復讐は戦争の前に終わらせよう01
僕は朝食の準備を終えると、主を呼びに二階に行く。大昔、かなりの有力貴族の持ち物だったという邸宅はそれなりに広い。そこを僕一人で掃除させられている。
別に、主は金がないわけではない。王族が貴族になるために作られたリスキス公爵家を実家に持つので、金はうなるほどある。ただ、掃除を他にやらせたくないのだ。
僕は主が眠るドアの前に立った。
「シャデラン様、朝食の準備が出来ました」
声をかけてノックするも、返事がない。
「シャデラン様、朝ですよ」
また、声をかけてノックするも、返事がない。
「シャデラン様、リリィが好物のオムレツを作りました」
「なんだと!?」
ノックの前にシャデラン様が出てきた。すごいな、リリィ。君の名前の威力は寝ているシャデラン様を叩き起こす威力があるよ。
寝起きのシャデラン様を一度、部屋に押し込んだ。
「ほら、着替えてください。今日は王城に行くんですよね。こちらを着てください」
「オムレツは?」
「着替えてください」
僕が昨日、用意した服を無理矢理、シャデラン様に持たせる。本当に、手がかかる人だな。まあ、高位貴族だから、仕方がないか。
未だにボタンもつけれないシャデラン様の服を着せるのも、僕の役目にさせられている。
「もう、いい加減、出来るようにしてください。リリィだって出来たのに」
「うるさいな! こう、細かい作業は、力の加減が難しいんだ」
「そうですね」
過去に、何着かダメにされたことを思い出した。だから、僕が手伝ってるんだ。
着替えが終わると、さっさとシャデラン様は食堂に行ってしまう。この人、実家を出て暮らしているけど、召使いないと生きていけないじゃん。
シャデラン様の脱いだ寝巻を持って、下に降りれば、他の同居人共も起きてきた。
「おはよう、サウス」
「おはよう、サンデ」
サンデの眼鏡がずれているので、僕が直す。手がかかるのは、シャデラン様だけじゃないな。
「腹減った」
「挨拶しろ、ノーイット」
「おはよー」
だらしなく服を着ているので、そこも整えてやる。どうしてだろう、僕ばっかりやっている。
「ケインはどうした」
「さっき帰ってきた」
また、朝帰りか。後で朝食を部屋に置いていくしかないか。
「なあ、誰かマキシム起こしてきてくれ」
「いや、ダメだろう。あいつの部屋に入りたくない。むちゃくちゃ散らかってるから」
わからんでもない。一週間で酷いことになるんだよな。どうして僕だけ損な役回りさせられてるんだろう。おかしい。
そうして声をかけて食堂に行けば、先に到着していたシャデラン様が給仕を待っている。やはり、勝手に食べられない人だ。高貴な生まれだから、仕方がない。
「お前らは勝手に食べてて。僕はシャデラン様の給仕をする」
「はーい」
他の奴らは、俺の手を煩わせることなく朝食を済ませてくれた。
僕はワンプレートに全て乗せたものをシャデラン様の前に出した。
「これが、男爵家のオムレツか」
「普通のですよ、普通の」
シャデラン様が食べている間に、眼帯をつけた。眼帯一つ、自分でつけられない高位貴族なんだよ、この人は。
「いい卵を贈ろう」
「普通のにしてください。貧乏男爵は、普通の卵で作ってますから、こんな高級にはなりません」
「なんだと!? じゃあ、リリィが食べたのとは違うじゃないか!!」
「明日は、普通の卵で作りますから、さっさと食べてください」
「約束だからな」
文句が多い主の対応は、馴れたものである。僕は主と同居人が食べている間に、部屋の片づけとか洗濯を済ませてしまう。
僕の名前はサウス。元は子爵令息であったが、上位貴族の命令でか弱い少女リリィに無体なことをして廃嫡され、平民となった。平民となると、右も左もわからない。絶望しているところを助けてくれたのは、被害者のか弱い少女リリィだった。彼女は、僕が命令されたとはいえ、酷いことをしたというのに、許してくれただけでなく、平民として立派に自立出来るようになるまで、居場所をくれた。お陰で、僕は主の邸宅の家事全般をまかされるようになった。
