妖精に愛される一族02
男爵家に来ても、やっぱり僕はシャデラン様の着替えを手伝わされる。せっかく一人で来たかったのに、運がない。
まあ、男爵家では、使用人の仕事はしなくていいから、楽だけどね。僕はシャデラン様の世話を早々に終わらせると、部屋を出ようとした。
「どこに行く」
「使用人用の食堂ですよ。調味料を貰いに行くんです」
「男爵は大丈夫なのか? あの元伯爵に騙されて、酷い目にあったりしないか?」
「悪いことは悪い、と言ってしまう人です。悪事でなければ、気にしないですよ」
「心配だ、物凄く心配だ」
呪われた元伯爵一族を受け入れてしまった男爵のことをそれはそれは心配するシャデラン様。あれですね、あまりに男爵は綺麗な心の持ち主なので、悪人として、見ていられないんですよね。僕もそうですよ。
「ここの使用人、多いでしょう」
「亡くなった男爵から聞いた。妖精の子孫なんだってな」
男爵家の使用人はほとんど、無給で働いている。それは、遠い遠い先祖から続く恩返しだ。
大昔、帝国がまだ、聖域の秩序を守る技術があった頃、男爵は帝国の貴族だった。あまりにも騙されやすく、優しい貴族であったため、すぐに爵位を落とした。そんな彼に帝国の皇女は一目惚れして、降嫁。いつも貧乏な貴族でも、皇女はそれで幸せだった。
そんなある日、貴族は、鞭打たれて可哀想な奴隷を買って帰ってきた。奴隷を買ったお金は、その日のパンを買うためのものだった。
なけなしの金で買ってきてしまった奴隷。それでも皇女は怒らず、それどころか、貴族を誉めました。そして、奴隷を自由にしました。
自由になった奴隷はいいます。
「僕は一生、あなたがたを幸せにするために、仕えさせてください」
なんと、その奴隷は妖精だったのです。妖精は、貴族と皇女が幸せになるように、と力を振るいました。
そうして、妖精はそのまま消えるはずでした。ところが、妖精は子孫を残しました。子孫は言います。
「私は、一生、あなたの子孫のために仕えさせてください」
こうして妖精の子孫は、貴族と皇女の子孫に仕えるようになりました。
嘘のような昔話だが、本当だろう。この男爵邸には、今では絶対に不可能だと言われる技術が使われている。まず、家の鍵は男爵家の血筋でないと使えない。だから、元伯爵は入ることも出来なかった。
外側から男爵邸を壊そうとしても、壊れない。あらゆる攻撃を無効化してしまうのだ。泥棒だって入ってこれない。入ろうとしても、男爵邸が拒絶する。
そして、男爵邸の地下には、大昔に作られた魔法具がいっぱいある。僕は見せられたことはないが、話だけは聞いている。地下に行く鍵も、男爵家の血筋しか使えないようになっている。
男爵邸にいる使用人は全て、妖精の子孫だ。妖精の子孫だからといって、妖精を見たり、声を聞いたり出来るわけではない。ただ、忠誠心が半端ない。だいたい、男爵の血筋には、それぞれ、妖精の子孫が仕えるようになっている。リリィの場合は、それがダンだ。お腹にいる時に、仕えるべき主かどうか、わかるらしい。
そうして、男爵の血筋を一人一人、妖精の子孫は一生をかけて仕え、守るのだ。
全ての妖精の子孫が、仕えるべき主に出会えるわけではない。男爵の血筋でも、妖精の子孫が主と認めるわけではない。それは、神のお導きだ。
「暴力はないでしょう。ここの使用人は強いですよ。僕も随分、もまれました。お陰で、シャデラン様の試しにも負けません」
「そうだな。お前、実は強いよな」
「いえいえ、シャデラン様ほどではありませんよ。僕はほら、暗器とか使うので」
