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妖精狂い  作者: 春香秋灯
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妖精金貨01

 今日も僕の朝は早い。人使いの荒い主は、容赦がない。手抜きも許さない。

 戦争は王弟の言葉巧みの交渉によって、早々に停戦となった。まあ、時期が悪いので、お互い、睨み合うこととなったのだ。停戦期間はたったの一年半だ。その間は、上層部はいらない、ということで、シャデラン様は王都に戻って来た。もちろん、側仕えの僕も戻った。ほら、シャデラン様、一人ではポタン一つつけられないから。

 朝食の準備をしていると、同居人ケインが朝帰りしてきた。

「ただいまー」

「寝ましたか?」

「寝てない。徹夜で会合って、意味がないと思う」

 食卓の椅子に座ったので、僕は飲み物を給仕する。

「何か良い情報はありましたか?」

「とりあえず、金貨は交換してきた。後で、シャデラン様に渡しておいてくれ」

「あるといいですね、妖精金貨」

 僕はケインから金貨がいっぱい入った箱を受け取るも、テーブルに置く。

 ケインは、伯爵家令息だ。ケインもまた、僕と同じ上位貴族に命じられて、リリィに無体なことをした。そのため、生家は侯爵から伯爵に爵位を落とされた。ケインもまた、リリィのことを今でも思い出し、心を痛めて、そして、シャデラン様の部下となり、貴族でありながら商人となり、金貨を集めた。

 シャデラン様が求めているのは、ただの金貨ではない。妖精の呪いがかかっている妖精金貨だ。

 リリィが出奔してしばらくして、リリィの生家のある男爵領の近くの街で妙な病気がはやった。その病気は体の一部が変異するというものだった。シャデラン様はリリィ関係だと勘づき、行ってみて、男爵家から譲り受けた義眼”妖精の目”で見たところ、異形となった者の持ち物の一部が、妖精に呪われていた。荷物を調べてみれば、それは金貨だった。

 金貨はリリィの持ち物だったのだろう。リリィが普通に使ったつもりだったが、受け取った相手はリリィを騙していたのだ。リリィが騙されたので、妖精は勝手に復讐した。金貨に呪いをかけ、金貨を受け取った者は異形へと変異されたのだ。そう、シャデラン様は予想した。

 その異形騒ぎで、金貨を持っていた者たちに聞けば、シャデラン様の予想通りとなった。

 不思議なことに、その呪われた金貨、シャデラン様には全く、効果がなかった。だからといって、呪われたままだったので、シャデラン様は一枚の金貨を十枚の金貨で買い取った。どうせ、あれだろう。リリィが持っていた金貨だから、価値が爆上がりしたんだろう。

 そうして、リリィに無体なことした貴族の一人を商人にして、金貨を集めさせているのである。不思議なことに、この現象は金貨でしか起きない。たぶん、銅貨や銀貨では、価値が低いので、騙すような人もいないのだろう。

 リリィに無体なことをした貴族令息は五人。僕は平民で、シャデラン様に捕まった時には騎士団に入っていたので、除外された。残る四人で商人の資質があったのは伯爵令息ケインだった。ケインの生家は別の跡継ぎもいたし、シャデラン様に睨まれていたので、ケインを差し出すだけでなく、商人となるための資金援助までしたという。金がある所はすごいな。

 商人は何かと繋がりが大事なので、会合とは名ばかりの飲み会がある。ケインはそれで、よく朝帰りだ。ケインの体のために、ケインだけ、特別メニューの朝食を用意した。

「どうだ、リリィの噂、出てないか?」

「もう、ぱったりだよ。妖精金貨が見つかった辺りを探しても、リリィがいたかどうかもわからない。男爵に手紙を読ませてもらったらどうなの。人の口から聞くよりも確かだよ」

 定期的にどこから届けられたのかわからない近況報告の手紙が男爵家には届いているという。その手紙で、リリィが恋人と結婚して、なんと子どもまでいることをシャデラン様は知ったのだ。

