特効薬を求める者たち オーガ編
「気を付けて帰るのよ~」
「アインシュタインも元気でね~」
エルフの二人を見送る『草原の若葉』たちは手を振り、巨大なカタツムリの速さに驚くクロとアイリーン。ビスチェとルビーは知っていたのか小雨の降る中を激走する巨大カタツムリを見送ると屋敷へと踵を返す。
「生憎の雨だけどフランとクランは早く帰れるわね」
「雨の日のカタツムリは早いですからねぇ。あの年まで生きたカタツムリなら強度もあって素晴らしい鎧が作れそうですねぇ」
ビスチェとルビーを追いかけ屋敷に戻ったクロとアイリーンは、異世界のカタツムリの速度に驚き濡れた体をタオルで付きつつ互いに笑い合う。
≪あんなにも早いカタツムリはじめて見ました≫
「ああ、俺もはじめて見た……人懐っこいカタツムリだったが、あんなに早く動けると恐怖なんだが……軽トラよりも速そうだな……」
「あれは加速の魔法を使っているのよ。カタツムリの殻は天然の魔方陣になっていてアインシュタインの魔力に反応して速度を出すのよ。ただ、あの魔方陣をそのまま人族が使うのは無理ね。魔力の波長が合わなくて発動しないか、暴走するかね」
ビスチェがいうように成長過程で魔方陣が体に現れる魔物は多く、ドラゴンの鱗やカタツムリの殻の渦や蜘蛛の腹の模様などパッと見ただけでは解らないものが多い。それらを調べ解析し新たな魔法が生まれるのが今の魔術学の主流である。
エルフェリーンなどは例外で魔法構築を最初から組み上げてゆき、最適化した魔方陣を作り出す。その結果生まれたのがガトリングガンの様な短い光の矢を連続で打ち出す魔方陣であり、世界屈指の魔導師だろう。
「鍛冶でも魔方陣は使いますね。炉の温度を安定させたり、ハンマーも耐久力を上げる魔方陣が使われています」
≪これは私も糸を使った魔方陣を考えなければ……≫
「無属性ならアイリーンでも行けると思うわ」
≪やった! 個人的には燃える糸や凍った糸を使ってみたいです≫
「糸自体が火に弱いから無理かもしれないけど……試す価値はあるかもね」
ビスチェの言葉に笑顔を見せ跳ねて喜ぶアイリーン。
「俺のシールドとかも魔方陣を描けばより固くなるか?」
「なると思うわよ。ただ、女神さまの姿絵を映したシールで十分だと思うけど……」
「俺的には燃えるシールドを作ってホットプレートにして使えたら便利かなぁと」
「何それ」
「ホットプレート? 聞いた事がないです」
二人が頭を傾げるなかアイリーンは肩を震わせて笑い出す。
≪ホットプレートは焼き肉が焼ける装置ですね≫
「笑うなよ……あれば便利だろ。お好み焼きとかホットプレートの方が綺麗に焼けるし、シールドだから使い終わったら魔力を四散させれば片付けいらずだぞ。これ以上便利なものはないと断言できるね」
「まったく、あんたの頭の中には料理しかないのかしら……」
「クロ先輩らしいですね」
≪それならシールド鍋やシールド食器にシールド箸も作るべき≫
アイリーンが魔力で生成した文字を浮かべクロが静かに頷き「それもありだな」と真剣に口にすると、まわりの乙女たちは笑い出す。
「便利だと思うがなぁ……」
「便利なのは認めるけど魔力を使い過ぎてすぐに倒れるわ。それなら何度でも使えて熱伝導が高い銅とかで鍋を作るべきね」
まっとうな意見にクロのシールド鍋セットは却下され、今度王都へ行ったら鍋を見てまわろうと決意する。
「ん? 誰か来たみたいよ。ほら、クロが出迎えて」
「ああ、行って来る」
風の精霊から敵意のない何者かが近づいてくるという意思を受け取ったビスチェは会話の流れからクロに任せ、自身は温かいお茶お入れにキッチンへ向かう。温かくなってきてはいるが雨に濡れれば体が冷えるのである。
「傘はあったよな、よしよし、行って来る」
アイテムボックスから前に創造した傘を取り出すと走り出すクロ。訪問者はもう既に敷地付近にまで近付いており親子の様な身長差のある姿が確認できるが、雨脚を強めた事もあり誰かまでは確認ができず近づくクロ。
「クーロー」
大きな声を上げ叫ぶ少女ほどの身長の娘に当たりを付けながらシールドを展開すると、クロから伸びるシールドは二人の頭上で停止し土砂降りの雨を遮る。
「やっぱりナナイとラライだったか。ようこそ錬金工房『草原の若葉』へ、雨に濡れるから屋敷へ入ってくれ」
「うん! クロの住む家には興味がある!」
「急に降りだしたからな、助かるよ!」
土砂降りの雨に降られ大きな声で会話する三人はクロの案内の元二人のオーガを連れ屋敷へ戻るとビスチェが迎え入れ簡単な挨拶を交わすと「お風呂を沸かしたから入るといいわ」とドヤ顔を浮かべ、ずぶ濡れの二人は顔を見合わせる。
「このぐらい、へっちゃらよ!」
「ああ、オーガからしたら問題ないが……」
強く見せたいお年頃なラライはずぶ濡れのまま仁王立ちし、母であるナナイも問題ないと口にするが、ビスチェは自身の指で胸元を指差し二人とも視線を自分の胸へと向ける。
ずぶ濡れな二人衣服は夏が近い事もあり薄着で透けてはいないが、その胸の形が解り慌てて胸を隠すラライ。ナナイはまったく気にした様子はなく頭を傾げるが、ラライの手を引かれお風呂場へと引きずられていった。
「自分から行くと言いだしたのには、これが目当てだったとは……」
≪クロ先輩のえっち~≫
「うわぁ~これは引きます……」
女性三名から白い目で見られたクロは会話の流れを思い出して口を開く。
「俺はビスチェに言われて迎えに行ったぞ! 連れて来る時だって急いでいたし、雨が凄かったからそんな事気にならなかったな。それよりも凄い雨だったけど師匠は大丈夫かな? ん?」
「大丈夫じゃないよ~家の中に転移ゲートを設置すれば良かったよ~」
玄関が開くと同時に走って中に入りクロに抱きつくエルフェリーン。土砂降りの庭に転移した事もありずぶ濡れである。抱きつかれたクロもお腹からズボンまでを濡らし上を見上げ悪戯が成功したエルフェリーンは満面の笑みを浮かべている。
「師匠はまったく……いま、ラライたちがお風呂に入っていますから師匠もどうぞ。風邪引きますよ」
「おお、それはタイミングが良かったね! クロが背中を流してくれるのだろう?」
「変な事言わないで下さいよ……さっきもビスチェたちに変質者を見る様な視線を向けられて傷付いているんですから……はぁ……着替えよ……」
エルフェリーンを抱き上げて拘束から逃れると、床に降ろして自身の部屋へと着替えに向かうクロ。
「ちぇっ! クロが冷たいよ~」
「だからって、私に抱きつこうとしないで下さい!」
エルフェリーンの抱擁を素早く伸ばした右手で額を押さえ防ぐビスチェにまわりからは笑いが起き、いつもの錬金工房『草原の若葉』へ戻るのだった。
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