エルフの実食
「生の魚をご飯の上にのせて食べるのですね。ご飯の酸味と醤油の味に魚の脂が混じり合ってとても美味しかったです。ただ、少しだけ生臭さがありましたが、薄くて甘いショウガでしたっけ? あれとお茶を食べるとスッキリとして美味しかったです」
「キュウキュウキュウキュウ~」
白亜も美味しかったのか口まわりに米粒を付けながら一心不乱にサビ抜きを食べ、白く光沢のある尻尾を振るう。
≪ルビーさんも魚を生で食べるのに抵抗がなくなりましたね≫
「美味しさを知ってしまうと恐怖よりも食欲が……早く鍛冶場を作らないと太るかもしれません……」
「クロの料理は全部美味しいよ~」
ラライが太陽のような笑顔で寿司を食べ終え、お腹を抑えるルビーにアイリーンは頷き、白亜は小さな体で一人前の特上寿司を食べ終えるとお腹が膨らみ横になる。
「残すかと思ったが全部食べるとは……」
「それだけ美味しかったのですね」
「うん、すっごく美味し~お寿司美味し~」
≪白亜ちゃんはよく飛んでいますから太る心配はないですね~≫
「うっ……私は少し気を付けないと……」
「ケプッ」
小さくげっぷをする白亜が体を起こし視線を向けると、こちらへ歩いてくる人影が見え、目に魔力を集中させるクロ。
「ビスチェたちも戻ってきたみたいだな。もう昼食の時間か」
「ビスチェさんたちにもお寿司をご馳走するのですか?」
「フランとクランはスモークサーモンを気に入っていたがどうだろな? 少し出してみて食べるようなら寿司にするのもありかな……魔力量はまだまだ問題ないし……」
≪ワサビ多めとかもできるのですか?≫
悪い顔をしながら話すアイリーンにジト目を向けると≪冗談ですよ~≫という文字がクロの前を通り過ぎる。
「別に生魚を使っていない寿司もあるし、ちらし寿司とかでも喜ぶかな?」
「本人に聞くのが一番だと思いますよ。それにほら、ウサギの精霊さまもいつの間にかクロさんの後ろにいますし」
振り向けば鼻をヒクヒクとさせる巨大なウサギの精霊がクロの後ろには立っており、つぶらな瞳を向けている。
「またキャベツが欲しいのか?」
コクコクと頭を下げるウサギの精霊にアイリーンが魔力で生成した文字を飛ばす。
≪ニンジンは与えないのですか? ウサギといえばニンジンでは?≫
「そうだな。ニンジンも食べるか?」
その場でニンジンを魔力創造で作り出すとスーパーで売っているような三本入りの袋に入れられたニンジンが現れ開封して手渡すと、一本を器用に両手で受け取り口に運ぶと垂れていた耳がピンと立ちつぶらな瞳が見開かれる。
「美味いか?」
高速で頭を縦に振るウサギの精霊に微笑みながら食べる姿を見ていると、キュロットに担がれたビスチェと土まみれになったフランとクランが肩を落としやってくるとその場に腰を下ろす。
「こらっ! 私の契約精霊に勝手に餌をやって! えっ!? おかわりを寄こせって……」
「ほら、ニンジンな。気に入ったみたいだな」
残り二本をテーブルに置くと一本ずつ手に取り口に入れ、丸い尻尾をフリフリと動かすウサギの精霊にキュロットは苦笑いを浮かべる。
「はぁ……まったく……それにこの子も随分と怠けていたようね。私に攻撃を当てるどころか避けられないなんて……滞在を少し伸ばしてミッチリと鍛えないと……」
担がれていたビスチェを下ろし空いている椅子に腰を下ろすキュロットは、鼻をヒクヒクさせ見慣れない寿司が乗っていた下駄へ視線を固定して頭を傾げる。
「変わった皿? 変な形には理由があるのかしら?」
手に取り見る角度を変え観察するキュロットに、クロは魔力創造でサビ抜きの特上寿司を創造しテーブルに置く。
「ついさっき食べていた俺の故郷の料理です。生の魚の切り身を込めの上に乗せた寿司という料理で、って、何の躊躇いもなく食べるのか……」
