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妖精狂い  作者: 春香秋灯
10/19

妖精に愛される一族01

 元伯爵一族は行き場がない。しかし、今、この元伯爵領は、人が踏み入ることを禁止されている。そのまま放置というわけにはいかなかった。

「俺の頭には、一族を地下牢に置いておくことしか考えられない」

「そりゃ、簡単だけど、リリィの望みは、少しの反省ですよ」

 殴られた衝撃も回復した僕は、落ち着くと、シャデラン様とその後を相談する。どうしても、楽なほうに行ってしまう。

 僕は一つだけ、良い方法があるにはある。しかし、それは、シャデラン様としては受け入れがたい案だ。

「よし、殺そう!」

「大きい声で言わない!!」

 元伯爵一族が怯えちゃってるよ。

「だって、こいつらのせいでリリィがいなくなったんだ。俺としては、生きてるだけで許せない」

「元王族、まだ生かしていますよね」

「あれは仕方がない。なかなか死なないんだ」

 元王族は、死なせてもらえない状態だ。怖い怖い。僕も気を付けないと、殴られる程度で済まなくなるよ。

「ここは、もう、男爵領に連れて行きましょう」

「却下だ!!」

 そりゃそうだろう。こいつら、男爵家を一度、没落させたのだ。そんな奴らを男爵領に連れて行くなんて、酷い話だろう。

「先代男爵様は、僕も受け入れてくれた、心の広い方です。今の男爵リエン様も同じです。事情を話せば、きっと、受け入れてくれます」

「受け入れるから却下なんだ!!」

 やっぱり、シャデラン様もそうなるとわかっているのかー。だから、殺す方に持っていきたかったんだね。

 出来るなら、伯爵一族を男爵に関わらせたくないのだろう。この伯爵一族のせいで、男爵家は酷い目にあったのだ。

「じゃあ、連れて行ってから、考えましょう」

「何故、連れて行く必要がある。もう、あいつらは、この領地に封印するように、俺からサイラスに進言してやる。これで、万事解決だ」

「ここで生活するのは無理でしょう。ほら、呪われちゃってるし」

「知らん。自業自得だ」

「まあまあ、物は試しです。ほら、連れて行ってだめなら、戻せばいいじゃないですか」

「だめにはならないだろう!」

「そうですか? 王国の暗部は、男爵領に入れなかったじゃないですか」

「………」

 男爵領は、リリィの妖精に守られている。毎日、一日もかかさず、男爵領に悪い人が入らないように、とリリィは妖精に祈っているのだ。

 僕は入れる。毎年、堂々と入っている。シャデラン様も普通に入れる。

 しかし、王国の暗部は何か悪い目的があるようで、男爵領には入れなかった。

 元伯爵一族を男爵領に連れて行ったとしても、入れるとは限らない。

「入れなかったら、シャデラン様がいう通り、伯爵一族はあの呪われた領地に封印すればいい」

「だが、しかし」

「僕はこれから男爵領に行きます。話しますよ、全て、洗いざらい。きっと、リエン様は荷馬車持って、ここに来ますよ」

「卑怯だぞ!!」

「リリィの願いは叶えないといけません。それは、妖精だけじゃない。僕たちも、シャデラン様も」

「ちっ、勝手にしろ」

 最後は、やっぱりリリィだね。ちょろいよ、シャデラン様。

 こうして、伯爵一族は、徒歩だけど、まあまあ近い男爵領に移動してもらうこととなった。






 ノーイットは離脱した。何せ、伯爵一族は呪われている。もう、近づくだけで、ノーイットは苦痛やら何やらで辛い顔になっていた。

 馬は使えないが、帰りには必要なので、僕とシャデラン様は引っ張っていった。暗部は集団の一番後ろを気配なく歩いてきた。

 ただ、歩いているのはあれなので、僕は元伯爵に話しかけた。

「一度、男爵領の男爵家邸宅に入ったことはありますか?」

 元伯爵は、男爵を落ちぶれさせただけでなく、男爵領も奪った。元伯爵領が近かったし、王族の口添えがあったので、可能だったのだろう。

「あそこは、入れなかった。鍵もあったが、使えなかったよ。誰もいないのに、窓からは何か覗いてきて、気味が悪かった」

 相当、記憶に強く残ったのだろう。元伯爵は身震いした。

 僕は二年間、男爵邸でお世話になった。下働きから始まり、色々と教わった。二年で、立派な使用人に仕立てられた。そういうふうに過ごした邸宅だが、不思議と、怖いとは思わなかった。最初は辛くて泣いていた時も見えない何かが優しくなでてくれたことがあった。

