呪われた伯爵領03
シャデラン様が妖精の目と妖精殺しの剣を持っていることは、軍部の上層部から国王に上奏された。ようは、ちくったんだな。妖精殺しの剣は国王の前で見せたから、知っているだろうが、その威力については、眉唾ものだ。
だからだろう。シャデラン様は暗部の統括になって早速、国王に呼ばれ、とんでもない頼み事をされる。
「統括就任、おめでとう」
「目出度くないけどな。お前の弟が帝国の暗部なんか使うから、押し付けられたんだよ」
謁見室に入れば、シャデラン様はもう不敬罪の嵐だ。態度も最悪だ。側仕えとしてついてきた僕は生きた心地がしない。もう、密室で、いがみあうのは、やめてください。
国王サイラスも一人ではない。それなりの腕前の騎士二人がついている。しかし、相手がシャデラン様だと、剣に手をかけられない。ほら、弱味握ってそうだから。
「私よりも詳しいな」
「暗部同士でいがみあってるんだろう。俺の暗部は関係ないから、心配するな。もう、クーデターする理由もなくなった。あの王族がどうなったか、知りたいか?」
「そういう挑発はもう乗らないことにしたんだ。真面目に話そう」
「ち、もう、知恵がついたか」
軽く遊ぼうとするシャデラン様だが、サイラスなりに知恵も度胸も風格もついてきた。国王の仕事をこなして、自信がついたのだろう。
「王妃が可愛くて、羨ましいことだ」
しかし、シャデラン様はまだまだ上である。サイラスは王妃のことを言われ、頬を染めた。政略結婚ではあるが、夫婦仲は良好のようだ。
「で、何の用だ? 誰か暗殺してほしいのか?」
「そういうのじゃない。例の呪われた伯爵領だ。あそこが本当に妖精に呪われているのか、調べてほしい」
「帝国の魔法使いに調べてもらえばいいだろう。きっと、よい勉強になるんじゃないか」
「借り受けている魔法使いは、そこまで強いわけではない。本当は、筆頭魔法使いアランにお願いしたかったが、今は北の砦にいる」
「………いたね、確かに」
シャデラン様は北の砦で見た筆頭魔法使いアランのことを思い出しているのだろう。
筆頭魔法使いは、帝国で最強の魔法使いである。本来、帝国から出されることがない魔法使いだが、前国王のやらかしの連帯責任で、犯罪者として王国に身柄引き渡されたのだ。
前国王は、実の息子である第二王子を酷く邪魔としていた。かなり頭がよく、騎士団も掌握されてしまったのだ。その上、前国王が夢中の側室の元婚約者を側近にしていた。側室は元婚約者を諦めていなかった。前国王に手籠めにされても、元婚約者を愛していたという。
側室の元婚約者もそうだ。何度も取り戻そうとしては捕縛され、牢にいれられた。生家からも縁を切られるも、その腕前だけで騎士団にいた。騎士団からも信頼されていたので、悪い扱いはされなかったという。
どうにかしたい、と前国王はよりにもよって、シャデラン様に相談したのだ。相談相手としては最悪だが、その頭脳は狂っているだけに、とんでもない解決方法を出してくる。
まずは第二王子を幽閉することからだ。第二王子は前国王の若い頃に瓜二つだと囁かれていた。気性は穏やかで、誠実だ。兄と前王妃を敬愛し、自らは臣下となるため、勉学に剣に勤しんでいた。そんな第二王子がどうしても逆らえないのは、兄と前王妃である。
シャデラン様は当時、すでに騎士団より上の立場だった。前王妃を訓練帰りの第二王子の姿が見える所に連れて行き、こんな話をする。
「第二王子は、随分と、レオニード様に似てきましたね。若いレオニード様がいるみたいだ」
「………本当に」
前王妃はたったそれだけで、狂った。
それから、第二王子は前王妃の手に堕とされた。国王が許可した者しか入れないように魔法を施された離宮で、第二王子は幽閉されたのだ。
こうして、第二王子を排除して、喜んだのは前国王だけではない。シャデラン様は第二王子が掌握していた騎士団を叩き伏せたのだ。
ただ、問題があった。第二王子は妖精憑きだ。帝国の魔法使いでさえ、第二王子の力を認めていた。王国は妖精憑きの力がどれほどのものかわからない。また、前国王はシャデラン様に相談した。
「帝国に相談してみてください。現在、帝国は、皇帝が変わったばかりです。大物が来るかもしれません」
そうして、帝国に相談して来たのが筆頭魔法使いアランだ。アランの力で第二王子の妖精は封じられた。妖精を前国王に憑けたのだ。
そして、一年経って、前国王は非業の死を遂げた。死に方を聞いて、シャデラン様は笑った。
「なんだ、たった一年しか持たなかったのか、あの男」
シャデラン様は前国王が死ぬことをわかっていた。そして、戦争が始まる。帝国の暗部が公国の密偵に前国王の死の情報が流されているのを傍観していた。
シャデラン様は第二王子が開放されてすぐ、クーデターを起こした。戦争やら、王位継承やら、混乱に乗じて、目的の王族とその母親を手に入れたのだ。
そこで、シャデラン様にとって予想外なことが起こった。筆頭魔法使いアランの身柄を帝国が差し出してきたことだ。シャデラン様主導で、第二王子の幽閉に、帝国が関わっていることは表沙汰にされた。どうせ、適当な魔法使いが人身御供となってくるだろう、そうシャデラン様は予想していた。
しかし、帝国では妖精は恐れる対象だ。第二王子の妖精に復讐された筆頭魔法使いアランは、妖精を全て盗られたという。無力化され、また、妖精に復讐されたアランを帝国は置いておくわけにはいかなった。
こうして、筆頭魔法使いアランは、第二王子から王弟となった男の支配下で魔法使いアランとなったのだ。
戦場に出た時、シャデラン様は妖精の目を使って、王弟とアランを見た。
「あの王弟、化け物だな。あれでは、筆頭魔法使いでも勝てないだろう」
僕には見えない何かをシャデラン様は妖精の目で見て、呟いた。
そんなわけで、シャデラン様のせいで、筆頭魔法使いは現在、王国で兵役をさせられている。全く、シャデラン様に対して、何も悪いことしたわけでもないのに、気の毒だ。
そんな裏事情など、現国王サイラスに話せるわけがない。話したら、内戦だ。僕は墓場まで、この事実を持っていこう。文章にも残さない。
さて、国王の依頼に、シャデラン様は考え込む。こう、悩むということは、迷ってるんだ。どっちでもいいから、さっさと返事してください。帰りたい!
