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妖精狂い  作者: 春香秋灯
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呪われた伯爵領02

 シャデラン様と馬車で屋敷に戻れば、玄関の前になかなか高齢なおじいちゃんが待っていた。

「何か御用ですか?」

 シャデラン様より先に出て、おじいちゃんに話しかける瞬間、僕はその場を飛びのいた。それまで僕がいたところに、数本のナイフがぶっ刺さっている。おい、これ、避けれなかったら大けがだけど。

 にこにこと笑っているおじいちゃん。目の前にナイフぶっささっても、笑顔のままだ。

「おう、坊主、出来るな」

「やめてくださいよ、そういうの。シャデラン様だけでいっぱいっぱいです!」

 突然の腕試しは、この主もしてくる。本当にやめてぇ!!

 ゆっくりと他人事のようにして通り過ぎていくシャデラン様。この人が攻撃されないように、背中につくと、やっぱり攻撃してきた。そこはもう、わかっているので手刀で落とすが、怪我をさせられる。ヤバイ。

 仕方がないので、所持している解毒薬を飲んだ。どうせ、毒こみの攻撃だろう。よくシャデラン様もやるんだよ。

 そうして、無事、玄関に到着すると、攻撃はやんだ。

 おじいちゃんは目をパチクリさせて驚く。

「おい、坊主、なんで解毒薬なんて持ってる」

「日常的に危険と隣り合わせなんですよ。毒の耐性なんてつけている暇なんてないので、解毒薬持ち歩いたほうが効率的です」

 一度、毒耐性を試したけど、あれ、体の負荷が半端ないので、すぐ解毒剤を持ち歩く方向転換した。休みない使用人なんだから、そんな暇ないよ。だったら、シャデラン様の金でバカ高い解毒薬買ってやるよ。実際、買ってもらってる。

 僕の答えに、おじいちゃんは笑った。

「お前、随分と出来る暗部を持ってるな」

「勝手に動いてるだけだ。ほら、入れ」

 ドアを開けるのは、もちろん、僕だ。シャデラン様はドアなんて開けない。高位貴族は、全て、使用人にやらせるのだ。シャデラン様が唯一開けるのは、寝室のドアだけである。

 そうして、王国所有の暗部に、何故か僕が洗礼を受けさせられた。理不尽だ。

 屋敷に入れると、後ろからもう一人、フードで顔を隠した男か女かわからない人がついてくる。これは、入れていいのかな?

 シャデラン様が何も言わないので、僕はそのまま入れて、ドアを締めた。幸い、食堂のドアは開いているが、案内する先は客室だ。なのに、シャデラン様は食堂に行っちゃう。そっち違ーう!!

 先に行ってしまったので、仕方なく、僕は飲み物と騎士団で焼いた菓子を準備する。

 食堂には、医者のサンデが遅い昼食をとっていた。どうせ、医者の仕事で食べる暇がなかったんだろうな。疲れた顔をしている。

 お客様が来ても、サンデは我関せずだ。物珍しそうに見るおじいちゃんにもサンデは目も向けない。

「ほら、サンデ、お茶」

 ついでにサンデに適当なコップで飲み物を出した。サンデはちょっと僕に目を向けるだけで、無言で飲んだ。

「シャデラン様、客室があるのに、ここに案内するなんて」

「いつもの癖だ。それに、いいだろう。お前のテリトリーが近い」

「………僕のテリトリーを厨房にしないでくだい。僕にも個室はあります」

「寝るだけだろう」

 そうだけど、それ言わないでぇ!!

 僕は表情筋を頑張って笑顔にして、おじいちゃんとシャデラン様にお茶と焼き菓子を出す。

「サウス、サンデ、紹介する。こちら、王国暗部の統括リンドーだ」

「リンドーと呼び捨てていい。ワシは、王族といっても、母親は踊り子だ。育ちもそれほど良くない」

 ニコニコ笑顔のおじいちゃんリンドーは気さくに笑う。さっきのお試し攻撃がなかったら、僕も友好的に出来たよ。

「サウス、ご馳走様。寝てくる」

 サンドは我が道をゆくなので、さっさと食堂を出ていった。待ってぇ、置いてかないでぇ!!

