、激しい運動が出来なくなり、騎士を断念したのだ。
お互い、学生時代からの友人だから、良いことも悪いこともわかっている。
「伯爵家が没落して、僕はざまあみろと、と思いました」
「俺もだ。あの王族が両手両足をなくしたとこを見た時は、喜んだな」
王族とシャデラン様の決闘の場には、僕たち五人はいた。何せ、あの王族、悪あがきをするので、僕たちで決闘の場に連れて行ったのだ。
「だけど、こんなのは望んでいない」
遠くからでもわかる呪われた伯爵領の光景は、酷いものだった。伯爵領の境目から、すでに天気は最悪だ。大地も穢れて、緑一つ見えない光景は、ぞっとする。あそこだけ、空気が違う。
王国の暗部は、何も言わなくても先に行き、伯爵領の様子を見てきてくれる。これ、普段はやらない。何故って、何かあっても、それぞれ対処できるから、やる必要がないのだ。シャデラン様は神の思し召しとして、ありのままを受け入れる。それで死なないのだから、この人も何かに愛されているんだろうな。
伯爵領に入るころに、暗部数人が戻ってきた。そして、僕の服を引っ張り、目で訴える。この暗部たち、舌は切られているので、話せないが、読み書きは出来た。僕が面倒をみているからか、僕のほうに懐いてしまった。いや、君らの主はシャデラン様だ。
「何かあるんだろう。ほら、先に行け」
「はいはい」
もう、天罰とかは僕が先に受けることは決定なんだね。僕は暗部の一人を馬に乗せ、先導する。
しばらく馬を歩かせれば、人の声がする。
「待て、それ以上は行くな」
何故かノーイットが止める。見れば、目をおさえている。
「呪われた伯爵領に入った時は、大丈夫だったでしょう」
「気持ち悪いし、耳鳴りもしている」
思ったよりも、ノーイットは何かを感じていた。ノーイットの調子が悪くなったので、暗部がノーイットの馬の操作を変わって、彼を支えた。
「何が見える」
「リリィの呪いだ。あの、妖精金貨と同じものが、ものすごく濃く見える。これ以上は危険だ」
ノーイットはこれ以上、動くことが出来なくなった。
「ノーイットはここで待機だ。誰か、ノーイットについててくれ」
「馬もここに置いていきましょう」
馬は勘が良い。行く先に何か感じるようで、様子がおかしくなってきた。馬のほうも、暗部たちに見てもらうこととなった。
結果、シャデラン様、僕、暗部二人が行くこととなった。僕はやっぱり先頭だ。
シャデラン様は妖精の目は使わないようにしていた。ノーイットの様子から、妖精の目を使うことは危険と判断した。そして、妖精の力を殺すためか、剣に手をかける。それだけで、何か力強いものを感じてくる。
近づくと、僕も影響を受ける。左腕が痛い! 我慢はしているが、変異していた頃の痛みを思い出した。あの頃は、痛みで眠れなかった。
僕は左腕の痛みに耐えながら、声がするほうへとどんどんと近づく。見えるようになった頃、それは随分とたくさんの人だった。大人だけでなく、子どももいる。老人だっている。その中心に、女性が転がされ、蹴られていた。
「お前のせいで、我々の居場所がなくなった!」
「とんだ出来損ないの娘が!!」
「そうよ、こんな場所にしかいれなくなった。全て、お前のせいよ!!」
「お家に帰りたい!!」
「返せ!!」
子どもたちは石まで投げている。
たった一人の女性は、殴られて蹴られて石をぶつけられて、ただ、「ごめんなさい!」と叫ぶように謝るしかない。多勢に無勢なんだから、仕方がないだろう。
なかなか、えぐい光景だ。
「貴様ら、ここは立ち入り禁止の場所だ。何故いる?」
シャデラン様はひるむことなんてなく、堂々と声をかける。
集団の中で代表者らしき男が、シャデラン様の前に出て、跪いた。
「我々は、伯爵一族のため、どこも受け入れてもらえません! どうか、お助けください!!」
「お助けください!!!」
なんと、この集団は、リリィをイジメた伯爵令嬢の一族だ。大人だけでなく子どもまで、迫害を受けていた。
それは仕方がない。領地は明らかに妖精に呪われた体をしている。これほどの呪いを受ける領地の領主だった一族を受け入れる領地はいない。呪いが飛び火されたら、たまったものじゃないからだ。
「た、助けてください!」
さっきまで殴る蹴るされていた女性はシャデラン様に縋った。その顔は、忘れもしない、僕たちの人生を狂わせた元伯爵令嬢だ。
かなりの暴力を受けていたのだろう。顔にも大きな傷がある。服だってボロボロだ。肌が見えるところは青あざが見られた。
「触るな! 穢れるだろう!!」
男が元伯爵令嬢を引きはがして、ついでに蹴った。
「お父様、ごめんなさい!!」
元伯爵だ。元伯爵は、実の娘だというのに、暴力をふるう。
「話はわかった。俺の前で無駄な行動はやめろ。それで、どうやって、ここで生きてる」
何もない場所だ。自給自足なんて出来ない。
「娘に恨みを持つ者はたくさんいる! 娘を殴らせるかわりに、金を受け取っているんだ!!」
腐ってるな、この親は。しかも、一族は誰も止めない。むしろ、一人の女に全ておしつけている。
「どうですか? 殴っていいですよ」
シャデラン様に娘を売ろうとする元伯爵。シャデラン様は冷たく見下ろすも、金貨を一枚、僕の足元に捨てる。
