白亜の飛行訓練とアイリーンの狩り
ゴリゴリとヒカリゴケをすり鉢に入れ潰して行くクロは青々と茂る木の下で太陽の日差しを避けながらゴリゴリ係の任務を全うし、その横では同じ様に手を動かすルビー。
炎天下ではないが日差しの強く夏季の気配が日々近づいている魔の森にある錬金工房『草原の若葉』では、夏に流行る伝染病の特効薬を作るべくヒカリゴケを潰す作業に追われていた。
「この潰す作業が錬金の基本だからな。ここで確りと潰して素材の中にある成分を出さないと薬やポーションはできない。ある意味これこそが錬金術だからな」
「はい、クロ先輩! 簡単に見えて奥が深いのですね」
「ああ、少しでも潰し残しがあれば、それだけ薬効成分が出ないからな。注意深く見ながら確認し、すりこぎ棒から伝わる感触で潰し残しがないか解るようになれば一人前だな」
「この太い棒から伝わる感覚で解るようになるのですか……」
ペットボトルほどの太さがあるすりこぎ棒をゴリゴリと使いながら、クロが師となりゴリゴリ係を伝授して行く。
「なるらしいぞ。俺にはまだ無理だがな」
「無理なのですか!?」
「無理だな。師匠クラスにならないと解らんらしい……でも、ほら、ゴリゴリしていれば、いつかは解る様になるだろ」
「そ、そうかもしれませんね……」
すり鉢にはペースト状になったヒカリゴケ。それを桶に入れると新たにヒカリゴケを入れゴリゴリと潰して行くクロ。ルビーも同じ作業をしながらゴリゴリと薬草を潰し朝から同じ作業を続けていた。
「おっ、白亜頑張れ! もっと翼に力を入れて走れ!」
「おおお、少し浮きましたよ! 白亜ちゃん頑張れ~~~~」
ヒカリゴケを潰しながら二人は白亜が地面を蹴り勢いを付け走り、背中の翼を羽ばたかせる姿に応援の声を掛ける。王都からルビーを連れて帰って来ると白亜なりに心境の変化があったらしく、連日飛ぶ訓練に精を出していた。
しかし、飛び上がるまでには行かず、三十センチほど浮き上がっては地面に足を付け走るを繰り返している。
「キュウーーーーー」
叫び声とは反比例し地面に落ちる白亜はヘッドスライディングを綺麗に決めると、「キュ~」と情けない鳴き声を上げクロを見つめる。その瞳は助け起こしてと言っている様で助けに動きたいクロだったが、心を鬼にして自身で立ち上がりまた飛ぶ訓練へと向かうようにと思いを乗せた視線を向け、無言で頷く。
「キュウウウ」
ドラゴンという最強生物でも子供のうちは弱い。それはどの生物も同じだろうが、ドラゴンには強い鱗と皮で覆われており斬撃と打撃には耐性があるのだ。
白亜も落ちて地面に勢いよく転がるが怪我はなく、疲れと失敗での恐怖とストレスによる叫びでありクロはそれを理解している。ルビーが立ち上がりそうになるのを手で制すると大きな声で白亜に声を掛ける。
「白亜は七大竜王の白夜さんの娘だ! 絶対に飛べるから諦めるな! どんな生物も急に飛べる奴はいない! 頑張れ! 積み重ねろ! 白亜は絶対飛べるから!」
クロの熱い応援の声に、白亜はゆっくりと立ち上がり走り出す。
「行けーーーーーーーーー」
「白亜ちゃんがんばれー!!!」
二人の声援を受け走り出した白亜は、この日の最高速度を記録した走りを見せ白く艶のある翼を精一杯羽ばたかせ浮き上がりると、見事なヘットスライディングを決める。
「あれはもうヘッドスライディングの練習かもしれないな……」
「勢いは一番よかったと思いますよ……」
二人の感想に白亜は仰向けに寝転がり昼寝に意識を切り替えたらしく、目を閉じると寝息を立て始める。
「今日もダメだったな……」
「もう少しだと思いますよ……」
二人は白亜の飛行練習からの昼寝を見ながらゴリゴリとヒカリゴケを潰し続けるのだった。
「ばぁだぁ捕れだぁ~」
濁音補正でも入っているのかな? 上手く喋れない……
「がぁぁぁぁぁぁ、ばぁぁぁぁぁ、ざぁぁぁぁぁぁ」
森の中で発声練習をしながら歩き夕食の食材探しをするアイリーンは、自身の声に逃げて行く野鳥や小さな動物たちに申し訳ない気持ちを抱いていた。
横縞模様のリスさんが恐怖のあまり固まってる……派手な鳥さんは飛ぶのを忘れて走って逃げて……はぁ……こんな声じゃカラオケに行けないよぅ……
ああ、ここは異世界だしカラオケはないか……それでもまた歌いたいなぁ……
でも、この声じゃ……
