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妖精狂い  作者: 春香秋灯
14/19

王都の聖女02

 さすがに騎士団の服は目立つので、平民のそれである。普通の服で行って、神官長に会う。神官長は今にも折れてしまいそうなよぼよぼのおじいちゃんだ。大丈夫かな?

「シャデラン様の代理で来ました。エリカ様の面談をお願いします」

「わかりました。こちらです」

 教会の奥を通って、裏口を出て、王都の聖域の近くの小屋に案内された。小屋の近くに、子どもが一人いる。

「何か御用でしょうか? こちらは、一般の方は立ち入り禁止となっています」

 しっかり教育をされた子どもは、次の王都のエリカ様だろう。声が可愛らしい。

「僕は、リスキス公爵血縁のシャデラン様の代理で来ました。エリカ様の面談をお願いします」

「失礼しました。エリカ様は今、聖域の慰問に行っています」

「聖域に入っていいですか?」

 幼いエリカ様は、じっと案内で来ただけの神官長を見た。神官長はただ、笑うだけである。

「どうぞ、このまま行ってください」

 指をさすだけで、案内はなしのようだ。真っすぐ行けば、つくんだろう。

 僕は軽く会釈して、一人で聖域に向かう。聖域に行くのは初めてだ。

 しばらく歩いていくと、慰問帰りの女性がやってきた。普通の女性だ。

「あの、こちらは立ち入り禁止ですが」

「失礼しました。僕はリスキス公爵血縁のシャデラン様の代理で来ました」

「そうですか」

 ちょっと残念そうな顔をする王都のエリカ様。わかる! シャデラン様、見た目はいいからね。目の保養にはなるよね。

「すみません。シャデラン様、忙しくなってしまいまして、僕の代理で来ることとなってしまって」

「あ、いえ、すみません。顔に出てしまいましたか」

「僕は主の顔色を見極めるのが得意ですから、わかってしまっただけです。あなたは完璧ですよ」

 あの暴君シャデラン様の顔色を四六時中、伺っているので、他人の顔色もすぐに察知してしまうんだよ。

 ちょっと驚くも、笑う。王都のエリカ様は、美人ではないが、素朴の可愛さがある。

「よかったら、お茶を一緒に飲みましょう」

「それは良かった。お菓子を焼いてきたので、食べましょう」

 シャデラン様お気に入りの焼き菓子だ。

 男がお菓子を作る、というのにも、王都のエリカ様は驚いた。彼女の世界は教会と聖域だ。狭い世界で、男が料理をしたり、お菓子を作るのは、きっと、驚くことなんだろう。

「あなたは、可愛らしい方ですね」

 ついつい、そんなことを言ってしまった。おっと、女性を口説いているみたいだ。これはいけない。

 そんな誉め言葉に免疫がない王都のエリカ様はみるみる、真っ赤になった。しまった、悪い男になった気分になる。言葉には、本当に気を付けよう。

 そうして、聖域から離れて、小屋に招待される。先ほどまでいた幼いエリカ様はいなくなっていた。

「あの、小さいエリカ様は?」

「彼女は、教会のお手伝いに行ったのでしょう。あの子は、働き者だから」

「それはまずい」

 小屋に異性と二人っきりというのは、さすがに僕でも良くないと思う。

 ところが、この王都のエリカ様は色事の危機管理能力が皆無だ。たぶん、シャデラン様とも、こうやって、普通に二人っきりとなって、お茶なんか飲んでいるのだろう。まるで気にしていない。

 相手が気にしないなら、僕は普段通り、接するだけである。大人しく、人が淹れたお茶をいただき、お土産の焼き菓子を広げた。

「これは、よく、シャデラン様からいただいているお菓子ですね」

「お土産に作れ、とよく命じられましたが、ここに持って来ていたんですね。いつもは、もっと多く作っていますから、きっと、孤児院にも持って行ってたんですね」

「………」

 何故か無言になる王都のエリカ様。気まずいみたいに、視線を僕から反らした。ははーん、これは、あれだな、独り占めにしたんだな

「気に入ったのなら、来週は、もっと焼いて持ってきますよ」

「いえ、そんな、はしたないことです!」

「いいではないですか。あなたも、悪い事一つくらいはしたほうがいい。でないと、僕は恥ずかしくて、ここにはこれなくなる」

「悪いこと一つもしてなさそうな顔をしていますよ」

「あなたは見る目がない。僕ほど、悪人はいませんよ」

 これは大変だ。この聖女、簡単に人に騙されてしまう。男爵家とは違う感じだ。

 リリィの生家である男爵家は、善人の塊だ。もう、生まれながらの善人だろう。人が悪いことをするなんて思ってもいない。騙されても、「ま、いっか」で済ませてしまう。

 王都のエリカ様は、人の見る目がないんだ。善人というわけではない。悪人でないだけだ。だから、騙されると、物凄く傷ついて、許せないだろう。

 僕は、善人の皮を被った悪人だ。昔の悪行一つがどうしても許せなくて、それを贖罪しようとしているが、善行し続けると、許されてしまうのがイヤで、悪行を積み重ねてしまう。もう、救いようがない悪人だ。

