妖精金貨02
今日は久しぶりの社交だ。僕は騎士団の制服で参加だ。シャデラン様もそうだ。
すっかりシャデラン様の秘密の恋人扱いされている文筆家マキシムは普通にである。女性をエスコートしないので、男はそれなりの服が数着あれば、着まわせる。その管理も僕がやらされている。もうそろそろ、自分でやれ、マキシム。
三人で王城のパーティに参加すれば、見られる見られる。なんと、僕が増えたので、淑女たちが興味津々だ。
そういうのは無視して、シャデラン様はさっさと国王の元に行って、挨拶する。
「王妃が妊娠とは、目出度いな」
「………シャデラン」
憎々しげに国王サイラスはシャデラン様を睨む。クーデターやらかしたので、そりゃ、憎いだろう。
たかが王族のやらかしのためにクーデターまで行ったシャデラン様のことをサイラスだけでなく、誰もが頭がおかしい男だと見ている。確かにおかしいだろう。
シャデラン様の愛する男爵令嬢リリィを酷い目に遭わせたので、王族に復讐したのだ。いや、現在進行形で復讐している。いくら王族が平民になったとはいえ、シャデラン様の腹の虫はおさまらない。
お互い、相容れない関係であるが、シャデラン様は笑顔だ。
「お前の弟はなかなか優秀だな。ちょっと、世間知らずな所が残っているが、将来はきっと、大物になるぞ。気を付けるのだな」
「余計なお世話だ」
「これで母上の顔は立てた。帰るぞ」
酷い暴言を国王に吐き捨てといて、帰るなんて。
サイラスは今にも何か投げつけたいように、手を握りしめた。それをなだめる王妃。別に、サイラスは悪くない。先王が、甥と妹を甘やかしたのが悪いのだ。たまたま、戦争が起こった時は、国王はサイラスとなっていた。運がなかったのだ。
軍部の上層部も参加しているが、誰もシャデラン様には近づかない。首輪はまだまだついているのだろう。待てをされているが、シャデラン様の気分一つで、軍部の上層部の顔ぶれは一新される。何せ、まだ、裏切りの情報はシャデラン様が握ったまま、活用されていない。
そうして、おざなりな社交をして、シャデラン様は顔をたてなければいけなかったリスキス公爵夫人にあいさつをする。
「そんなに国王を嫌ったりしないの」
「リリィみたいなことがまた起こされないように、しっかり目を光らせろと、脅しているだけだ」
「………」
なんとも言えない顔をするリスキス公爵夫人。彼女にとっても、リリィは可愛い娘のような人だ。
シャデラン様が起こしたクーデターには、リスキス公爵も参戦していた。貴族の中の王族と呼ばれるリスキス公爵が参戦することは、王位簒奪である。リスキス公爵にも、王位継承権があるし、王族教育も施されている。
普段は、一臣下としての態度を取り続けていたリスキス公爵も、リリィの件には腹に据えかねた。リスキス公爵夫人が怒り狂い、社交場では、あの王族の母親はつまはじきにされたという。女は女なりに恐ろしい戦いをする。
「ほどほどにしなさい。リリィは、そんなこと望んでいないわ」
「………」
今度は、シャデラン様が無言となった。絶対、ほどほどにしないよね、この人は!?
そうして、適当に会話して、帰ろうとした時、ちょっと離れた所から、あの、リリィの兄が手を振ってかけてくる。
リリィの兄リエン様は、父親が亡くなり、新しく、男爵となった。普段は領地で領民たちと一緒に畑仕事をしている彼も、とうとう、貴族として社交界デビューをすることとなったのだ。
シャデラン様は笑顔でリエン様のほうに体を向ける。
「サウス、久しぶりだね!」
しかし、リエン様が手をとったのは、僕だった。ああー、大変なことになった。
久しぶりに会う僕に、リエン様は僕の両手を握って涙ぐむ。
「王都は本当に遠いね。こんなに遠い所に、君は騎士になるために一人で来たなんて、すごいね!」
「リエン様、ご無沙汰しております。旦那様がお亡くなりになったと聞きました」
「もう、歳だったからね。寒い夜に、そのまま眠るように亡くなったよ」
「そうだったのですか。リエン様も立派な男爵になられて、きっと、旦那様も安心しています」
「嬉しいことを言ってくれるね」
どうやって、この手を離させようか、と僕は悩んだ。会話のキャッチボールが弾み過ぎて、うまく区切れない。はやく、シャデラン様にバトンタッチしないと!?