「サウス、あの女に恨みがあるだろう。好きにしろ」
なんと、僕が指名された。
「確かに、この女のせいで、僕は生家に縁を切られましたからね。ついでに、平民となって、それはもう、大変でした」
「そうだったのか! じゃあ、好きにすればいい!! もう、娼館で経験済みだ!!!」
「へえ」
僕は呆れる。実の娘の経験まで暴露か。貴族も堕ちたら、ただのゲスだ。
逃げようとする元伯爵令嬢は、一族の者たちに捕まえられ、僕の前に引きずり出された。
僕はちらっとシャデラン様を見る。シャデラン様はどうするか、僕を観察している。性格悪いな。
「僕だけじゃないんですよ、恨んでいるの。当時、僕を含めて五人が、学校に入学早々、この女に命令されて、酷いことをさせられたんです。リリィに無体なことをしろ、と」
「やっぱり、あの女のせいね! たかが男爵の分際で」
「お前なんか、ただの罪人以下だろう。調子に乗るな」
どれだけ酷い目にあっても、この女の性根はそうそう変わらない。正直、見たくもないし、声だって聞きたくもない。
僕の声ががらりと変わったので、元伯爵令嬢だけでなく、伯爵の一族は恐怖する。いかんいかん、こういうのは、良くない。
僕は気持ちを整理した。左腕の痛みが、丁度いい気付けになる。
「リリィは、長期休みの時に男爵領に帰ってきた。そして、毎日、妖精に祈っていた。
どうか、男爵領が豊かになりますように。
どうか、ダンと結婚できますように。
どうか、悪い人が男爵領に入ってきませんように。
どうか、お兄様とお姉様が幸せでありますように。
どうか、シャデラン様が怪我をしませんように。
どうか、伯爵令嬢が少しだけ反省しますように。
毎日、そう、祈っていた。きっと、学校でも同じように祈っていたのだろう」
初めて聞く話に、シャデラン様は驚いた。祈りの文句の中に、シャデラン様が入っていたのだ。そりゃ、びっくりだろう。だから、隠していた。
「だから、呪われたんだわ! あの女、綺麗な顔をして、私を呪ったのね!!」
「違う、呪っていない。少し反省してほしい、と願っただけだ。ほんの少しだ。もし、呪いの言葉だったら、在学中に、この伯爵領だって、呪われただろう」
毎日、かかさず祈っていたリリィ。リリィが願えば、もっと前に、伯爵一族は破滅していただろう。それなのに、リリィが在学中は、まるでなかった。
「でも、呪われたわ! 私は、不幸になった!!」
「それは、自業自得だろう。あんなに人を不幸にしておいたんだ。お前に命令された子息子女は、全て、平民に落とされた。神様だって、見てるんだ。罰が当たったんだ」
その罰は、リリィが当てたんだけどな。元伯爵令嬢の言っていることは、間違ってはいない。しかし、ここでは言わない。
「やっぱり、お前のせいで!!」
元伯爵は娘の頭をつかむと、地面に押し付ける。痛い痛いと泣く元伯爵令嬢。その声が、ある日のリリィの声に重なり、僕の左腕を痛くする。
「だいたい、お前も悪い。娘の教育を失敗しておいて、娘のせいにするな。お前は悪くないとでもいうのか? 親が親なら子も子だ。お前だって、殴られろ」
言ってやれば、元伯爵は真っ青になる。周りの一族だって、元伯爵は許せないだろう。こんな失敗作の娘を作ったのは、元伯爵だ。もう一人、殴られる者が増えたな。
「お前ら一族だって、関係ないわけないだろう。この女のやること、黙って見てたんだからな。それなりに付き合いがあれば、話もあっただろう。何故、止めなかった? たかが男爵令嬢、と思ったからだろう。
僕も同じだ。たかが男爵令嬢、と思った」
人の事など言えない。僕だって、リリィに無体なことをした時、そう思った。自分よりも爵位が下の、貧乏男爵家の末娘だ。学校を卒業したって、平民になるのは、目に見えていた。
「リリィはそれはそれは美しかった。所作も洗練されていて、その女なんか足元にも及ばないほどだ。男爵令嬢だと知らなければ、高位貴族だ、と思われるほど、完璧な貴族令嬢だった。だから、男たちにとっては、高嶺の花扱いだ。誰だって、リリィを手折りたい、そう思った。
そこに、貴族令嬢とは名ばかりの、所作も頭も最悪なお前が、僕に命じたんだ。リリィを襲えと。お前のお陰で、大義名分が出来た僕は、内心では喜んだ。これを機会にすれば、リリィを手に入れられるかもしれない、なんてバカなことを想像した。リリィの初めてを奪ったのは僕だ」
バカなことを当時は思っていた。体で繋がれば、きっといつかは、なんて夢見ていた。後で、シャデラン様に殴ってもらおう。殴られたい。
「最悪なお前を理由にしただけだ。僕も最低だ。僕も殴られなければならない。だから、毎日、贖罪の日々を過ごしている。
お前らは、本当に悪い事、何一つしていないのか?」
僕は伯爵一族全てに問いかける。誰だって、悪い事一つはやっている。清廉潔白な人間なんて、まあ、いるはいるけど、この一族にはいない。
僕は、落ちたままの金貨を拾って、それをシャデラン様に渡す。
「僕を殴ってください」
「ああ」
容赦なく、シャデラン様は僕を殴った。本気の一発なので、僕はしばらく、起きられなかった。