59.10匹の子羊
結論から言うと、司教は教会の敷地からは出ていなかった。恐らくフェスティバルといえど出てはいけない制約が司教にあるのだろう。
ただ、司教がいたのは、建物の外、ぎりぎり敷地内に設けられた臨時の出店の中だった。なんと、一般人の服装で店主をやっていたのだ。
「いや、これわからんだろ」
「顔はうろ覚えだったし、あれはもう変装の域ね~」
夜都の地図を頼りに探し当てたアカやんとメグみんも、声を掛けて話すまで自信がなかったそうだ。
「迷える子羊達よ 悩みを話しなさい」
「司教様、私達10匹の迷える子羊達に、神が創造した原初の大地への道標を御教示ください」
(!!)
大和は驚愕した。今、夕依が司教に伝えた言葉は夜都が言ってた“聖地“のことだ。そして、聖地はグラドスではない。なぜなら道標を教えて欲しい、と言っているからだ。そして――キーワードは前半の部分だけではないのか?夕依がはっきりと発声したのは前半部分だけで、後半はやや早口で発音を気にしていない。彼女のアドリブなのか……?
「神が創造……」
夜都もつい声に出してしまった。創造主側の竜騎士である朝野のことまで連想してしまい、思わず顔をしかめた。
「10匹の迷える子羊達よ。私の後をついてきなさい」
司教は夕依の言葉を受けてすぐ移動を開始し、言われた通りぞろぞろとみんなで後をついていった。
向かった先は、主祭壇の左奥に設けられた目立たない小さなドアから入ってその先にあった螺旋階段を上がった先、尖塔の最上階の小部屋だった。
螺旋階段は所々町を見下ろせるような窓が設けられていて、観光しながら登っていけるのでみんな楽しめた。
たどり着いた行き止まりの小部屋は、屋根が天井全てを覆っておらず空を見渡すことができる。天井の中心に、装飾を施した細長い槍のようなものが立っている。その槍が風に当たってか、ゆらゆらと揺れて動いている。
「この尖塔の小部屋は この始まりの町で一番 原初の大地に近いとされている。その高みに登れることは大変名誉なこと。今日は あなた達にその栄光への第一歩となる日になることを私が保証しよう」
そう言うと司教は首に下げたロザリオを外し、一度上に持ち上げて捧げたあと、床のモザイク画のまん中にそっとはめこんだ。柄で気が付かなかったがそこに凹みがあるようだ。
(こないだのダンジョンの鍵みたいだな)
夜都がそんなことを考えていると、床がモザイク画に沿って光り、その光が天井に吸い込まれた。そしてレーザービームのように集約した光が先端の槍から空に向かって発射された。
「え!?」
夜都は思わずその光に合わせて、登録してあった空中の草原に設置したゲートの座標を追跡した。ついつられて発動したらしく、無詠唱だったがちゃんと場所を追えて、しかも、司教が放った光が空中の草原の大地を覆い被さるように柔らかく包み込みキラキラ光る映像まで視えてしまった。そのキラキラした光はそのまま消えずゆっくりと地上へ降ってきて、まるで太陽に照らされた雪の結晶のように煌めき、地上にいる人々が大きな歓声を上げたのが夜都達にも聞こえてきた。
尖塔にいる夜都の仲間達もその現象を目の当たりにして大騒ぎしたが、夜都は自分の瞳も一緒に光ってしまったのがわかり、慌てて目を押さえてその場に踞った。
それに気が付いた大和がすぐ駆け寄り、夜都が不自然に見えないようその背に隠した。
しかし、その様子を夕依がじっと見つめていて、大和と目があってしまった。
………………………
ひとしきり興奮して大騒ぎしたがそれが治まる頃、司教が“迷える羊達“に主祭壇の前で儀式を行い、記念品を贈呈したいと言い出した。どんなものか聞くと、回数制限はあるがリスタートを教会以外に設定できるというかなり有用なアイテムだった。プレーヤーには時間制限があるため、みんなは司教と一緒にすぐ階段を下りていった。しかし、光で眩暈がしたことを理由に、夜都と大和、そして夕依はすぐに下りず先に行ってもらった。
三人は暫く無言だった。お互い何かを知っているのはわかったが、何から話せばいいのか考えてあぐねていた。
沈黙を破ったのは夜都だった。
「ユイは、原初の大地、つまり聖地を知ってたんだな。もしかして行ったこともある?」
「それは……ヨルだって…」
「なんで俺のことを知ってる?周りに言ってない俺の特殊能力も?ユイはもしかしてあっち側の人?」
「まだ、違う……と思う」
「なんで?プレーヤーが知らないことを知ってて、それは教えてもらったんだろ?あの竜騎士に」
「!! どうして知って!」
その反応に夜都は「やっぱり」とがっかりした。見かけただけで、まだわずかでも希望を持ちたかったのだ。そこで、大和が会話に入ってきた。
「君たちはヨルをどうしたいの?」
夕依の反応を見ながら大和は続けた。
「ヨルは普通にゲームを楽しんで、日常生活を、普通に仕事をして、遊んで、日々を過ごしたいだけなんだけど、それを壊そうとしている?」
「そんなこと考えてないです!私はヨルとこのゲームで楽しく遊びたいだけです!本当です!」
「ヨルに不思議な力を与えたのは誰?」
「……それは、たぶん…」
「それも知ってるんだな!」
夜都はカチンときて、夕依の言葉を遮り大きな声でつってかかっていった。夕依は、その声にポロポロと泣いて何度も「ごめんなさい」と謝っていた――