「男爵、お久しぶりね」
「リスキス公爵夫人、お久しぶりです。以前は、落ちぶれた我々をお助けいただき、ありがとうございました」
間にリスキス公爵夫人が入ってくるが、僕の手は握られたままだ。そっと横を見てみれば、シャデラン様が僕を睨んでくる。仕方ないでしょ!!
僕は男爵家で二年ほどお世話になっていた。もちろん、リエン様とも過ごしていた。だから、リエン様にとっては、僕は家族枠なんだ。仕方がないんだ!!
「男爵領で平民となったサイラスは、今、私の息子の所でお世話しているのよ」
よし、さすがリスキス公爵夫人! うまい!!
そこにきて、リエン様は僕の隣りのシャデラン様を見る。
「ああ、すまない。シャデランか。僕は普段、家にいないから、気づかなかったよ」
父親同士が従兄弟だから、リエン様も気安い。
「その目、ダンにやられたんだって。ごめんよ。ダンもリリィが関わると、容赦がなくて。謝るよ」
ダンとは、リリィの恋人だ。ダンは男爵家の使用人一族の一人だが、リリィが生まれた時から彼女のお世話をしている。リリィは物心つく前から、ダンと結婚すると宣言し、そのまま大きくなり、出奔先では二人は夫婦となっている。
リエン様が心配そうにシャデラン様の眼帯を見る。この片目を抉ったのは、リリィの恋人ダンだ。
「いえ、気にしていません。男爵からは、素晴らしい義眼をいただきましたし、色々と貴重な本もお借りしています」
「本ぐらい、いくらでも借りにおいで。その目だと不便だろうから、良い道具を探しておくよ」
やめてぇーー!! これ以上、シャデラン様に魔道具渡さないでぇーーー!!!
俺は笑顔だけど、心の中では叫んだ。これ以上、この人に妖精関係の武器なんか与えちゃいけない。大変なことになるよ。
そうやって会話しているけど、やっぱりリエン様は僕の手を離してくれない。誰か助けて。
一緒に来たマキシムに目をやれば、思いっきり目を逸らしやがった。ほら、お前、シャデラン様の陰の恋人と呼ばれてるぞ。ついでに、俺もそういう立ち位置になってやるから、どうにかしろ。
「サウスの顔を見て、安心したよ。ここに来るまでは、知り合いはいないから、心細くて。まだ、ここにいる?」
「え、どうでしょうか、シャデラン様」
もう、ここは主に暴投する。ほら、キャッチしてよ。
「最近は、リリィから手紙はきていますか?」
話題をリリィに持っていけば、やっとリエン様が僕の手を離してくれた。助かったー。僕の気持ちを察したリスキス公爵夫人が優しく肩を叩いてくれた。ううう、大変なんで、この主の扱いは!!
「リリィからではないけど、ダンから手紙がきたよ。リリィが刺繍したハンカチが入っていた。見るかい?」
「ぜひ」
前のめりになるシャデラン様。
リリィは淑女教育は完璧で、勉強も完璧なんだが、家事はやらせちゃいけない子である。刺繍だって、残念なんだよ、本当に。まあ、学校では刺繍はなかったから、成績には影響しなかったんだよね。
残念な刺繍がほどこされたハンカチに、前のめりのシャデラン様。欲しいんだね、あんなに残念なハンカチなのに。
「いくつか入っていたから、君にあげるよ。ほら、リリィの祝福がこもっている。君は騎士だから、怪我とかするだろう。リリィはね、いつも、君が怪我しないように、と妖精に祈っていたよ」
「ありがとうございます」
「ほら、サウスも! 君も騎士だよね!!」
またも手を握られて、手渡されるリリィの刺繍いりハンカチ。やだ、やめてくださいよ、本当に。
僕は笑顔でお礼をいうが、シャデラン様にはしばらく、顔向けできなかった。怖いから。
邸宅に戻れば、暴君のシャデラン様は、僕が貰った刺繍いりハンカチを普通のハンカチに交換させるだけでなく、万が一、男爵にばれるといけないので、同じような刺繍をさせられた。本当に酷いな。