「いい家だったな。僕はずっと、あの家で暮らしたかったな」

 騎士になれ、と追い出された時は、それはそれはショックだった。居心地が良かったのだ。今でも、戻れるなら戻りたい。

 もう、戻してもらえないけどね! シャデラン様が僕を睨んでくる。無駄口叩いているのが、気に食わないんだよね。

「ここからどう行くか、わかりますか?」

「あの看板の通りに行けばいいんだろう。わかってる」

 一度は領主となったのだから、記憶にはあるのだろう。

「では、先に進んでください。男爵邸で待っていてください」

 そうして、伯爵一族を先に行かせた。どうなるかは、妖精たちの気分次第だ。

 僕はシャデラン様と暗部は、伯爵一族が行ってしばらくしてから、男爵領に入ることにした。

「あいつら、追い出されてるといいな」

「そういうこと言わないでください」

「ノーイットを見ただろう。呪いで気持ち悪そうだったぞ。あんなに妖精に呪われた一族受け入れたら、男爵領もたまったもんじゃないだろう」

「その時は、追い出されてますよ」

 そこはもう、妖精さん次第だ。僕の感知することではない。彼らの今後は、神様の使いにお任せするしかない。

 しばらく待っても、誰も来ない。迷っているのかもな。そう思って、僕は馬を引いて、男爵領に足を踏み込んだ。

 シャデラン様も普通に行く。

 ところが、暗部が来ない。

「ほら、行くよ」

 暗部たちは舌を切られているので、話せない。目だけで何か訴えている。そういえば、男爵領には入れなかったんだな。

 僕は一度、引き返し、暗部たちの手を引く。

「君たちが入れなかったら、僕も入れないだろう。ほら、行くよ」

「お前も、人が良すぎだ」

「そういうフリをしているだけですよ。僕だって、根は外道です」

 爽やかに笑っているが、軍部の情報をシャデラン様に流したし、なんと、同僚まで笑顔で売ったんだ。人が良いわけがない。

 そうやって、しばらく歩いていけば、懐かしい道に出る。男爵領は、空気自体が違う。ほっとするんだ。

「ほら、入れた」

 暗部は拒絶されることなく、男爵領に入った。初めてのことに、暗部たちは驚いて、戸惑った。普通の領地だから、驚いているのだろう。

「妖精に悪戯されたんだろう。そういうこと、たまにある。僕も、木の実とりで迷わされたものだ。迷ったお陰で、珍しい果物をとって帰れたけどな。そういう妖精の導きは、あるがままに行けばいい」

 二年も過ごしていれば、かなりたくさんの妖精の悪戯にあうものだ。最初はびびっていたが、馴れた。というか、領民は笑って受け入れていた。悪戯だけど、ちゃんと最後はいい事があるのだ。むしろ、悪戯されて良かった、なんて話していたりする。

 しばらく歩いていくと、農作業している領民に会う。

「サウス! 久しぶりだな!! 男爵様がずっと待ってるぞ」

「ええ、もう!? 予定よりも早くついたのに、待ってるなんて」

「暇だからな。人が来るのは、楽しみなんだよ」

 僕には笑って話すが、シャデラン様や暗部たちには目をあわせない。男爵領の領民たちは、よそ者をすごく警戒する。ともかく、騙されやすい男爵なので、それが心配なんだ。

 先に行った伯爵一族も警戒して、きっと、男爵リエン様に報告が行っているだろう。出迎えていそうだ。

 そんな他愛無い会話をしては歩いていると、男爵邸に到着する。さすがに気まずいようで、伯爵一族は離れた所で立っていた。

 報告は行ってはいるが、たぶん、リエン様には届いていない。使用人たちが、報告を止めているのだろう。

 ところが、僕が邸宅の前に立つと、リエン様が出てきた。

「サウス! やっと来た!!」

 この人、すぐ抱きつくんだ。僕は避けないで、抱擁を受け入れた。

「お久しぶりです、リエン様。ちょっと早めに到着してしまって、すみません」

「いやいや、もう、早く来てくれて嬉しい! おや、シャデランじゃないか!!」

 王都の社交で会ったので、距離が近くなったようだ。なんと、リエン様はシャデラン様にも抱擁する。嬉しそうですね、シャデラン様。僕は救われて嬉しいです。

「久しぶりだな、リエン。突然の訪問にすまない」

「いつでも来ていいんだよ! 君は、リリィの祈りに入っている。家族のようなものだよ」

「サウスから聞きました。俺の怪我をしないように、毎日、祈ってくれてたんですね」

「毎日、きっと今もだ。早く、見つけてあげないと」

 ちょっと涙もろいリエン様は、すぐ、涙ぐむ。

 そして、やっぱり感じるのだろう。伯爵一族に気づくリエン様。

「大変だ! けが人がいるよ!! ほら、服だってボロボロじゃないか!!! 皆、手伝ってくれ!」

 相手が過去、男爵家を落ちぶれさせたとか、そんなこと関係ない。騙されやすく優しい男爵リエン様の号令に、それまで静観していた使用人たちは動き出した。ついでに、僕も手伝わされた。ほら、男爵邸で二年もいたから、仲間みたいなもんなんだよ。






