復讐は戦争の前に終わらせよう02
最高級の卵でオムレツを作ってやった。
「貴様、普通の卵で作るって」
「何故、僕に声をかけたんですか!? 動きづらくなるじゃないですか!!」
「眼帯がずれたんだ。仕方がない。どうせ、いつかはバレるんだ。うまくお前を取り込んだ体にしておけば、周りも変に勘ぐらないだろう。それで、いい感じの情報はつかめたか?」
僕は給仕の手を止める。怒っても給仕しちゃう僕は、もう、病気だな。
「あの王族に恨みを持つ者は、騎士団にもかなりいますよ。血筋だけの王族だけに、実力もなく、名ばかりの騎士団配属になりましたからね」
「もっと、あいつには、恨まれる行動をしてもらわないとな」
暗く嗤うシャデラン様。
この男は、学校でリリィをイジメるように操作した王族を憎んでいる。この王族、リリィに一目惚れして、執拗に追いかけた。リリィはすげなく断ったが、諦めることなく、王族は人を使ってリリィを孤立させた。そうして、リリィが堕ちてくるのを手ぐすね引いて待っていたのだ。しかし、リリィは強かった。生家が没落しても王族から逃げて、消息まで絶ってしまった。
「後で、新しい名簿を渡します。あと、王族の母親のほうは、裏がとれました。ノーイットが証言者を確保しています」
「そうか。じゃあ、もうそろそろだな。上層部のほうも、総出で落ちてもらおう」
シャデラン様はオムレツのど真ん中にスプーンをぶっ刺した。
「シャデラン様、リリィはこう、端から綺麗に食べていましたよ。そういうお行儀の悪い食べ方は、男爵家では叱られるものです」
「え、そうなの? 気を付ける」
一応、男爵家のように、と要求されているので、僕は注意した。
僕を傍らに置き、シャデラン様は軍の上層部どもを笑顔で見ていた。上層部全員は、シャデラン様と目をあわせられない。
目の前に広げられた身上調書は、なかなかえぐいものだ。中には、帝国に情報を売っている者の情報まであった。
「証拠は!?」
「俺は、妖精の目を持っている。これはな、上手に使えば、妖精に色々とお願い出来るんだ。それぞれ、帰って、探してみればいい」
「妖精の目だと!? 貴様が妖精憑きだとでもいうのか!!」
妖精憑きとは、生まれた時に妖精を持つ人のことだ。妖精憑きにも種類がある。感じる程度の者もいれば、声が聞こえる者、見える者、その全てが出来る者もいる。妖精憑きは、生まれ持った妖精を操ることが出来る。妖精は、順序さえ間違えなければ、何でも願いを叶え、何でも教えてくれる。
しかし、シャデラン様は妖精憑きではない。
「違う。俺はさる人から、妖精の目を貰ったんだ。妖精はいいぞ。ミルクやお菓子で、簡単にお前たちの不正の証拠を持ってきてくれる」
眼帯をずらして、普通の人ではありえない目を見せる。義眼だが、シャデラン様の意思に従って動いている。
シャデラン様の義眼は妖精を見えるようにするものだ。出所はリリィの生家である男爵家だ。あそこは、遠い昔は帝国の貴族で、様々な魔道具を所有している。シャデラン様は隻眼となった時に、男爵家から妖精が見える”妖精の目”を貰った。これは、ただ、妖精が見えるだけではない。上手に使えば、妖精に命令することが出来るのだ。
シャデラン様の眼帯がずれたので、僕は無言で紐を結びなおした。その光景は、軍の上層部どもには、異様に見えたのだろう。
「お前たちは、どっちにつく。俺か? あの、どうしようもない王族に味方する国王か?」
シャデラン様が王族を憎んでいることは有名だ。なにせ、王宮で堂々と、何度も、王族に決闘を申し込んだのだ。王族はシャデラン様に勝てるわけがないので、同じく王族である母親に泣きつき、何度もなかったことにしてきた。
あまりにやり過ぎて、シャデラン様は呼ばれない限りは王宮に出入りできなくなった。
そこまで執拗に王族を憎むシャデラン様に、誰もが疑問を持った。何故なのか? 当の王族も気づいていないのだ。
たかが貧乏男爵の末娘リリィのための復讐だと。
国をも揺るがす凶事をたかが小娘一人のためにやっているなど、誰も思わない。僕だって、正気を疑う。
しかし、シャデラン様は本気だ。リリィを貶めた者は全て許さない。すでに、伯爵令嬢の命令で、リリィをイジメていた貴族令息令嬢は、シャデラン様の手によって、かなり酷い目にあっている。
どこまでも続く復讐劇は、もうそろそろ、終わりが見えてきた。