「怖くて読めない」

 主にシャデラン様が。

 僕は男爵家にとっては家族に近い枠だ。シャデラン様は男爵家に行く時は、僕も一緒に連れていく。あれだ、僕がいれば、色々と融通してもらえたりするからだ。実際、リリィが使っていた家具や道具の入れ替えの説得に、僕は使われた。

 しかし、リリィの近況の手紙を読むことは出来ない。何せ、書いているのはリリィの恋人だからだ。リリィの手紙だったら、シャデラン様だって、喜んで読んだだろう。ついでに、僕に命じて、すり替えさせただろう。そういうこともやれるんだ、僕は。

 自分の憎き恋敵が書いた近況の手紙など、見るのもいやなシャデラン様。だからといって、シャデラン様が見ていない手紙を僕が見れば、怒り狂う。自分よりも先に見たのか!! と。理不尽だな、この主は。

 というわけで、未だに実物の手紙を見ることが出来ていない僕とシャデラン様は、違う方向でリリィを探すしかないのだ。

 ケインとの会話はそこそこに、僕はシャデラン様を起こしに行く。あの人、誰かに起こしてもらわないと、未だに起きれないんだ。どうして、こんな男をリスキス公爵は野放しにしちゃうの。使用人いないと、生きていけないよ!?

 シャデラン様の部屋のドアの前に立つ。あの人、寝ている所をノックして入ると激怒するんだよな。理不尽だ。

「シャデラン様、朝ですよ」

 やはり起きない。

「シャデラン様、朝食の準備が出来ていますよ」

 起きてよ、お願いだから。

「妖精金貨があるかもしれない金貨が届きましたよ!」

「それは大変だ!」

 またも寝巻のままドアを開けて飛び出そうとする。それを僕はとどめる。

「着替えてください。はやく」

「金貨が先だ」

「僕の使用人としての仕事が先です」

「バカか、そういうのは主を優先するんだ」

「男爵家では、使用人の仕事を優先するんです!! いつも男爵様はそうしてくれましたよ!!!」

 そう言えば、シャデラン様も大人しくするしかない。ほら、リリィの生家である男爵家と同じようにしろ、というのがシャデラン様の命令だ。あんたもしっかり男爵家の主っぽくなれ。

「さすがリリィの生家だ。使用人にも優しいな」

「そうですね、見習ってください」

 どこら辺を見習うか、きっとシャデラン様はわかっていない。ほら、高位貴族だから、人を使うのが当然だから。

 着替えを手伝い、眼帯の紐を結ぶ。これで準備は終了だ。シャデラン様はさっさと食堂に行ってしまった。食堂に行けば、金貨の山があるから、ちょっと遅れても大丈夫だろう。

 僕は今日も使用人としての仕事の傍ら、同居人に声をかける。

「マキシム、生きていますか?」

「あ、ああ」

 ノックすれば、返事はする。しかし、力がない。

 ドアを開けてみれば、一週間ですっかり本とか本とか本とかで散らかった部屋にうんざりする。

「どうですか、進捗は」

「俺さ、普通の話を書きたいんだよね」

 机に突っ伏しているマキシム。その傍らにはいっぱいの紙の束だ。僕は順番に並べて、それらを箱に片づける。

 マキシムは子爵令息だ。僕と同じくリリィに無体なことをして、体を異形に変えられた。リリィが許してくれたので、元に戻ったのだが、両足に少々、障害があるという。異形の変化が両足の両ひざだったので、何かあったのだろう。普通に歩く程度には問題はないが、体を使う騎士にはなれないので、マキシムは転向せざるをえなかった。なんと、文筆家だ。なかなか文才があったので、本まで出せるようになった。

 しかし、シャデラン様はそんなマキシムの才能を別の方向へと向けさせた。

「せっかくだ、女が違う意味で喜ぶ話を書け」

 そうして、シャデラン様はマキシムに、なんと男と男がからみあう話書かせた。泣いていやがるマキシムに、シャデラン様はというと。

「そうか、体験したいか。いい場所がある」

 そういう男娼がいるという館にマキシムを連れていき、取材させた。僕は付き人として連れて行かれたが、体験はしなかった。

 そうして、知識やらなにやらをしこまれたマキシムは、そっち系の文筆家にされたあげく、シャデラン様が社交する時は、いつも連れていかれた。今では、マキシムはシャデラン様の恋人扱いだ。本当に、酷いな、これ!