「その使い方を他の奴らにも手ほどきしたよな。医者だというのに、サンデは闇医者やっていても、相手撃退するんだよな」
「護身術です」
笑顔で言い切ってやる。アンタに仕えると、後ろ暗いことやらされるので、きちんと身を守る手段が必要なんだよ。
「行ってきていいですか?」
「俺はダメなのか」
「ここは、男爵邸ですよ。大人しく、お客様していてください」
僕ははっきりとシャデラン様を拒絶した。
昔懐かしい使用人用の食堂に行けば、やっぱり、僕を待っていてくれた。なんと、僕が求める調味料が綺麗に瓶詰されている。さすがだ、助かる。
「ありがとうございます。これじゃないと、味付けがうまくいかなくて」
「そんなに気に入ってもらえるとはね」
使用人頭が笑う。笑顔だけど、この人が一番、強いんだよね。気を付けないといけないよ。
「あんな呪われた一族をよくもまあ、連れてきてくれたな」
あ、言われちゃった。妖精の子孫は、たまに見えたり聞こえたり感じたりする子が生まれることがある。この使用人頭がそうなんだろう。
「すみません。見捨てられなくて」
「過去の自分でも見たのか。もう、気にしなくていいんだよ。忘れないで、ただ、心がけでいいんだ」
「気楽に生きてますよ。酷い主にこき使われて、過去を思い出す暇もありません」
「お前と一緒に来た貴族様な、先代様から、魔道具を渡されているけど、気を付けろ。妖精の目は、才能のない人には、かなりの苦痛だ」
「よい眼帯があれば、譲ってもらいたいのですが」
そこが心配で、僕は聞いてみた。
先王は、妖精憑きでないのに、妖精を憑けられた。その結果、一年で命を失ったのだ。
「目録にはなかったな。昔の文献にあれば、作ってやることが出来るがな」
「妖精封じですね。そういう物があると、以前、借りた本には書いてありました。作り方までは載ってなかったですね」
「読んでるのか、あれを!!」
「読まされてるんですよ。もうそろそろ、読み終わるので、返します。新しい本、準備してください」
帝国で書かれた本はともかく古い。あまりに古すぎるので、扱いが難しいし、文字も困難だ。
たぶん、男爵邸自体に、状態保存の魔法が施されているのだろう。本には痛むことなく綺麗な状態だ。ただ、年代が古いということは、文面や文字でわかる。それを解読して、現代の文章にするのが、僕たち五人の仕事だ。シャデラン様は原書で読めるくせに、書き写せっていうの。酷いよな。
「見つかったら、お願いします。けど、作れるんですか? ほら、道具は妖精の力で作るものでしょう」
「そういうのが出来るのが、たまに生まれるんだ。それが私だ」
「なるほど。今度、何か欲しいものがあったら言ってください。送ります」
「………リリィ様を探してくれてるんだ。それだけで十分だ」
皆、リリィのことを愛している。どこかにいるリリィが帰ってくるのを今も待っている。
夜、領内を散歩した。やる事がないって、ダメだな。いつも忙しくしているから、逆に暇で眠れない。もう、病気だな。
しばらくウロウロと歩く。どこに行っても、二年間の思い出で溢れている。騎士を諦めて、ここで定住しよう、なんて考えてしまうほど、ここは居心地が良かった。
でも、ここで定住するには、僕はかなり汚れてしまったな。もう、定住は不可能だ。領民や男爵家、妖精の子孫たちは受け入れてくれるが、僕は、血反吐を吐いて生きていたい。
懐かしい場所を回っていると、なんと、元伯爵令嬢が、泣いていた。家も準備されたというのに、外で泣いているなんて、何かあったんだな?
