ビスチェの凹み
屋根の一部と壁に穴のあいた錬金工房『草原の若葉』では応急処置としてクロがシールドで塞ぎ雨風を防ぎ、散らばった木片などを片付けたリビングではルビーが紙に設計図を悩みながらも線を入れて行く。
「それにしても今年は雨が多いねぇ~」
「そうですね……というか、クロが悪い……急に可愛いなんて言うから、反射的に吹き飛ばしたじゃない……」
後半から小声になるビスチェはエルフェリーンやアイリーンとお茶をしながら、クロを吹き飛ばした事を反省していた。
≪みんな無事で良かったですね~≫
「そうだねぇ~耐久力を上げる魔術を掛けていたけど、白亜がそれを突き破った事に僕としては驚きだったよ」
「キュウキュウ」
「うんうん、成長しているねぇ~でも、クロのお腹を齧るのはダメだよ。人間のお腹はドラゴンのように強靭じゃないからね。簡単に穴が空いて、」
「キュウキュウキュウキュウ」
「うんうん、本気じゃなかったのは解っているさ。でもね、お腹はダメだぜ~ほら、あそこに掛けてある皮鎧もお腹を守っているだろ。お腹には重要な器官が多いからね~穴が空いたら大変なんだよ。下手したら死んじゃうからね~あむあむ」
エルフェリーンは以前、弟子が使っていた革鎧を指差し、白亜にお腹に噛みつく危険性を説きつつお茶を飲みお気に入りのクッキーを口に入れる。
「キュウ……」
「うんうん、反省は必要だね。噛むなら腕か足にしようね~」
「おいこら! 腕や足も噛みついちゃダメだろ! アイリーンが回復してくれるとしてもダメ! 一瞬だが腹が燃えたかと思ったぞ……子供の教育は難しいな……はぁ……」
「キュウ~キュウ~」
ため息を吐くクロがお茶のおかわりを持って来たところで白亜が胸に飛びつき甘えた鳴き声を上げ、空いていた左手で白亜を優しく包むと鳴き声が止み頬をクロの胸に擦りつける。
「ったく……お茶のおかわりは師匠と他は?」
クロがエルフェリーンのカップに緑茶を入れると、おずおずとカップを差し出すビスチェ。
「ビスチェもだな」
カップにお茶を注ぎ入れていると小声で話し始めるビスチェ。
「その、ごめん……クロが変なこと言うから……でもね、私の胸に顔を埋めた事に関しては怒っているから、それで相殺ね!」
最後には満面の笑みを浮かべるビスチェにクロは急須を上げ、自身の湯飲みにお茶を入れると椅子に腰を降ろす。
「それはそうと、アイリーンは下半身が蜘蛛バージョンになれるんだな。昨日見て驚いたよ」
アイリーンが下半身蜘蛛バージョンで屋敷を垂直に登る姿を目にしていたクロがその事を指摘すると頬を掻きながら文字を浮かせる。
≪実は少し恥ずかしいというか、怖いというか、禍々しいというか……≫
「そうか? 凄く強そうだったけどな。それに屋敷を垂直に登ったのは凄かったし、あの時は蜘蛛の巣を張ってスピードを緩めてくれたろ。ありがとな」
≪いえいえ、できる事をしただけで……それより本当に怖くなかったですか?≫
「ああ、蜘蛛らしい姿だったな。それに蜘蛛は益虫と呼ばれて家を守ってくれるんだぞ」
「キュウ?」
抱いていた白亜が顔を上げ「私は?」とでも鳴き声を上げ、クロは大きく破損し空いている天井を見上げながら口を開く。
「そうだな……ヤモリという生物は家を守るからヤモリと呼ばれているんだが、白亜はドラゴンだろ?」
「キュル~」
「ドラゴンも家を守ってくれると助かるかな。門番竜とかカッコイイだろ」
「キュウキュウ」
その言葉に抱かれていた白亜は何度も嬉しそうな声を上げて頷き、クロも笑顔を向け白亜の頭を優しく撫でる。
