12.ボールと座標
思えばその兆候は少し前からあった。目が良くなった、頭が冴えてる、探しものがすぐ見つかる……、そんな些細なことから、なんというかピントが合う?いや、これはターゲットをロックオンしたみたいな、まるでゲームの世界のような―――
ものの座標が読める、目を凝らすと黒い数字の羅列が見えるような気がする、前はもっとぼんやりした情報……、あれは平面だったか。今はもっと位置がはっきりしている、高さも見えるからか。
サッカーボールを目で追っていると、世話しなく情報が更新されていく。まるで、空間に方眼紙みたいなグリッド線が書かれているみたいだ。
弾かれたボールを捉えてドリブルする。次にシュートする座標を設定する。すごい、これ、距離感がばっちりだ。
情報量が多くて処理しきれないのかくらくらするが、設定した地点にボールを蹴り込む。
ザシュッ
ボールは思い描いたラインを綺麗になぞり、立ちはだかる人の隙間を通ってゴールの中に吸い込まれる。
(ああ~、綺麗だな。見事に思い通りに飛んでいったわ…自分の身体の情報も理解できてるからか)
夜都はそんなことを考えながら、立ち眩みで片膝をつく。
みんながわーっと駆け寄ってくる。なんか周りがガヤガヤしてるのに自分が遠いところにいるみたいだ……本当に遠くなってしまったのかもしれない―――――
…………………………
その後、夜都は貧血と言って休み、すぐに家に帰った。
みんなは一緒に夕飯を食べにいき、大和が心配してうちに来ると言ってくれたが、自分こそ寝不足で体調が万全じゃないだろ、と断った。
家の中に入って一人になったとたん、張りつめていた緊張が解けた。正直言って、嬉しいという気分ではなかった。
よくある異世界行ってからの無双、なら喜べたのか。でも現実でこれをやっちゃいけない気がする。
「いや、もっとポジティブに考えよう!」
夜都は敢えて声に出して気持ちを切り替えようとする。
「サッカーであれだけの事ができたから、プロになって活躍するとか?ちゃんとやってたの小学生までだけど。それか、特殊能力をアメリカとかに売り込みに行く?どこにそういう機関あるんだっけ。……もういっそのこと、スーパーマンデビューする?」
(どれも非現実的だ。もうちょっと細やかな能力がよかった。普通に努力すれば獲得できるレベルの。普通……普通がよかったよ……)
夜都は、ふと空腹であることに気がついた。お腹が空くとイライラして物事が決まらない。何度も同じ経験をしたので、急いでカップラーメンを作った。
腹が満たされてやっと落ち着く。
(そうだ、何事も現状を正しく把握して仮説を立てて、試して前に進まないと!)
ぐるぐる考えるのを辞め、これから何をするのか決めていく。夜都は、こういう時は紙に箇条書きするのが一番だと思っている。
『現状:
・Dragonight Online 22 で発現した特殊能力が現実でも使えるようだ
1.薬用植物嗅覚感知
2.三次元でものの位置を把握する力(名称不明)
3.計算処理能力の向上⇒前述に付随?
仮説:
・ゲームを進めていくうちに脳になんらかの作用
⇒その場合は他のプレーヤーも同じ現象が起きている可能性がある
検証:
・ログイン時にフレンドに確認していく
⇒まず朝野から。その後は会えた人順で
・これらの能力がどこまで現実で使えているのかを確認し、日常生活に支障がないようにする
⇒コントロールできるよう練習する』
(ふう~。こんなものか。細かいことはその都度決めていって、修正していこう。)
「あ!朝野!」
夜都は、朝野に送ったフレンドメールの事をすっかり忘れていた。慌ててログインすると、朝野から大分前に返事が来ているのに気がついた。