 シャデラン様側に立てる人は僕しかいないので、僕はシャデラン様の斜め後ろに立った。リンドーの後ろにはフードを被った人が立っている。

「それで、どうだ、暗部の統括になるのは」

「質問がある。どうして、あの胸糞悪い王族を生かしておいた」

 そこが疑問に残る。シャデラン様に言われたので、僕も気になった。

「あんなの、暗部が手を下すものではない。暗部はな、もっと手に負えない相手の場合にのみ、手を下すものじゃ。現に、お主が手を下せたではないか」

「王族ではない、と知っていたんだろう」

「気づかないものじゃな。ワシらは気づいていたというのに、誰も気づかない。政治的にも口出しをしない立場じゃ。教えることもない」

 なるほどなー。不可侵領域を守っているだけだ。

 普段は、きちんと王国のための暗部をしている。たぶん、国王が情報持ってこい、と言えば、きちんと持ってくるのだろう。暗殺もそうだ。

 王族が王国に関わることで間違いを犯した時にだけ、牙をむくのだろう。それまでは、忠実な猟犬だ。

 それを判断するのが、暗部の統括なんだろう。リンドーはそこの所をしっかりと教育されている。

「なるほど、わかった」

 シャデラン様にとてっても、リンドーの答えは納得いくものだった。王族教育を受けているので、同じ答えに辿り着く。

「質問の方向を変えよう。貴様は、結婚しているか?」

「してないな。暗部の統括は、弱味を持っちゃいけねぇからな」

「そうか。なら、統括は断る」

 まだ、リリィのことを諦めてないんだ。リリィは可愛い娘が一人いるっていうのに。

 驚いたのはリンドーだ。てっきり、統括になってもらえる返事が貰えると思っていたようだ。そういう常識をシャデラン様に求めちゃダメだよ。

「どうしてだ? 何が気に入らない」

「結婚を弱味という奴には、国は守れんよ。人は型に嵌められるものではない。型にはまった人に、大義が出来るわけがない。そうでないといけないというのなら、断る。どうせ、俺には私設の暗部があるのだから、必要ない」

