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妖精狂い  作者: 春香秋灯
13/19

王都の聖女01

 王国には五つの聖域がある。聖域は、王都、中央都市、山、海、そして最果てだ。それぞれの役割は知られていないが、聖域が穢れると、実りが得られなくなると言われている。

 大昔、聖域を綺麗に保つためも儀式が行われていた。ところが、王族と教会、貴族は悪行の限りをつくし、儀式の記録を燃やしてしまった。結果、聖域の穢れを取り除けなくなり、王国は一度、滅びかけた。

 そんな王国に慈悲を持ってやってきたのは、帝国の皇女マリィだ。帝国もまた、王国と同じく、一度、滅びかけたところ、マリィの手によって、聖域は綺麗になった。マリィは皇族でありながら、力の強い妖精憑きだった。マリィの慈悲深さと強大な妖精憑きの力によって、王国も救われるはずだった。

 マリィは王国の王太子の妻となり、一人の娘エリカを産み落とした。マリィが何故、子を為したのかは、今でも不明である。ただ、エリカは王国と帝国の血を引く、高貴な存在となった。ところが、マリィはエリカを産んですぐに亡くなった。マリィが亡くなるとすぐ、王太子は昔の恋人と結婚した。そして、すぐ、王太子は国王となった。

 それからは、酷いものだった。エリカは我儘放題だ。ただでさえ、聖域が穢れてしまっているというのに、エリカの我儘は国を傾けた。酷い我儘に、帝国に苦情を訴える。すると、エリカの伯母である帝国の女帝は、エリカに甘く、出来る限りの支援を送った。それだけには留まらず、エリカが望む物全てを贈った。そうして、我儘放題のエリカに、王国民の我慢の限界がきた。

 エリカがそれなりの年齢になったころ、王国は内戦となった。エリカの婚約者が、王国に牙をむいたのだ。婚約者は心根のしっかりしたリスキス公爵の次男だった。リスキス公爵は、王族が貴族となるために作られた貴族の中の王である。リスキス公爵にも、王位継承権が与えられ、王族教育が施されていた。婚約者は、エリカの我儘ぶりに、我慢ならず、王位簒奪をしたのだ。

 ただ、内戦をしただけではない。婚約者は帝国にも手を出さないように、と書状を送った。ところが、帝国は、エリカを無傷で差し出すなら、内戦の支援だけでなく、今後五年間の支援までする、と皇太子を差し出して、言ってきたのだ。先のことが見えない王国は、この申し出を受け入れるしかなった。

 こうして、帝国の力をかり、婚約者は王位簒奪に成功した。そして、牢獄に捕らえられたエリカと面談し、真実を知ることとなる。

 実は、この婚約者、エリカと会ったことがない。これまで、エリカの腹違いの妹に、エリカの横暴ぶりを囁かれていて、それを間に受けていただけだった。国王も、王妃も、臣下たちも、皆、エリカを悪くいう。悪政も全て、エリカのせいにしていた。

 実際に会ったエリカは、幼児だった。いや、見た目は立派な女性だが、頭が幼児の五歳くらいで止まっていた。教育なんてされていない。虐待の限りをされて、それすらも普通と受け止め、笑っている、可哀想な女だった。言われるままに謝り、虐待をする家族の命乞いまでする。その理由も”姉だから、妹を助けるため”である。

 そして、元国王たちの最悪の悪行が白日の元に晒された。なんと、帝国の皇女であるマリィは、当時、国王の恋人だった女に毒殺されたことが発覚した。生まれて間もないエリカを人質にとられ、マリィは毒を飲み、死んだのだ。

 帝国の皇太子は怒りに震えた。それでも、約束の通り、エリカの身柄と引き換えに、五年間の支援をした。これまで、エリカが受けた仕打ちに対する賠償など求めない。ただ、粛々と王国の行く先を見つめる。

 王位簒奪から五年経ったが、王国は貧しいままだった。それはそうだ。聖域が穢れたままだ。豊かさは取り戻せていない。

 そんな時、帝国からエリカが慰問に来た。すっかり綺麗な身なりとなったエリカだったが、長年の虐待により、頭は五歳のままだった。

 エリカは母親から強大な妖精憑きの力を受け継いでいた。母マリィは妖精の声だけしか聞けなかったが、エリカは、妖精の姿を視認し、声を聞く、強い妖精憑きの力を持っていた。あまりに強い力であったが、エリカは難しいことが全くわからないため、魔法使いになれなかった。