クロが説明しているとコハダを手で取り口に入れるキュロット。
「酸っぱいけど美味しいわね……醤油につけて食べるのかしら?」
テーブルに残る小皿に入れられた醤油へと視線を向け口にすると、クロが頷き大トロに醤油をつけ口に運ぶ。
「うわぁ~これ凄いわね……脂を食べているみたい……美味しいけど……」
「ガリと呼ばれる黄色くて薄いのを一枚食べて見て下さい。それと熱い緑茶だな」
ティーパックを入れたカップに焚火で沸かした湯を注ぐとキュロットの前に差し出す。
「あら、薬草茶? これは面白い方法で煮出すのね」
ティーパックに興味があるのか何度か上下させ見つめているとビスチェが起き上がり寿司へと視線を向ける。
「クロ、私も食べたいわ! いっぱい食べてママに一撃入れて見せる!」
「同じものでいいか? 寿司はまだ食べた事なかったよな?」
「ないけどわかるわ。サーモンが美味しそうだもの。それに白亜とルビーが幸せそうな顔をしているところを見れば、絶対に美味しいはずよ」
ビシッとクロを指さすビスチェにクロは魔力創造で作り出すとビスチェの前に置き緑茶も用意する。
「このピンクのサーモンが美味しいわよ」
「あら、そうなの? 私はこっちの銀色をしたものが美味しかったわ。少し酸味があるけどしつこくなくて美味しいわよ」
ビスチェとキュロットは互いにおすすめを言い合って親子らしい姿を見せ、地面に倒れたフランとクランにクロが近づき声を掛ける。
「二人も寿司食べるか? 前に気に入っていたサーモンもあるぞ」
「食べる!」
「死んでも食べる!」
二人は顔を上げクロに力強い視線を向け立ち上がり空いている椅子に腰を下ろし、泥まみれの手を水魔術で水球を作り出し手を突っ込んで洗う姿に、便利な魔法だなと思うクロ。
「ほら、サビ抜きの特上寿司だぞ。それと熱い緑茶な」
「ん……サーモンが輝いて見える……」
「サーモン以外の魚?」
「玉子以外は魚だな。食べて無理ならって、お前らも説明途中に食べるのかよ……美味いか?」
真っ先に素手で掴んだサーモンを口に入れる二人に醤油を渡し忘れたと、小鉢に入れた醤油を創造し前に置くと中トロに醤油をつけ口にするフラン。クランは大トロを醤油につけ口に運ぶ。
「これは危険! 美味しすぎる……」
「ん……危険! 醤油と寿司の愛称は最強!」
それだけ言うと夢中で寿司を頬張る二人。ビスチェも無言で寿司と向き合いキュロットに至っては完食し緑茶を口にしている。
「少しだけ生臭かったけど美味しかったわ。これは里でも流行るかもしれないわね」
「ああ、これは俺のスキルで作ったから問題ないが、他で生魚を食べるのは危険だぞ」
「知っているわよ。生魚には寄生虫がいるから危険なのよ。寄生虫だけ殺すか、一度冷凍すれば生魚を食べる事は可能なのよ。故郷の料理といっていたし、本来はそうやってつくっているのでしょう?」
キュロットの言葉に頷くクロ。
「なら再現は可能ね。米といったかしら? これをクロが売ってくれればだけど」
視線を送ってくるキュロットと、いつの間にかフランとクランもクロへと熱い視線を向ける。
「それは構わないが、どうせなら俺の知る限りの作り方も教えるよ。米酢も創造できるし、醤油も必要だろ? あとはワサビと海苔にガリと緑茶もだな」
≪クロ先輩のお寿司屋さんですね! 私が寿司桶とカウンターを用意しましょうか?≫
「頼むからやめてくれ……シャリをうまく握れる気がしないよ。そこはエルフさんたちに任せるよ」
こうして夕食も寿司に決まり、のちにエルフの里で寿司が流行ることになるのだった。
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