「門番竜なら竜仙山の麓にいる奴が有名だぜ~動物も近寄らない山で、その頂には仙人が住むとされているよ。仙人といってもハイエルフのひとりが、ずっと修行しているだけなんだぜ~魔術が使えるのに体と心を鍛えるとかで、今でもひとりでパンチを繰り出しているねぇ~」
「それって、昔話で聞いたことがありますよ! 飼い主に従順な大きな地竜で、大きな背中には家が建っているとかのドラゴンですよね!」
「そうだね。ポチマルと呼んでいたかな。僕も一度だけ家に入った事があるけどあまり住み心地が良いとは思えなかったね~たまに揺れるし、お腹の音が煩いし、すぐにブレスを吐いちゃうし、僕はここが一番だよ」
コロコロと笑うエルフェリーンにクロが頷きアイリーンとビスチェにルビーが頷きながらクッキーを口に入れる。
「それにしてもポチマルですか……凄い強そうな名前かと思っていましたが……」
「なんでも、昔の勇者が付けたそうだよ。ポチマルかポチノスケかギャメラの選択肢から選んだとか言っていたぜ~脱皮する度にギャメラにすればよかったと口にしていたねぇ」
「ルビー、私の部屋は光りがよく入る様に窓を多くして欲しいわ。家の中で木を育てたいのよ」
「それなら南向きの窓を増やして、二階ですから天窓にするのもいいですね」
「ふふふ、何だかみんなの部屋を決めながらお茶をするのは楽しいわね。どんな家になるか楽しみでしょうがないわ!」
≪私の部屋には真っ直ぐな棒でリビングに下りられる穴を付けてほしいです≫
「昭和の消防署みたいだな。丈夫な糸が出せるし、棒はいらないだろ」
クロがいうように滑り棒というものが消防署に設置され迅速に二階から一階へと下りる為に使われていた歴史があるが、手と足を怪我するリスクに加え、安全の為にひとりでしか滑り棒を使えない事もあり全員で階段を使った方が早いという事実が解り、今では設置している消防署は少ない。
≪確かに棒はいらないかも……≫
「柵で囲んで吹き抜けにすれば、夕食を呼びに行く手間が減って俺は助かるかな」
「それは便利ね! 二階からクロにお茶が欲しいと頼めるわ!」
「キュウキュウ」
「ははは、白亜も飛ぶ練習ができるし、階段を使わないで下りられるのは楽でいいね」
「えっと、ではリビングは吹き抜けにして、光が入り易く窓を増やすと、何だか思っているよりも広い家になりそうですね」
「みんなで住むからね。広い分には困らないだろ」
「そうかしら? 私だけかもしれないけど意外と狭いスペースに体を収めると落ち着くのよ……ほら、あそこの隙間とか……」
ビスチェが指差す先には戸棚と壁があり、ひと一人が嵌ればいっぱいになる場所がある。このスペースはビスチェが凹んだ時や考え事をする時に挟まり、その姿を目にする事自体は少ないが誰しもが挟まるビスチェを見た事あり、何をしているのだろうと思っていた謎であった。
≪何か解ります! 私も狭くて暗い所とか昔はダメでしたが好きになりました!≫
「それはアラクネ種としての好みなんじゃないか? ほら、蜘蛛とかそういうイメージがあるし……」
クロの指摘に顎に手を当て考え込むアイリーンと凹むビスチェ。
「蜘蛛……エルフなのに……」
ゆらりと立ち上がったビスチェは指差していた場所へ移動し、しゃがみ込むとすっぽりと嵌り下を向く。
「何だか悪いこといったか?」
「そうだねぇ~乙女心は繊細でヒビの入ったガラスよりも壊れやすいからねぇ~」
「ヒビが入っている時点で壊れていますね……では、ビスチェさん専用の凹みも作りましょう」
図面に新たに加えられたビスチェの凹みという場所に、座布団だけでも置いてやろうと思うクロなのだった。
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