 エリカは生まれ故郷を慰問するも、怒りも恐れもなかった。見て感じるだけだ。

「可哀想」

 ただ、それだけの理由で、エリカは王国の聖域の穢れを全て身に受けて、帝国に去っていき、穢れによって、亡くなった。

 帝国はこれには怒り狂った。マリィだけでなく、エリカの命を王国は奪ったのだ。それから、帝国は王国を支配はしないが、監視した。もう二度と、同じ過ちをおかさないように、監視し、万が一の時は、帝国の全てを持って滅ぼす、と脅迫した。

 こうして、王国は帝国に逆らえなくなった。






 今日、最後の食事が終わり、僕は一息ついていた。僕のやることは多い。朝から晩まで、屋敷のことを行い、やめられない騎士団で、まだ居座っている主の面倒をみて、と忙しい。ちょっとした休憩というと、夜、家のことが終わった頃合いとなる。それも、もう少しで、朝の下ごしらえが待っているが。

「僕だけ酷いと思うんだが」

 食堂に、突っ伏して、ついつい愚痴ってしまう。良くないな、これ。この扱いもまた、僕にとっては大事な罰だ。過去の一度の悪行の償いだ。 

 いや、僕の悪行なんて一度ではない。主シャデラン様に出会ってから、友達を売り、仲間を売り、逆らう相手は容赦なく殺して、とその後の悪行なんて酷いものだ。もう、家族にも顔向け出来ないことばかりしている。家族には縁を切られたので、もう、顔もあわせていないけどね。

 ちょっと休憩すれば、すぐに持ち直す。自らを律することが大事だ。悪行一つに善行を十個くらいやれば、帳尻があうはずだ。善行、一個も出来ていないけど。

 食堂のあけ放たれたドアがノックされる。見れば、マキシムが立っていた。元は同じ騎士を目指していたマキシムだが、膝の痛みで文筆家となった。そのため、すっかり体は細くなってしまった。

「今日も徹夜ですか?」

「違う。シャデラン様がお呼びだ」

「もう、着替えも手伝ったのにぃ。あの人の顔、もう見たくない」

「大変だけど、頑張ろう」

 僕は突っ伏しても、マキシムが引っ張っていく。大した力ではないが、いやいや引っ張られた。

 そのまま売られる牛のごとくドナドナされて、シャデラン様の寝室の前に立たされる。僕がとても疲れた顔をしているのは、マキシムもわかっている。僕も鏡見なくても感じるよ。もう、明日の準備を終わらせて、寝たい。それでも、シャデラン様は絶対だ。

 マキシムがドアをノックする。

「サウスを連れてきました」

「サウスは入れ。マキシムは戻っていい」

 マキシムは僕を見捨てて、部屋に戻って行った。そんな、僕一人でシャデラン様の相手なんて、もう、したくないのにぃ。

 いつまでも入らないと、ご機嫌斜めになるので、僕はさっさとシャデラン様の寝室に入った。

 中の光景は、いつもながら、気持ち悪い。シャデラン様は貴族の中の王族と言われるリスキス公爵の血縁である。王位継承権も持っているので、王族教育もされている。なのに、部屋の調度品はあまり良いものではない。

 それはそうだ。シャデラン様の永遠の片思い相手である男爵令嬢リリィの持ち物だ。リリィは、貴族や王族に無体なことをされて、恋人と一緒に出奔してしまった。どこに行ってしまったかはわからないが、すでに可愛い娘が一人いることはわかっている。もう、シャデラン様は失恋決定だ。それでも諦めきれないシャデラン様は、リリィの持ち物を新品と交換させて、使っている。この事実をリリィが知ったら、ドン引きするかな? いや、彼女はかなりいい人だ。きっと、「大事に使ってくださるのですね」なんて良い方で誉めてくれる。善人なんだよ。

 しかし、事実を知っている僕はドン引きだ。しかも、この持ち物交換に僕が利用されたのだ。僕はリリィの生家である男爵家に二年程、お世話になった。そのお陰で、すっかり男爵家とは家族のように扱われている。僕がちょっとお願いすれば、リリィの持ち物を新品に交換なんて、簡単に了承しちゃうほど、仲良しなんだよね。もう、当時は泣きたかった。

 この、リリィへの執着の集大成の部屋には、正直、長居したくない。何せ、シャデラン様はリリィに関わったものは全て集めていて、その中には、妖精の呪いがべったりついている妖精金貨まである。僕は一度、リリィに呪われて、左腕が変異した。リリィの呪いに近づくと、左腕が痛くなる。