 やっと人並となった元伯爵は、リエン様に土下座した。

「本当に、すまなかった!」

「? 何が?」

 土下座されてもリエン様は何のことかなんてわからない。そりゃそうだろうな。リエン様、没落当時は、ただの農民のごとき生活をしていたので、伯爵の顔を知らない。まあ、先代も、伯爵の顔なんて覚えていないかもしれないな。

「そんなことしないでください! ほら、膝を壊しますよ」

「しかし、私はっ」

「皆さん、とても大変な目に遭ったんですね。見ました。あなたは犯罪者の焼き鏝までされています。あなたは、元は何者だったのですか?」

 さすがに、見逃していなかったか。リエン様が率先して、元伯爵一族たちを洗ったりしていた。

 リエン様もそうだが、男爵家は、勉学を疎かにしない。大昔の本も読破しているだろう。暇だから、ということもあるが、知識を常に蓄積している。僕も、騎士となるということで、色々と本を読まされ、騎士の試験の時、とても役に立った。

 犯罪者の焼き鏝を見ることは早々ない。体の見えない所にされるし、焼き鏝をされるほどの犯罪を犯す場合、だいたい、処刑される。処刑されずに焼き鏝で放逐されるのは、処刑しなくても、危険がないからだ。人の命を奪わない、だけど、看過できない犯罪の時にしか、犯罪者の焼き鏝はされない。

 元伯爵は、言えない。そりゃ、あなたの家を没落させました、なんて言えないよね。

「リエン様、僕から言っていいですか?」

「………どうしようかな。僕は、あなたから聞きたい」

 リエン様は穏やかな笑顔で、僕の介入を拒絶した。人の良い、騙されやすい男爵だが、ここぞという時は、厳しい。そこは、先代と同じだ。

 リエン様よりも年上で、先代男爵様とそう歳の変わらない元伯爵は、とつとつと、過去の罪を語った。

 最後まで聞いたリエン様は、目を細めた。

「なんだ、人殺しじゃないんだ」

「いえ、間接的には人の将来を潰していますよ」

 そこは厳しく突っ込む。そこはきちんと認識して。

 騙されまくっているので、この人も、たかが、なんて思っているのだろう。自分が被害者なら、ま、いっか、なんて言ってしまうのだ。

「僕もね、最近、友人に騙されたんだよ。音信不通になって、借金まで背負わされたんだ」

「またですか!?」

 使用人たち、ついでに手伝いに来てくれた領民一同は、重く頷く。僕がお世話になっている間は、こんなことさせなかったというのに!!

 やっぱり、男爵領に戻りたくなる。どうにか、この男爵を守らないといけない。

「でも、借金では死なないから。きちんと話し合って、返していけばいいんだよ。でも、家族に迷惑をかけてしまったのは、本当に申し訳ない。ごめんね」

 男爵家に嫁いできた奥様は、なんと侯爵令嬢だ。また、高貴な方が、こんな田舎に嫁いできたな。

 奥様は、リエン様を抱きしめる。

「いいのよ。そういう所が好きなの」

「苦労かけないように、頑張るよ!」

 抱きしめ合う二人。もう、二人の世界だよ。ほら、元伯爵が呆然としている。戻ってきてください。

「リエン様リエン様、それで、どうしますか?」

 僕は容赦なく、リエン様を呼び戻す。奥様が睨むけど、知らないよ。そういうのは、夜、二人っきりでやってくれ。

「ああ、そうだね。じゃあ、仕事を与えよう。あなたは元伯爵というのだから、僕に領地経営を教えてほしい。他の者も、何が出来るか、話してくれ。無給になってしまうが、食べることと住む所には困らないから」

 ああ、やっぱり受け入れちゃうんだ。こんなに簡単に問題解決されちゃったよ。

 びっくりなのは、シャデラン様である。悪行の洗いざらいを吐き出されて、もう、頭の中では地下室に連行することまで考えていただろう。それなのに、許しちゃんだよ、この一族は。

 リエン様は、元凶の元伯爵令嬢の前に立つ。顔には一生消えない酷い傷がある。体のあちこちにもある。もう、女としては、一生、幸せになれないだろう。

「もう、反省した?」

「………」

 反省するわけがない。ちょっと前まで、リリィのことを罵っていたんだ。どれだけ酷い目に遭っても、最後はリリィを恨んでいた。

「酷い目にあったね。顔が酷いことになっている。それでも反省しないのなら、仕方がない。一生、ここで、そう生きていけばいい」

「………追い出さないの?」

「何故、追い出さなければいけない? リリィは、そんなこと、望んでいない。ただ、君に少し反省してほしかっただけだ。そう、妖精に願っていたよ」

 元伯爵令嬢は口をおさえて、泣き出した。

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