自身では普通に話している心算でも発せられる声は壊れたスピーカーのようで、デスボイスのハモリが勝手についている気さえするのだ。女神たちは練習すれば普通に話せるようになると言っていたがアイリーンは若干諦めの境地に立たされていた。
「アメンボ、赤いな、あいうえお」と言っているが、耳に入る声は「バベンゴ、ババギガ、ベギラゴン」である。
その声を聞いた子リスが木から落ちそうになるのを魔力で生成した糸を飛ばし助け、元いた木へと落ちない様に届けるとため息を吐き歩き出す。
発声練習というか……これじゃあ、無駄に恐怖を与える街宣カーだよ……
気持ちが沈みながらも発声練習を続けながら足を進めていると、飛ばしている糸から反応があり設置した罠に何かしらの魔物が掛かったのだと気が付きその足を速める。
五分ほど素早く移動すると蜘蛛の巣に引っ掛かり刃物のような角を振り回す鹿の姿が見えニヤリと口角を上げるアイリーン。
今夜は鹿料理~~~~
粘着質な糸が角と首に絡み口から泡を吹きはじめた鹿の魔物に近づき、足に糸を飛ばし身動きできなくすると近くの木に登り引き上げる。
血抜きして~~~~
頸動脈にナイフで傷を付けると血が噴き出しその臭いが辺りに漂い始めると、黒く手の平サイズの蝶が何処からともなく集まり地面に滴る血に群がり吸血して行く。吸血蝶というそのままの名が付けられた蝶が吊るされた鹿にも群がり始めアイリーンはその場を離れ、新たに血の匂いに集まってきた狼型の魔物の前に立ち塞がり視線を強める。
「この鹿は私たちのディナーですから!」と狼たちに叫ぶアイリーン。実際には「ぎゅがぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあーぁあがら!」と威嚇する叫びに聞こえた狼型の魔物は尻尾をフニャリと垂らし踵を返して逃げ出す。
二匹いたら分けてあげたけどね~
ご機嫌で血抜き中の鹿を見上げるアイリーンは鹿というよりも蝶の塊に若干引きながらも、この蝶は毒もなく血を吸う以外は無外であり血抜きをするのには好都合と放置し、粘着質の糸に付き羽ばたく蝶を助けつつ血が抜けるのを待つ。
そろそろいいかな~クロ先輩にお願いしてローストビーフを作って貰おう! あれ? ローストシーカ? どっちでもいいや! 鹿は上手に調理すれば美味しいし!
蝶たちの数が減り始めると鹿の魔物は息絶えており、角に丈夫な皮を撒きつけると糸で縛り更に体を丈夫な皮で巻きつけ歩き出す。
この鹿の角と毛と皮は高く売れるとエルフェリーンから知らされており、注意しながら家まで引きずる。
角は刃物として、毛は錬金の媒体に使え、皮はバッグやベルトやジャケットに加工でき、鋭い角を持つだけありその皮は防刃効果が高くハンターや軽装の冒険者に人気なのだ。
鼻歌を口ずさみながら足を進め家に到着すると汚れたまま眠る白亜が目に入り顔を傾げ、木の根元には二人揃ってゴリゴリするクロとルビー。
≪仲良し師弟にお土産だ~夕食はローストシーカでお願いします≫
「それをいうなら鹿のローストだろ。ソースはベリー系のジャムを使って少し甘めにして、すね肉は味噌で煮込んでみるか。薪はあるだろうし下茹でだけは先にしておくか」
≪やった! 夕食が楽しみです!≫
「まったくですね! ウイスキーがあると、もっと嬉しいです!」
二人の言葉に「はいはい」と答えながらマジックボックスから焚火台を出すと、ルビーはナイフを握りアイリーンと共に裏へとまわり鹿を解体する。
≪私も覚えないと! クロ先輩はいつまで経っても血に弱いですし、私が解体をマスターして見せます!≫
「アイリーンさんの気合はわかりましたから、糸の解除をお願いします。この糸は私のナイフでは刃こぼれが……」
既に刃こぼれを起こしているナイフを見つめ悲しそうな顔をするルビーに、アイリーンは魔力を四散させ巻き付けていた皮を剥がすのだった。
あけましておめでとうございます。四章の始まりです。
六話ほど予約投稿しましたので、毎日十一時に読んでいただけたら嬉しいです。
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誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。
お読み頂きありがとうございます。