 王都のエリカ様は、疑うように僕を見つめ返す。

「そんな可愛い顔をしていると、僕みたいな悪人に頭から食べられてしまいますよ。もっと、男には警戒しないと」

「大丈夫です! こう見えても、私はしっかり者なんですから。次代のエリカも、しっかり者に育てています」

 これは、次代も悪い男に騙されるな。そう遠くない未来が見えてしまう。それは口にしないでおこう。

「そうですね。あなたは立派な王都のエリカ様だ。毎日、聖域を慰問しています。とても立派です。そんな立派なあなたに、僕の悪行を聞いてもらいましょう」

「え、何故ですか?」

「内緒の告白ですよ。あなたは立派な人だから、僕の悪行も、誰にも話さないでいてくれるでしょう。僕だって、話して、気分を切り替えたい。ダメですか?」

「そういうのは、神官のお役目だと思いますが」

「そうですねぇ」

 正直、神官は信用していない。ちょっと調べれば、埃がいっぱいだ。うかつなことを話せば、シャデラン様の弱味を握られてしまう。

 それに、王都のエリカ様に話すのには、理由がある。

「もっと、あなたは悪い話を聞いたほうがいい。きっと、人生に色がつきます」

 首を傾げる王都のエリカ様。僕が言いたい事、理解出来ないのだろう。理解するための疑問を持てないように、王都のエリカ様は育てられ、また、縛られている。

「そうですね、まずは、僕が学生時代の女性に対する悪行を教えましょう」

 まずは、最初の悪行からだ。もっと、あなたは警戒したほうがいい。


 次、訪れた時は、王都のエリカ様は小屋には入れてくれなくなった。





 週一回の王都のエリカ様の面談は、聖域の慰問のついでとなった。聖域には、本来は、王都のエリカ様しか入ることが許されないのだが。

「あまりにも真っ黒なんで、ここで、穢れをとってもらったほうがいいですよ」

 二回目にして、すっかり王都のエリカ様は、僕の評価を底辺まで下げてくれた。良かった、正直に話して、あの男爵家みたいに、「ま、いっか」と許されてしまったら、僕の立つ瀬がない。

 ついでに、僕との距離もいい感じだ。女性にとって、力づくで無体なことをする男なんだから、距離はしっかりとったほうがいい。

 それでも、毎度、持っていくお土産の焼き菓子を受け取る時は、物凄く嬉しそうに笑う。どうしてか、聞いてみた。

「予算があまりないので、甘い物が食べられなかったんです。シャデラン様が持ってきてくださる焼き菓子は、本当に美味しくて、癖になります」

「ここまで歩くのは、大変でしょう。よく食べたほうがいい。孤児院のほうには、別に渡していますから、もう、独り占めしなくていいですよ」

「もう、そういう意地悪は言わないでください」

 顔を真っ赤にする王都のエリカ様は可愛らしい人だ。いかんいかん、絆されそうだ。僕も気を付けないと。

「今日はですね、騎士団の仲間を売った話をしましょう」

「どうしてそう、悪行いっぱい重ねるんですか!! 良いことしましょう」

「根っからの悪人だから、善行すると、消えちゃうんですよ」

「もう、救いようがない人ですね!!」

「悪人だから、仕方がない。気を付けてくださいよ。こんなふうにいい人っぽく笑って近寄ってくる男は、本当に危険ですから」

「よーく、わかりました」

 話を聞いただけで、わかった気になっている。彼女は、聖域を守るために存在する。だから、彼女は外の悪意から隔絶され、守られている。だから、ついつい、からかいたくなる。

 話しているとわかる。悪行の中に、王都のエリカ様は外の情報を耳にして、目をキラキラと輝かせている。悪行だけど、聞いていて、楽しいんだ。だから、週一回の面談を彼女は喜んで受け入れてくれる。

 一通り話し終わると、王都のエリカ様はちょっと悲し気に目を伏せる。

「どうして、そんな身を削るようなことばかりするのですか? あなたは本当は、とても良い人ですよね」

「良い人は、仲間を売ったりしません」

 最初に売ったのは、一緒にリリィに無体なことをした友達だ。彼ら四人は、卒業後も手紙のやり取りをするほどの仲だった。それなのに、僕はシャデラン様に捕まってすぐ、手紙ごと、友達の情報を売った。ついでに、友達を陥れる手伝いまでした。サンデなんか、愛する恋人を自殺にまで追い込まれて、おかしくなった。そのきっかけを作ったのは僕だ。