オムレツをかなり上品に食べている主の名はシャデラン様。実家は高位貴族のリスキス公爵なのだが、独り立ちして、一軒家に住んでいる。シャデラン様は貴族令息だった頃、貧乏男爵の末娘リリィに一目惚れした。結婚を何度も申し込んだが、リリィにはすでに恋人がいたため、断られた。それでも諦めきれなかったシャデラン様だが、リリィは不幸な目に遭い、恋人と出奔してしまう。時々、男爵家にはリリィの恋人からの手紙が届き、すでに可愛い娘までいるという近況報告も知っているシャデラン様だが、まだまだ諦めていない。
シャデラン様の部屋を見れば、リリィへの執着具合がよくわかる。シャデラン様は、言葉巧みに男爵を説得して、なんと、リリィが使っていた寝具やら机やら棚やらを新品のかなり上質なものと交換させたのだ。表向きは、リリィが帰ってきた時に傷んでいるのは可哀想だから、裏では廃棄されるそれらをシャデレン様自らが使用するためだ。
いやー、いくらなんでも、これはないなー、なんて僕でも思ってしまうほどの執着ぶりである。
そして、何故、僕が屋敷の一切合切をやらされているか、というと、リリィに関係がある。僕がお世話になっていたのは、リリィの生家である男爵家の邸宅だ。そこで、ゼロから全て教えられた。シャデラン様は、リリィが暮らしていたその全てを再現させるために、僕一人にやらせているのだ。
文句は………言いたいが、仕方がない。僕は、一度とはいえ、リリィを傷つけた。その贖罪は死ぬまで続く。だから、シャデラン様のこのおかしい行動も、贖罪の一つだと受け止めるしかないのだ。
「必要なものがあれば、勝手に買え」
「はやいですね、食べるの」
シャデラン様、気配一つなく背後をとるのはやめてほしいものだ。一応、わかっていたけど、怖いものは怖い。
「普通に売っているものですから、大丈夫ですよ。それより、さっさと王城に行ってください。僕は騎士団の詰所に行きますが、顔をあわせても、無視してくださいよ」
「わかってる」
本当にわかってるのか、この人。
表向きでは、僕とシャデラン様は真っ赤な他人だ。このシャデラン様の邸宅に暮らしている他の奴らはそうではないが、僕だけは他人としてそう接している。理由は、僕だけが平民だからだ。他の四人は、上は伯爵、下は男爵と貴族だ。高位貴族とは縁のない平民の僕がシャデラン様と関わっているのは、色々と動きづらくなる。
シャデラン様は、現在、騎士団のトップに近い所に君臨している。潰れた片目を眼帯で隠し、かなり不利な状態でありながら、それを感じさせない実力とカリスマで上っていった。
まだまだ若輩のシャデラン様には、少しでも隙を作らせてはいけないのだ。
「眼帯、自分でつけれるように、練習してください。僕は近くにいませんからね」
「わかった、行ってくる」
さっさと部屋を出ていくシャデラン様は、ヒラヒラと手を振った。
詰所に行けば、かなりギリギリの時間だった。
「サウス、間に合ったな」
「お前も、騎士団の宿舎で暮らせばいいのに」
「空きがないんだから、仕方がない」
適当に同僚と会話して、俺は詰所から訓練所へ移動する。男爵家では、かなり鍛え上げられたので、早朝も徹夜も辛くない。
朝礼が始まると、下っ端騎士は姿勢よく立った。もうすぐ、戦争が始まるということで、上層部も緊迫していた。もうそろそろ、戦争に行く人員が選ばれるはずだ。出来るなら、そこには入りたくないなー。
朝礼には、それなりに偉い人たちがいる。皆、話すの大好きだから。その中に、シャデラン様もいる。一段と若いシャデラン様は目立つ。そこに眼帯だ。さらに目立つ。
そうして、朝礼が終わって、それぞれ、訓練の始まりである。軽く打ち合いをする中、まだまだ現役の騎士団の上層部どもが声をかけては、値踏みする。
「おい、お前」
「はいっ!」
なんでか、シャデラン様が僕を呼ぶ。なんで無視しないの、この人!!
「悪いな、眼帯がゆるんだ。結びなおしてくれ」
「あー、はい」
高位貴族は出来ないんだよね。その様子に、上層部はシャデラン様を嘲笑う。
「なんだ、シャデランはそんな事も出来ないのか」
「生家では使用人の仕事だった。おや、お前たちは貴族なのに、自分でやるのか」
藪蛇だ。最高の貴族を生家に持つシャデラン様に、そこら辺の貴族出身の上層部は勝てるはずがない。
「出来ました」
「うまいな。また頼む」
そうして、僕はシャデラン様に気に入られた体をとられた。何やってるの、この人は!?