「こんな所で何をしてるんですか?」
「うるさいわね、あっち行って!」
「虫に刺されますよ。ほら、家に戻りなさい」
「………出てってやったの」
あれだな、追い出されたんだな。絶対にそれを認めたくない、つまらないプライドは、身を滅ぼすぞ。
伯爵一族は、一応、寝泊りが出来る家を手に入れた。これから、領民と一緒に田畑を耕す毎日だ。大変だろうが、もう、石を投げられることはない。ここの領民は、受け入れてしまえば、優しいんだ。
だけど、やっぱり、落ちぶれた原因の元伯爵令嬢は許せない。親である元伯爵だって、この女を許せないのだ。
顔にすごい傷跡があって、体だって、汚されて、傷だらけだ。見方によっては、もう十分、酷い目にあったよね、と同情されるだろう。
「お前に命じられた奴ら、今、どうしてるか知ってるか?」
「そんなの、知るわけがないじゃない!!」
「シャデラン様はリリィを溺愛している。今も、リリィで頭がいっぱいだ。そんな御方が、何もしないわけがないだろう。お前の後ろ盾となってた王族なんて、今じゃ生き地獄だ。死なせてもらえない目に遭わされてる。
お前ら一族だってそうだ。妖精に呪われたままだ。ここに居たって、呪いが解けるわけがない。呪われたまま、一生、ここで過ごすんだ」
「………うそっ」
呪いは解けたと思い込んでたんだ。バカだな。
僕は元伯爵令嬢を嘲笑った。
「お前、まだ、リリィに許されてないだろう。謝りもしない、反省もしない、そんなお前を許す奴なんかいない。失敗作なんだよ。プライドだけは高くて、それ以外は底辺だ。学校の成績なんて、酷いものだったよな。学校で何してた? リリィをイジメるように命じて、他は何してたんだ。手足も動かさず、高位貴族みたいに、やらせてるだけだっただろう。王族が後ろ盾となってくれたから、王族になったつもりでいたのか。だから、切り捨てられたんだよ。リスキス公爵が牙をむいた時、王族はお前見捨てて逃げてった。思い上がりのたかが伯爵令嬢の分際で、大貴族のリスキス公爵に勝てるわけがないだろう。あの王族だって、逃げるしかなかったんだ」
「知らなかったのよ! 知っていたら、仲間にいれてたわ」
「リリィは仲間にならない。お前みたいな頭も礼儀も出来ていない女の仲間にはならない。男爵令嬢だけどな、リリィは立派な貴族令嬢なんだよ。貴族としての心得も出来ていないような奴は貴族とは認めない。お前こそ、たかが伯爵令嬢だったんだ!」
言い返せない元伯爵令嬢は声もなく泣き出した。
僕はついつい、言い過ぎた。これは良くない。僕は贖罪の日々を送らないといけないんだ。この女を言葉で責めたって、意味がない。
「これからどうするんだ、お前」
まずは、先のことを聞いてみる。いきなり、今日、聞かれたって、わからないだろうけど、聞いてみないと、扱いに困る。
「わからない。だって、婿をとって、仕事は全て婿にまかせて、私は何もしなくていいって、お父様、言ってたもん」
「ダメ親じゃん。そりゃ、お前が失敗作になるよ」
「私は悪くない」
「いや、悪いだろう。悪いから、妖精に呪われたんだ。王国が今、どういう状況かくらい、わかっているか?」
「? そんなの、知らない」
「教会に行かないのか?」
「行ったことがない。お父様は無駄だって」
「お前、教会は王国民の義務だぞ!? それすらも切り捨てるから、妖精に呪われたんだな。救いようがないな」
親こそダメだ。王国では、教会の教えは絶対だ。それは、貴族も平民もない。守らないといけないんだ。
これは、伯爵一族の呪いは、なかなか解けないはずだ。神と妖精と聖域を蔑ろにしているからだ。
あのシャデラン様でさえ、神と妖精と聖域に対しては敬虔である。毎月一回は行くようにしているし、外出先では一度は立ち寄ったりもする。狂っているが、神と妖精と聖域は絶対だと、きちんと認識している。
「ほら、こっちに来い」
仕方がないので、僕はこの元伯爵令嬢を連れて行くことにした。このまま置いていったら、自殺されそうだ。見てしまったので、見捨てられない。僕の贖罪の日々には、これは試練として与えられたのだろう。
元伯爵令嬢を男爵邸に連れていくが、表からは入らない。使用人用の裏から入る。普通は入れないのだが、僕は男爵邸に認められているので、鍵がなくても入れるのだ。