 これには、シャデラン様なりに意図がある。シャデラン様は独立したとはいえ、リスキス公爵家にゆかりのある人だ。隻眼といえども、あの見た目だ。狂乱の貴公子なんてもてはやされているので、見合いの話も生家にいっぱい来ている。その話を潰すために、シャデラン様はマキシムを利用したのだ。お陰で、シャデラン様とマキシムを遠くで見守る方向へと、淑女たちは頭をチェンジしていった。

「皆、こういうのが好きなんだな」

「俺は好きじゃないよ!!」

「売れてるじゃないか。帝国のほうまで」

「いやだーーーー!!!」

 物凄く売れているので、マキシム宛の手紙がいっぱいだ。その整理も僕がさせられいる。何故って、ここにリリィの情報が入っているかもしれないからだ、とシャデラン様。いや、ないよ。僕の仕事を増やさないで。

 積み重ねられた本は本棚に戻したりしている。

「どうですか、男爵家から借りた本は。シャデラン様に必要そうなものはありましたか?」

「大昔の文字は、読みづらいね。なんか、皇帝の日記なんてのもあったよ。帝国も、昔はああなんだなー、なんて見ちゃった。俺、また穢れちゃったよ」

「それはいらないから、有用なのだけください」

 マキシムは文字に対しても造詣は深かったので、リリィの生家である男爵家が大昔から所有している帝国の本も読めた。シャデラン様も読めるけど、まずは、いるかいらないか、マキシムに読ませて、中身を精査させているのだ。

 本の間に、簡単な説明文が書かれた紙が挟まれている。それをそのままにして、シャデラン様の寝室に置いた。それから食堂に行けば、シャデラン様は僕の給仕を待っていた。朝帰りしたケインはいなかった。部屋で寝ているのだろう。

「どうでしたか、金貨、ありましたか?」

「一枚あった。探せば見つかるものだな」

「それは、まずいですね。出所を探さないと。どこの金貨なのか、ケインに聞いてきます」

「いや、いい。どうせ、わからないだろう。まずは、出回ってしまった妖精金貨を全て回収しよう。呪いが発動すると、厄介だ」

 シャデラン様は妖精の呪いがかかった妖精金貨を机に置いた。あれ、怖くていまだに僕は触れない。

 妖精金貨は全て、シャデラン様の寝室行きだ。運ぶのもシャデラン様である。誰も妖精金貨には触れない。触りたくない。

 見ているだけで、僕は左腕が痛くなったように錯覚する。僕の左腕は妖精の呪いで一度、異形に変異した。元に戻ったが、妖精関係に関わったり、過去の過ちを思い出すと、痛くなる。

 今日の朝食は、いつもの男爵家の普通のものだ。貧乏男爵なので、肉はそれほどない。野菜はいっぱいだ。それをシャデラン様は上品に平らげる。あんなに早く食べてしまえるのに、見ていて綺麗だ。上位貴族の教育がすごいのか、シャデラン様がすごいのか。

 朝食を済ませると、情報収集といくつかの新聞を読み始めた。王城には、僕と一緒に行くこととなっているのだが、僕は家のことをやらないといけないので、シャデラン様は待っているのだ。先に行ってもらってもいいのに。

 料理も、洗濯も、掃除も、片手間である。一人なので、出来るようにやるだけだ。手抜きも男爵家で覚えた。

 そうして、僕の準備が終わる頃に、迎えの馬車が屋敷の前に止まった。僕に一息つく時間すら与えないとは、この主は酷いな。

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