「………この歳になって、若造に教えられるとはなぁ」

 僕が思っていたのと違った答えに、僕もびっくりだよ。シャデラン様、まともなこと考えていたんだ。

「それになぁ、俺は私物化するぞ。今は、一人の女を探してるんだ。それはダメだろう」

「あの貧乏男爵家の娘か。あそこは、暗部でもなかなか難しいトコだぞ。何度か攻めてみたが、入れなんだ」

「? 入れない?」

「そのままじゃ。あの男爵領に侵入すら出来なかった。あそこは、暗部の中では禁忌に入っている。どうせ、何も悪さはせんからな」

 人が良すぎて、また、借金でも肩代わりさせられていそうだ。ちょっと心配になってきた。

「ま、建前はともかく、引き継いでほしい。ワシももう歳だから、いつぽっくりいくかわからん。出来るなら、優秀な男に引き継ぎたい」

「王弟がいるだろう、王弟が」

 国王の弟は、かなり優秀だという話は聞く。事情があって、一年間幽閉されていたため、僕が見た時は、線の細い男だった。その美貌は先王の若い頃に瓜二つだと言われている。

 戦争だって、王弟が口先三寸で停戦にまで持ち込んだのだ。シャデラン様も口に出すので、優秀なんだろう。

「あれはダメだ! 他の暗部がついてる。帝国の暗部と情報のやり取りをしてるから、無理だ」

「意外と、使えるものは使うんだな、あの男は」

 帝国に繋ぎをとる王弟は、裏切者のように見えるが、シャデラン様には人を使う狡猾さが見えるのだろう。

「そんな、他所の暗部使っているくらいで、心が狭いな。あ、俺だって私設の暗部使ってるぞ。それはどうなんだ?」

「使い道が違うだろう。お前の暗部は、小娘を探すための暗部だ。王国の暗部は、王国のための暗部だ」

「王弟だって、王国のために帝国の暗部利用してるんだから、いいだろう。どうせ戦争してるんだから、使えるものは使えばいいんだよ。そして、使えない奴はさっさと斬る!」

 気を付けよう。僕もいつか斬られちゃうよ。後ろに立っているけど、きっと、使えなかったら、ばっさりと振り向き様にやられちゃうんだろうな。

 リンドーはここに来てから、お茶も焼き菓子も手をつけない。どうせ、毒とか気にしてるんだろうな。せっかく準備したのに、悲しい。

「時間をくれ、というのはやめておこう。そこの男、どうしてほしい」

 リンドーの後ろに立つフード被った人にシャデラン様は声をかける。男なんだ。

 フードを外すと、若い男の顔があらわとなる。僕らより若いな。成人前かもしれない。

 暗部の男は口を開くが、残念ながら、声を出すための舌が切られてなかった。えぐいな、暗部。

「こいつらは道具だから、喋られないようにされている。統括に口答えする舌は必要ないからな。求められるのは、はい、だけだ」

「ということは、俺が統括になるのも、はい、しか言えないわけだ」

「そういうことだ」

「口煩い暗部は、私設で十分だな。わかった、引き受けよう。細かい話はどうする?」

「そういうのはない。国王に命じられれば、それなりのことをすればいい。理不尽なことはきかなくていい。次の統括は、お前が決めればいい。以上だ」

「今後、あんたはどうする?」

「どうもしない。同じように生きるだけだ。俺は普段、平民として生きてる。そのままだ」

「………サウス、部屋を一つと、大部屋を開放しろ」

「はいはい」

 もう、掃除の手間が増えるな。

「リンドーはこのまま残れ。暗部どもも屋敷で雑魚寝しろ。まずはそこからだ」

「いや、そういうのは」

「お試し期間だ。使えない暗部はいらん」

 さすがシャデラン様、相手の能力をこれっぽっちも信用していない。

 まさか、自分たちが試されるなんて思っていなかったリンドーはしばらく、動かなかった。





 主の命令は絶対だ。僕は個室と大部屋を開放して、案内する。

「一応、約束事がありますが、知っていますか?」

「あるのか?」

「あります。部屋の掃除とかは、全て僕担当です。勝手にしないでください。手伝いもしてはいけません」

「一人? イジメか?」

「本当にそうですよね。僕も何度、苦情を訴えたことか。でも、仕方がないんです。シャデラン様が気に入る掃除とかは、僕しか出来ません。食事もそうです。好き嫌いや、食べられないものがあるのなら、教えてください。極力、気を付けます」

「食事は暗部どもはいらない。食事も訓練だ」

「栄養とってくださいよ。途中で倒れるのは、どんな職業でも失格です」

 そこは厳しく言っておく。

 そうして、リンドーは個室に、大部屋は暗部の男に案内する。

 暗部の男は、ぼーと中を眺める。どういう生活をしているのか、わからないし、何も言わない。ほら、舌がないから、会話のキャッチボールが出来ない。

「寝具が必要な時は声をかけてください。数、準備しますから。あと、食事のほうも、適当に食堂に置いておきますから、食べてください。食べなくても大丈夫ですよ。シャデラン様のお金ですから、僕の懐はこれっぽっちも痛みません」

 僕の労働力が痛むけどな。そんな毒は心の中で吐いておいて、表は笑顔だ。

 僕の軽い冗談に、暗部の男は表情をゆるませた。うーん、男だよな? ちょっと女っぽいような気がする。気をつけよう。

 こうして、人数がまだはっきりしない暗部たちが同居人に加わった。

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