裏から入ると、そこは厨房である。あの使用人頭が、何か作っている。仕事熱心なんだよ、この人は。
「どうした、サウス………あー、逢引か?」
「ちっがーうーーー!! 僕は独身の寂しい一生を送るって、決めてるの! この子、引き取ってください」
「えー、それはちょっと。妖精の呪い持ちを旦那様に近づけるのは、まずいって」
「旦那様だけでなく、男爵家一族は、妖精に守られているから、大丈夫ですよ。今日もリリィが妖精に祈っています」
「反省しない子だろう? そういうのは、一生、無理だ」
「平民で生きていけるようになるまでですよ。それからは、一軒家で一人寂しく一生過ごさせればいいですから」
「お前もいうことがえぐいな!」
おっと、ついつい本音が漏れた。でも、仕方がない。それで過ごせばいい、と心の底から思っている。
「もう、許してくれる人がいないんですから、仕方がないでしょう」
「リリィ様は生きてるぞ」
「リリィのことではありません。彼女のせいで人生をめちゃくちゃになった人たちです。お前は、人に頼ることなく、一人で生きていくんだ。そうするしかない程、お前は罪深い」
贖罪の旅に出る必要なんてない。死ぬなんて、それで終わるのも、許されない。だからといって、苦痛を与えればいいわけではない。
「一生、どこかの誰かに憎まれて、恨まれて、一人で生きていけ。見つかっても、謝るな。どうせ、謝られたって、そいつらの人生はめちゃくちゃなんだ。許すはずがない」
「………そういうことなら、教えよう。ほら、部屋がある。そこで住み込みだ。私が教えるから、厳しいぞ」
元伯爵令嬢は、使用人頭に引っ張られていった。あの人は、あれで面倒見がいいから、しっかりしつけるだろう。怒らせると怖いけど。
王国に戻れば、シャデラン様は元伯爵領の現状を報告する。
「あれは無理だな。元伯爵領は一族の一部みたいになってる。元伯爵一族も、すごく呪われていたぞ」
「そんなに!? 妖精に呪われるとは、一体、どれほどのことをしたんだ」
リリィ怒らせただけです。そんなこと口が裂けたって国王には言えない。表向きは、妖精が怒ることをやった、と思われているのだ。
「サウスが聞いた話では、元伯爵は、教会にも行っていなかったらしい。教えを守らないし、学校では悪行の限りをしたから、罰が当たったんだろうな。一族だから、そいつら全員、どうしようもなかったんだろう」
「怖いな、妖精。気を付けよう」
「本当にな」
珍しくシャデラン様と国王サウスはしみじみと呟いて、頷きあった。
「それでは、あの地は呪われたままか」
「見た限り、元伯爵一族がいなくなれば、どうにかなるかもしれないな。一族、根絶やしにしてやろうか?」
とんでもない提案するな、シャデラン様。国王サイラス、退いちゃってるよ!!
「お前に暗部持たせると、すぐ殺すな。まずは、元伯爵令嬢の被害者たちの救済だろう。あの外れ王族はどうだっていいが、命令されていた元貴族たちは、どうにかしてやりたいな。あと、元領民も」
元伯爵領の領民たちは、呪われていないのに、呪われていると言われ、やっぱり、迫害されていた。どこまでも罪深い話だ。
「そんな、甘やかすな。つけあがるぞ。そこは生かさず殺さずでいこう。新しい領地を与え、そこに固めてしまえばいい。いつかは元伯爵領も呪いが解けるだろうから、解けたら、戻せばいい。ついでに、元貴族どももいれてしまえ」
「考え方が、キリトと同じだな」
「………」
キリトとは、王弟の名だ。王弟はかなり頭がいい。王弟がいれば、サイラスもシャデラン様に頼ることはなかっただろう。
王弟と同じと言われて黙り込むシャデラン様。何か、王弟に蟠りでもあるのだろうか?
「シャデランの案でまとめよう。山のほうには、空いた領地がいっぱいだ。そこにまとめて入れてしまおう。元伯爵一族もそうしよう」
「そいつらはやめておいたほうがいい。呪われているから、災いが起きるかもしれない。呪いとか無縁な所に預けたから、俺が監視する」
「そんな所があるのか!? どこなんだ?」
「秘密だ」
シャデラン様は絶対に、男爵家のことは王家にも教えない。