 色々と、イヤなものを感じる部屋に、僕はどうにか表情筋を総動員して、笑顔で入る。

「何か御用ですか?」

 すでに寝る準備まですませているシャデラン様は、眼帯を外している。普段は眼帯で隠された目には、気持ち悪い妖精の目がある。あの目は、常人でも妖精の姿を視認させる魔道具だ。その目で僕は見られる。

「お前もいい感じに穢れてきたな」

「僕が穢れてきたということは、シャデラン様も穢れてきたということですよ」

 僕とシャデラン様は一蓮托生だ。シャデラン様の命令で僕が動いているので、それはそのまま、シャデラン様もやっているようなものだ。

「本当に、お前は俺に対しても口が悪いな」

「男爵様でも、この時間は使用人を呼んだりしませんよ」

「悪かった、もういうな。ちょっと、代わりに行ってもらいたい所がある」

 男爵を出せば、だいたい、シャデラン様は反省する。反省はするけど、その先がないんだよね、この人。ほら、最高の貴族だから、人を顎で使うのは、普通だから。

「明日も、僕は騎士団で、あなたの付き人ですが」

「王都のエリカ様の所に行ってほしい。さすがに週に一回、慰問するのは難しくなった。一カ月に一回に減らすことにしたのだが、様子見として、週に一回、サウスに行ってもらいたい」

「また、どうして」

「もうそろそろ、代替わりだからだ」

「そういえば、王都のエリカ様は、寿命が短いですね」

 僕はあまり、良い信徒ではない。月に一度くらいは、教会に行って、お祈りをする程度である。教会の教えは、幼い頃に叩き込まれているので、有難いお言葉までは聞かない。聞く必要がないからだ。だって、だいたい、決まっているから。


 大昔、聖域は穢れて、王国が滅びかけた。それも、聖女エリカ様のお陰で、穢れは浄化され、王国は元に戻った。しかし、聖域は簡単に穢れてしまう。しかし、穢れをどうにかする方法は、燃やされてしまったので、残っていない。帝国は教えてくれないので、王国なりに考えた。

 聖域が穢れるのは、悪行を行うからだ。だから、王国民は粛々と神の教えに従い、悪行をしない毎日を過ごすことで、聖域を穢れないようにした。

 それでも心配となる王国民。そこで、聖域に一人の番人を立てた。番人は無垢な女だ。身寄りのない女の赤ん坊の中から、一人選び、純粋無垢な聖女に育て上げ、聖域の番人とし、大昔、王国を救った聖女の偉業を忘れないために、エリカと名付けられた。

 聖域は王国では五つある。それぞれ、王都、中央、山、海、そして最果てと呼ばれる。五人のエリカは、番人とする聖域にちなんで、王都のエリカ、中央のエリカ、山のエリカ、海のエリカ、最果てのエリカ、と呼ばれる。それぞれのエリカは元の身分は低いが、聖域の番人となると、国王よりも高い身分と公言されているため、国王でさえ、エリカ様、と呼ぶ。そうとはいえ、エリカ様は敬虔な信者であり王国民であるので、自らの立場をきちんと理解し、贅沢はしない。


 僕も時々、シャデラン様の付き人として、王都の教会には行くが、エリカ様には会ったことがない。教会で出会うのは、かなり珍しい。シャデラン様は、貴族であり王族の立場から、わざわざエリカ様に会いに行く。その時は、さすがに僕は教会で待機だ。

「僕が会って大丈夫なのですか? 失礼になりますよ。僕は平民ですから」

「そういうのは気にするな。エリカ様は、皆、身分は気にしない、出来た方だ。ただ、王都のエリカ様は、少々、表に出にくい事情がある」

「寿命が短いことと、関係がありますか?」

「そうだ。俺は先代の王都のエリカ様の代替わりに立ち会ったことがある。表に出せない話だ」

「知りたくないですね」

 この命令は、拒否したい。知らなくていい事のような気がした。

「俺の代理といっても、そう、重く考えるな。代替わりをしたら、それを報告だ。週に一回、休みをやるから、行ってこい」

「え、いいんですか? シャデラン様、眼帯、ずれたらどうするんですか?」

「金のかからん暗部にやらせる」

「勿体ない使い方しないでください。彼らは優秀なんですよ」

 王国所有の暗部に、とんでもないことやらせるシャデラン様。使用人と暗部を同等に扱うのはやめてあげて!

 休みも貰えるし、王国所有の暗部は、シャデラン様の眼鏡にもかなっているということで、僕は週に一回の王都のエリカ様慰問を引き受けることにした。

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