異界の神とメヌエット
クロが勧める焼き鯖寿司が振舞われると食事を終えていたメルフェルンやフランいクランも口に入れ両手を頬に当て表情を溶かし、竜王たちや他の者たちも同じように口に入れ自然と微笑みを浮かべる。
「今までのお寿司とは違ってご飯がギュッとしているけど、お魚の脂と焼いた香ばしさが美味しいぜ~」
「香ばしさがあって美味しいです」
「それに魚の半身が乗っているのも面白いな。今までの寿司とは違いこっちの方が作るのが楽なのではないか?」
「完璧に焼いてあるので生の魚に抵抗がある人にはこちらの方が好みなのでしょう」
「うふふ、これも美味しいですねぇ。一番を決めるのは難しいかもしれませんねぇ」
メリリの言葉に皆が頷き、クロはその言葉に思う所があったのか焼き鯖寿司を口に入れつつも脳内では思考が乱れ、焼き鯖寿司の味が感じられずにいた。
一番を決める……俺が誰かを好きになったら俺を好きだと言ってくれている人は悲しむのは当然だとして、今までのような関係でいられるだろうか……師匠はとても面倒見が良くて俺を一番だといってくれるが、白亜やクランにルビーだって……シャロンも視線が合うと微笑みを向けてくれるし、ビスチェとアイリーンはふざけ合っているだけで……
クロからしたら日本の生活を込みで異性と触れ合うような事はなく、自身の魔力創造という便利な能力が必要とされている事も理解している。理解というよりも便利すぎる能力にクロ自身の評価とは別に考え、過大な評価を受けているといった認識なのだろう。
前はメリリさんやロザリアさんからも俺となら一緒になっても良いと冗談だろうけど口にしていたし、キャロットも……キャロットのは違うか。強者と戦いたいとかの理由だったし……
「ん? クロはどうしたんだい? 美味しいものを食べているのに眉間に凄い皺が寄っているぜ~」
エルフェリーンに脇を突かれビクリと反応するクロ。それが面白かったのかエルカジールが肩を揺らす。
「いえ、すみません。色々と考えることがあって……」
「考えること? ああ、明日の朝食だね。僕はクロの作った料理ならどれも美味しいから任せるぜ~」
「前に食べたおにぎりは食べ易くて、中に色々な具が入っていた美味しかったね」
「私はまた生の魚が食べたいな。この寿司も美味いが昨日の夜に食べた黄金の脂がかかった生魚も美味かったな」
「カルパッチョですね~アレも美味しいですよね~私は玉子かけご飯と煮魚がいいですね~お味噌汁と漬物があると……いま思いましたが竜王さま方はお箸の使い方が上手ですね。特に白夜さまは日本人並みに箸を使えていますね」
アイリーンが指摘するように箸を巧みに使い寿司を食べる白夜。他の竜王のなかには手掴みで寿司を口に入れるものもいるなか、洗練された所作で箸を使い口に入れている。
「白夜は竜王のなかでも異質だからね~母さんが生み出した古龍種じゃないらしいし……」
「我々が生まれる前から、エルフェリーンやエルカジールなどのハイエルフよりも長寿だと耳にした事があるぞ」
「異界の神であるとも聞きましたね」
エルフェリーンが真っ先に口を開き訝し気な瞳を向け、炎帝と水流が続き口を開く。
「良い女は全てを明かさないものなのよ。白亜ちゃんも将来は秘密を持ついい女になるのよ~」
「キュウキュウ~」
「白亜さまも秘密がいっぱいなのだ! ビスチェの部屋に隠してあるお菓子の場所や、妖精たちが育てている特別な果実の貰い方も知っているのだ!」
「やっぱり! たまに数が減っていると思ったらあなた達が犯人だったのね!」
目を吊り上げるビスチェにキャロットが白亜を抱き上げ炬燵から離脱し逃げ出す。その姿に皆で笑い、ビスチェは追い掛けようとしたがお風呂へ向かった事に気が付き白ワインを口にする。
「私は着替えを用意して参ります」
そう口にして炬燵から立つグワラ。「それなら私も一緒に入ろうかしら」と話題の中心であった白夜が炬燵から離れ脱衣所のある方へと向かい、グワラは急ぎキャロットの私室のある二階へと走る。
「ふぅ……こちらもすべて綺麗になりました」
最後までお寿司と格闘していたメリリ。姉であるメヌエットは傍で積み上げられている寿司桶に顔を引き釣らせながら指差し口を開く。
「全て食べた訳ではないのは理解していますが、食べ過ぎでは?」
「うふふ、今日は昼間にいっぱい運動をしたので許容範囲です。ですが、少し食べ過ぎましたねぇ。明日は少し控えめにするべきですねぇ」
「私は冬眠でもするのかと思いましたが……」
メイド服からもポコリと膨らむお腹が分かり呆れ顔のメヌエット。ただ、メヌエットはそんなメリリの姿を見て安心していた。
王族でありながら国を追われたメイリーリンがこんなにも幸せそうな顔で暮らしていたとは驚きですが……これもエルフェリーンさまやクロさまのお陰なのでしょう。
それに見たことのない美味なる料理……生の魚は危険だと耳にした事がありますが、それなのに宝石のように美しい見た目に変えて料理するとは……他にも天ぷらと呼ばれるサクサクした料理にスープも野菜を多く使いながらもコク深い味わい。お酒に至っては素晴らしいとしか言えません……
「な、何ですか!? その可哀想な人を見る目は!」
微笑みを浮かべていたメヌエットだがメリリからはそう見えたのか声を荒げ、顔を左右に振り口を開く。
「いいえ、そうではありません。今のメイ、メリリが幸せそうで嬉しかっただけです」
「うふふ、羨ましいですか? 私はここに就職し、毎日クロさまの料理を口にして幸せを噛みしめています。クロさまの料理はどれも珍しく美味しいのですが、甘味は絶品です。ケーキやプリンにお団子……どれも甘くて心まで蕩けます。食後のデザートは出るのですか?」
食べ過ぎといっていた口から出た言葉とは思えない発言に「我が妹ながら……」と呆れるメヌエット。アイリーンやビスチェも呆れ顔を浮かべ、クロも流石にここでデザートを出したら太るだろうと聞かなかった事にしてお寿司を口にする。
「どれも美味かったのう」
「うむ、ワインやブランデーも良いが、温めた日本酒がこれほど寿司に合うとは驚きなのじゃ」
「ワシも温めて飲むのは好きだのう。日本酒は温度で風味が変わるのが良いのう」
「うむ、温めると香りが強くなり癖のある料理とも相性が良いのじゃ。冷やせばスッキリとした味わいでシンプルな料理に合うのじゃ」
「ウイスキーやブランデーは甘いものにも合うわ。果物やチョコと合わせても美味しいわね」
ドランとロザリアの会話にカリフェルが混じり共感したのか頷き、メリリが目を輝かせる。
「以前頂いたチョコの中にウイスキーの入ったものは美味しかったですねぇ。噛むと中の砂糖の食感が楽しくトロリとしたウイスキーが口の中に溢れ、チョコの風味と良く合いましたねぇ」
チラチラとクロが聞いているか確認するメリリ。クロは焼き鯖寿司を口に入れフランが届けた熱々のお茶で流し込み立ち上がるとキッチンに消え、口を尖らせるメリリ。竜王たちもメリリが話すウイスキーボンボンに興味が引かれたのかお気に入りの酒を飲みながらクロを視線で追い、エルフェリーンが口を開く。
「君たちは仕方がないね~」
そう口にしながらゆっくりとアイテムボックスからウイスキーボンボンを取り出すのであった。
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