「あの元伯爵家のことは、終わった話だ」
「領地は終わっていない。あのままでおいておくわけにはいかない」
「妖精の怒りを買ったんだ。粛々と受け止めておけ。人ごときが、下手に手を出すものではない」
シャデラン様が珍しく、まともな事言っている!! どこかの聖職者みたいだ。
「その、妖精殺しの剣で、妖精を殺せるだろう」
サイラスはシャデラン様が帯剣してる剣を指した。
妖精殺しの剣と呼ばれているが、実は、一度も使われたことがない。妖精の力で鍛え上げられた剣なので、どんな無茶な扱いをしても、刃こぼれ一つしないのだ。そのため、シャデラン様は気に入って、常に帯剣している。
「実は、妖精を斬ったことがないんだ。そういう業物だ、と言われているだけだ」
「だったら、試し斬りでもすればいいだろう」
「試し斬りする理由がない。妖精は、特に悪いことをしない。人にとっては悪い事でも、妖精にとっては悪戯だ。神の使いである妖精を斬り殺す理由は、俺やお前ごとき人間では判断が出来ない。だから、妖精憑きが生まれるのだろう。本来は、妖精憑きが判断し、これで斬り殺すんだ。俺はただ、妖精を見れる道具と妖精を殺せる道具を手に入れたにすぎない。サイラス、そこのところは履き違えるな。お前も俺も、神ではない」
「………」
「説法はここまでだ。いいだろう。解決ではなく、視察といこう。一度は、現状を確認せねばなるまい。せっかく、王国持ちの金のかからない暗部も手に入れたんだ。働いてやる」
どこまでも上から目線で応じるシャデラン様。言い方の悪さに、国王は呆れるしかなかった。
こうして、因縁ある元伯爵領に行くこととなった。
「僕は別行動します」
突然の予定をいれられてしまったので、僕のほうから言っておく。
「バカか、お前はセットだ」
「以前から言ってたでしょう。長期休みを取ったと」
「キャンセルだ」
「リリィの生家に行く約束なんです。もう、リエン様にも行く日付を手紙でお知らせしています」
「俺に内緒で、なんでお前が男爵家と連絡とっているんだ!?」
むちゃくちゃ怒るシャデラン様。怒るのはいいが、服ぐらい、自分で脱げるようになれ。今も僕が手伝っているというのに。
「調味料をわけてもらいに行くんです。一年に一度、行ってるじゃないですか。それがちょど今頃です」
「買えばいいだろう、買えば! 金はいくらだってあるんだから!!」
「自分で調合までしてみましたが、男爵家の味にならなかったんですよ。たぶん、ハーブも育てたものを使っているので、そこら辺で売っているものと違うんです」
男爵家にはいくつかの秘伝の調味料がある。作り方も教わり、僕でも作れるのだが、素材が違うのだ。あそこは、敬愛する男爵一族のために、使用人たちは、妙な所にこだわるのだ。まさか、素材から作っているとは、驚いた。
「だったら、素材から作れ」
「作りましたとも! もう、やることいっぱいだってのに、やりましたよ。ですが、土とかが違うのでしょうね。同じようにはなりませんでした。仕方がないので、年に一度、分けてもらっているんです」
仕方がないだろう。男爵家に近づけろ、と命じたのはシャデラン様だ。下僕は粛々と従うしかない。
理不尽なので、ここで言い負かしておく。男爵家には絶対に頭が上がらないシャデラン様は悔しそうに歯ぎしりする。
「そういうこともしないでください! もう、歯ぎしりなんて………ダンも時々していましたね。僕のことを憎んでいましたから」
行儀の点で注意しようとして思い出してみると、してた奴がいた。リリィの恋人ダンだ。僕のたった一度の過ちを許せない男はもう一人いたな。
「ダンと同列になりますよ」
恋敵を出してやると、シャデラン様は歯ぎしりをやめた。本当に、手のかかる人だ。
「僕を連れて行きたいなら、日程を早めてください。終わったら、そのまま男爵家に行きます」
「仕方ない。休みも特別に増やせるようにしておいてやる」
「ついでに、王国暗部に家のことの教育をやらせてください」
「ダメだ」
「もうそろそろ、僕の手に余ります。僕は騎士団を辞めるわけにはいきません」
「安心出来ん」
「あなたの口に入るものは、僕が作ります。部屋もです。外の庭と、自分たちの部屋、リンドーの面倒をまかせたい」
「お前たちの部屋は誰がやる?」
「基本、自分たちですが、無理なので、僕がやります。なかなか厄介な代物が多いですから、他所の人は入れられないでしょう」
男爵家から借りている本は、僕も読まされているが、部外者に見せられるものではない。
「わかった。好きにしろ」
やっと一部、使用人の仕事から解放された。庭はもう、僕の手に余る領域だから、王国の暗部に丸投げだ。