軍の上層部は、シャデラン様に首を差し出すしかなかった。
そうして、シャデラン様は、軍部全てを連れて、王宮を制圧する。
「シャデラン、もうすぐ戦争だという時に、何をしている!?」
まだ学校に通っている最中の若き国王サイラスは怒った。しかし、先王ほどの気迫がない。シャデラン様とは進んできた道が違いすぎる。
「クーデターだ。もう、使えない王族の下で働くのは、うんざりなんだ」
「ふざけるな!! おい、お前たち、何故、この男を捕まえない!?」
「そりゃ、首輪をつけたからだ。皆、大人しく、ワンと言ってくれる。お前ももう少し、上等な首輪を用意しておくんだったな」
「こちらには、まだ、魔法使いがいることを忘れたのか!?」
そう言って、サイラスは帝国から借り受けた魔法使いを呼ぶ。
しかし、魔法使いは来ない。
「無駄だ。妖精殺しの剣を見せたら、その威力に気づいて、俺の味方になった」
シャデラン様は帯剣した剣を見せる。一見、何の変哲のない剣だが、これで魔法使いごと妖精を斬り殺せるのだ。こちらも、リリィの生家である男爵の所有物だ。
「さて、どうする? 俺は別に、お前の叔母とあの使えない王族を差し出せば、引き下がってやる」
「何をバカなことを!? 血の繋がった叔母を差し出せるわけがないだろう!!」
「確か、先王の母親違いの妹だったな」
シャデラン様が合図するので、僕は一人の老婆を連れてきた。
「貴様の叔母の母親は側室だった。その側室に仕えていた者だ。お前、真実を話せ」
「側室は、王が手をつける前に、すでに、妊娠しておりました」
「良かったな、血がつながっていない」
呆然となるサイラス。そして、怒りに顔を真っ赤にした。それはそうだ。あの王族、実は王族の血が一滴も流れていないのだ。
そうして、国王サイラスは叔母と王族をシャデラン様に差し出すことで、クーデターは中止となった。
シャデラン様は王族に決闘を申込、逃げる王族の両手両足を斬り落とし、平民へと堕とした。
国王の叔母は、かなり質の悪い娼館に売られた。
その後、表向きはそのまま放置であったが、事あるごとに、シャデラン様はこの二人に生き地獄を味合わせていた。
もちろん、その手伝いを僕と同居人たちはした。それが、リリィへの贖罪だからだ。
戦争が始まった。シャデラン様が参加するので、問答無用で僕も参加させられた。もちろん、シャデラン様の側仕えである。
もう、軍部では、僕とシャデラン様がそれなりに繋がっていることは知られていた。
「あの王弟は、どうやって敵を殺すんだろうな?」
今回の戦争は、国王サイラスではなく、王弟が立った。まだ若く跡継ぎがいないサイラスを戦場に立たせるわけにもいかないため、母親が側室の王弟が戦争に行くこととなった。
シャデラン様はかなり上位なので、上から見ているだけである。戦争に参加するのは、下のほうの騎士や兵士だ。
「魔法使いがいますから、罠を張ってしまえば、簡単でしょうね」
「妖精にたかが人間が勝てるわけがないだろうに、バカだな」
何言ってるんだろう。帯剣しているそれは、その妖精を殺せる剣だ。シャデラン様が矛盾することをいうので、呆れた。
「こんな戦争なんかどうでもいい。早く、リリィを探さないと」
「妖精に頼んでみればいいじゃいですか。その義眼があれば、出来るでしょう」
シャデラン様の眼帯を指して言ってやる。
「それがな、リリィのことは内緒なんだと。どこの妖精に聞いても、教えてくれないんだよ。さすが、俺の妖精姫だ」
口元に優しい笑みを浮かべるシャデラン様。
リリィは実は妖精憑きだ。妖精に溺愛されているため、本気で隠れると、誰にも探せない、と男爵家でも言われた。実際、未だに見つけられない。
相当、力のある妖精憑きだというのに、学校のイジメにも特に力が発揮されることはなかった。それが不思議でならなかったが、シャデラン様は言った。
「大したことがなかったんだろう。リリィは強い女なんだ」
「僕は、そんなリリィに酷いことをしてしまいましたね」
僕は命令されてリリィに無体なことをした。そして、リリィは妖精憑きの力で僕を呪った。僕の行為は、リリィにとっては、大事だった。そうだろうな。女の初めてを無理矢理奪ったんだ。痛い痛いと泣いていた。
リリィの呪いで、僕は左腕が変異した。変異した時、かなりの痛みがあった。リリィに許されて、元に戻ったが、時々、傷むことがある。
リリィの叫び声を思い出すと、左腕が痛んだ。