アイリーンの懐かしい味
翌日はゆっくりと起きたルビーは、まだ眠るナナイとラライを起こさない様に立ち上がるとキッチンからする音を耳に入れ足を向ける。
リズミカルな包丁とまな板の音に耳を傾けながらキッチンへと足を運ぶと、そこには朝食の用意をするクロの姿があった。出汁の香りと醤油の香りに慣れたルビーは鼻をヒクヒクとさせながら朝の挨拶を小声で掛ける。
「ああ、おはよう。もう起きたのか?」
「早く起きるのが当たり前でしたから……手伝いますね」
「助かるよ。リビングのテーブルはまだ片付けたままだろうから、お味噌汁の味見を頼もうかな」
「はい、任せて下さい!」
お玉を持つと小皿に味見程度の量を取りルビーに手渡す。
「ふうふう……うん、美味しいです。はぁ~何だかもうこの味に慣れましたし、懐かしさすら感じます」
「それは良かった。今日は和食だからな~あの二人は肉も好きだが昨日は肉祭りだったろ、今日は魚に祭りだな。魚の煮付けに、お手製のかまぼこと、アラで出汁を取ったお味噌汁に、揚げたシラスを振りかけた豆腐サラダだよ」
「もう殆ど完成しているからアイテムボックスに入れてあるから、後は二人が起きたらリビングを片付けだな」
「なら、すぐにでもラライを起こそう」
後ろから掛けられた声に二人で振り向くとビスチェから借りたパジャマを着たナナイがおり、パツンパツンのパジャマ姿で頭を掻いていた。
「もう少し寝かせておけばいいだろうに」
「いや、今日はもうゆっくりとしているさ。本来ならもっと早く起きて畑の手伝いだからな。ふわぁ~昨日は楽しかったが、クロも参加すれば良かっただろうに」
「いやいや、女子会に男がいたら話したい事も話せないだろう。俺もたまには一人でゆっくりする時間が欲しいしな」
「あの会話はクロさんには聞かせられないですね……」
「あははは、そりゃそうだ。クロも色々大変だな」
頬を染めるルビーと笑いながらキッチンを去るナナイ。数秒後にはラライの悲鳴が木霊し、ルビーは慌ててリビングへと向かう。
「何を女子会で話しているんだか……それよりも朝食の準備だな。食器の用意はできているし並べるだけか」
「クロ~お母さんに朝からほっぺた抓られた~」
ルビーと入れ替わりに入ってきたラライがクロに抱きつき、頭を優しく撫でてやると機嫌と痛さが治まったのか笑顔を向けて来る。
「涎がついているから顔を洗おうな~」
「は~い」
ラライが離れると今度は白亜がクロの胸に抱きつき「きゅうきゅう」と甘えた鳴き声を上げ、クロはアイテムボックスからおしぼりを出すと白亜の涎まみれの顔を拭きあげる。
「今日はラライと寝たんだったな。良く寝れたか?」
「キュウキュウ」
嬉しそうな声を上げる白亜に安心するクロをリビングから見つめるルビーとナナイは、もう父親のように接する姿に笑いを上げる。
「やっぱり白亜のお父さんですね」
「まったくクロは……ここには美人揃いなのに、どうして誰にも手を出さないのかね~」
昨晩、開催された女子会で話し合われた内容を思い出し呟く二人の事など知らず白亜を抱き上げ撫でるクロに呆れた顔をするナナイ。
「ふわぁぁぁ、みんなおはよう~昨日は楽しかったねぇ」
「おはようございます」
「昨日はご馳走様でした。見た事もない甘味の多くに驚きました」
起きて来たエルフェリーンと挨拶を交わしているとビスチェも起きて来たのか、四人は仲良く挨拶を交わし合いリビングをいつもの形に戻し始める。
「やっぱりチョコのケーキとイチゴのケーキは最強ね」
「私はお酒が入っているチョコが素晴らしかったです」
「僕は色々なポテチかな~味が変わると別のものを食べている様で楽しかったねぇ~」
「どれも美味しかったよ。おにぎりについていて食べられる黒い紙のパリパリしたあれが特に美味しかったね」
「お煎餅ね! あれはおにぎりと同じお米から作られているそうよ。しょっぱくて美味しいわよね」
「みんなおはよう~私も手伝うよ~」
ラライが戻り天井からはアイリーンが糸を使い降りて来ると、あっという間にリビングは片付き様子を見ていたクロは食器を運び入れ料理を並べ始める。
「おお、今朝は魚料理がいっぱいだね~」