「でも、あなたが教えなくても、シャデラン様でしたら、調べられたでしょう。あの方は、それだけの権力があります」

 王都のエリカ様だって知っている。シャデラン様は貴族の中の王族の血筋だ。権力だってある。血筋が血筋なので、そこら辺の貴族では太刀打ちが出来ないのだ。

「ちょっと、囁いたんですよ。僕は悪人になるのに、あなたは善人のままでいるつもりか、と。僕の主となる以上、善人で居続けてもらっては、困るんです。僕の主も、悪人でないと」

「酷い人ですね、あなたは」

「シャデラン様にも言われています」

 サンデの恋人を自殺に追い込むようなきっかけ作りは、僕がしたようなものだ。サンデの恋人が自殺してしまったのは、偶然だが、シャデラン様の青臭い復讐心を真っ黒な復讐心に塗り替える、よいきっかけとなった。後で、散々、シャデラン様に鞭で打たれたけどね。嵌めやがったな、みたいに。

「それで、今度は私を悪人にするのですか?」

「まさか。こういう悪い人がいるんだよ、と教えているだけです。だから、あまり近くならないでください」

 ちょっと油断すると、この世間知らずの聖女は、僕に近くなってくる。注意するが、王都のエリカ様はどんどんと近くなってくる。困ったな、女性の扱いは、とんと、勉強出来ていない。

 ついでに、聖域の光景が良くない。綺麗で、神秘的で、僕の心が浄化されそうだ。やばい、本当に消えてなくなっちゃうよ。

「ここでの面談はやめませんか? 僕、浄化されると、消滅しちゃう!」

「もう、ふざけないでください。そんなわけないでしょう。だいたい、私に告白している時点で、浄化されるようなものですよ」

「あれですね、王都のエリカ様は穢れを全て受け止める、というやつですね」

「知ってたんですか!?」

 今更ながら、僕が全て知っていることに驚く王都のエリカ様。ここに来るようになってから、僕はシャデラン様に聞いていた。王族とそれに関わる者にしか教えられない重要機密だ。僕は知らなくてもいいのに、シャデラン様が勝手に言ってきた。あの人も何を考えているか、わからない時がある。

 気まずい、みたいに見てくる王都のエリカ様。知らない相手だから、気楽に接してこれたのだろう。

「大丈夫ですよ、僕はそういうことは、全く気にしませんから。ほら、人を殺した数がすごいですからね」

「そういうのと一緒にしないでください。これでも、夢を見ることはあります」

「怖い夢ですか?」

「普通の女の子になる夢です」

「普通じゃないですか、あなた。どこが普通じゃないんですか?」

「どこって」

「ここを離れられないだけで、それ以外は、普通ですよ。違いますか?」

 僕にとっては、王都のエリカ様は普通の女性だ。まあ、世間知らずだし、警戒心が足りないが、そこを抜けば、可愛らしい女性である。

「あれですか、恋をしたい、とか、そんなものですか」

 僕でもわかる、普通の女の子の夢だ。学校に行っても、男爵領で平民となっても、女の子は皆、そういうものを語るものだ。

「そ、そうなんです。でも、私は許されなくて」

「シャデラン様相手は、無理ですよね。あの方、そういう対象には不向きですから」

「そうではなくて、私にはお役目があります。恋なんて」

「どうせ、契約で勝手に穢れを受けているんでしょう。だったら、放っておけばいい。誰か気になる人でもいましたか? シャデラン様はダメですよ。遊び相手としては、不向きです」

「どうして、いつもいつもシャデラン様の名前を出すのですか!?」

「初めて会った時、僕を見て、とても残念そうな顔をしていましたから。シャデラン様のことが好きでしょう。わかります。男前ですからね」

 隻眼だけど、それでも社交界では大人気だ。血筋もそうだが、見た目もいい。ちょっと狂っちゃって、暴君みたいになったけど、そこも女性の受けがいいのだ。

 ただ、残念なのが、男色家かなー、なんて悪い噂がたっていることだ。そこは、きっと、たぶん、王都のエリカ様の耳には入っていないはず。

 王都のエリカ様はもう、耳まで真っ赤にして、両手で顔を覆った。言い過ぎたな、これ。

「すみません、言ってはいけないこでしたね」

「いえ、違います。そんなにわかりやすかったんだ、と恥ずかしくなって」

「腹芸なんか、身につけなくていいんですよ。そういうのは、無駄です。あなたは、もっと、楽しんだほうがいい。ほら、焼き菓子の種類を増やしました。同じものばかりだと、飽きるでしょう」

 これまでとは違う焼き菓子を手渡した。そうすると、王都のエリカ様は華が咲くように笑った。





 そうして、週に一回の王都のエリカ様面談が一年程続いた頃、突然、面談を拒絶された。

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