「ナナイさんとラライは魚が好きだろ。色々と作ったから口に合うものがあればいいが」
「クロの料理にまずいものはなかったよ~」
「そうだな。昨晩もそうだが醤油や味噌を使った料理は美味いに決まっている。塩味だけで満足していた昔に戻れる気がしないぞ」
「同感だね。僕も醤油で煮込んだ魚やお味噌汁が大好きだよ」
「醤油はフランとクランにも持たせたから、明日には故郷で醤油祭りを開催してそうね。きっとみんなでビックリするわよ」
≪醤油は最強。どんな料理にも合う≫
「それなら早く座って食べような。冷める前に食べ始めてくれ」
クロがテーブルに料理を並べ声を掛けると真っ先にエルフェリーンが着席し皆が席につき、「いただきます」の声をエルフェリーンが口にすると皆も同じ様に口にして湯気の上がる料理を口にする。
「うんうん、今日もお味噌汁は美味しいよ。何だかホッとする味だね」
「私もそれは思います。まだ一月もここで暮らしてないのに心休まるというか、懐かしさすら感じます」
≪お味噌汁はクロ母さんの味ですね≫
「おいこら、性別まで変えて料理を喜ぶな」
「本当に美味しいよ~このお魚はどうかな~あむあむ、おいし~」
両手で頬に手を当てるラライにクロが頬笑み、ナナイも料理を口にして目を大きく見開く。
「美味いな。今までで一番と言っていいほど美味い! クロがラライとくっ付いてくれたら毎日食べられるのにな~」
「ふぇっ!? クロとくっ付く? こう?」
クロの横に座っていた事もあり椅子から下りて背中に抱きつくラライ。正面に座るビスチェからは霜が降りそうな冷めた視線が向けられる。
「ほら、食事中に行儀が悪いぞ。ああ、煮魚の汁をごはんに掛けるとすっごく美味いからやってみ。やみつきになるぞ」
「本当!? やってみる~」
席に戻ったラライは煮魚の汁をご飯に少量掛けるとスプーン片手に口に入れ、クロへと高速で振り向き笑顔を向けながら咀嚼する。
「これすごい! 凄く美味しい! ごはんを食べるのが少し苦手だったけど、これならパクパク食べられるよ~あむあむ」
≪私も子供の時によくやりましたね~このサラダも美味しいですよ~≫
「パリパリする小さな魚が入っていますね。お豆腐も美味しいし掛かっているソースが香ばしくて美味しいよ」
レタスに豆腐と揚げたシラスとゴマドレッシングの掛かったサラダが気に入ったのかエルフェリーンは表情を崩し、ビスチェもラライと同じように煮魚の汁をかけるとご飯を頬張り吊り上がっていた眉も弓なりになり微笑む。
≪クロ先輩、我儘をいってもいいですか?≫
魔力で生成された文字が目の前に現れアイリーンへと視線を向けるクロ。
「どした?」
≪卵かけご飯が食べたいです。向こうでは煮魚のタレで卵かけご飯をしていまして、ダメですか?≫
両手を合わせて拝むアイリーンの姿にクロは頬笑みながらその場で魔力創造した卵を手渡す。
「別に大丈夫だぞ。ほら、生卵」
≪ありがとうございます~やった、久しぶりに実家の味です~≫
割り入れた卵を解くと白米に掛け煮魚の汁を注ぎ軽く混ぜると口に入れるアイリーン。その姿にナナイとラライは驚きの瞳で見つめ、ルビーも卵を生で食べる姿に驚く。
「これは新鮮な卵だし、俺の魔力で創造しているからお腹は壊さないぞ。他もやってみたい人は……どうした?」
クロが玉子の安全性を説いていると、ひと口食べたアイリーンは手を止め、頬を伝う涙。
≪すみません……懐かしくて……美味しいです……≫
二度の転生を繰り返したアイリーンが日本の実家の味を思い出し涙する姿に、エルフェリーンは鼻を啜り、ビスチェが手を伸ばし優しく肩を寄せる。ルビーも何かしらしたいのか立ち上がるがオロオロとその場で不審なステップをし、ナナイとラライはかまぼこの食感が気に入ったのかモグモグと微笑みながら食べ続ける。
「他にも再現して欲しい料理があったらするからな、いつでも言ってこいよ」
≪はい、寿司が食べたいです≫
即答するアイリーンに嘘泣きを疑うクロであった。
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