サマムーン王国の持て成しとメイドの控室
「ねぇ、エルカジールが僕たちを歓迎してくれているのは理解ができたけど、あの踊りは気分が良いものじゃないね……」
エルフェリーンの言葉に苦笑いを浮かべるエルカジール。エルフェリーンとルビーを歓迎すべく開かれている宴には多くのラミア族が参加し、国王やその家族に長老たちも席を共にしている。
広い宮殿に招かれ贅を尽くした料理が並びサボテンで作られた珍しい酒も並ぶがどの料理も口に合わず、酒は苦みが強いためかエルフェリーンは眉を顰め、おまけにラミア族伝統の踊りは薄き羽衣のような衣装に魔化した姿で腰をくねらせる情熱的なダンスであり、胸部装甲を揺らすという見る人が見れば喜ぶといったものであった。
「あぁ、あれは私もあまり好きではないね……それよりも次の踊りなら面白いと思うよ。ほら、袖で準備しているあの壺には油が入っていて、アレを口に含み炎を吐き出すんだ」
「ドラゴンの真似事をする踊りなのかい?」
「そうだね。ぷくく、ドラゴンの真似事だね! あれは部屋の明かりを消して行われるから驚くと思うよ!」
「でも、先にネタばらしをしたら驚きも半減だぜ~」
「あっ!?」
エルフェリーンのツッコミに目を丸くして驚き、失敗したなという表情を見せるエルカジール。横ではルビーがサボテンから作られた酒に自身が持ち込んでいる蜂蜜を入れ口にし、岩蜥蜴の後ろ脚を使った肉串を口にして物足りなさを感じたのか、これまた持ち込んだ七味を振りかけ口にして表情を緩める。
「あ、あの、先ほどから酒や料理に使っているものはいったい……料理がお気に召しませんか?」
「いえ、すみません……少しだけ物足りなく感じて、ごめんなさい」
ルビーの傍に付き酒などを注いでいたラミア族の者からの言葉に慌てて頭を下げる。
「いえ、こちらこそ……失礼かと思いますが蜂蜜を入れていたように見えたので、それに見慣れない粉を掛けていたのが気になりまして」
「この粉ですか? これは七味という複合スパイスです。少しの辛みと香りがとても良くて普段から使っているのですが、試してみますか?」
テーブルの下に隠していた七味の入った瓶を見せると目を丸くするラミアの傍仕え、手に持ちあらゆる角度からそれを見つめる。
「ん? 七味が気になるのならこれを上げるよ。肉料理や麺料理に少し振りかけて食べると美味しいんだぜ~」
アイテムボックスのスキルを使いエルフェリーンからも手渡され未開封のそれを手に頭を下げる。
「クロの料理はどれも美味しかったね~思い出すだけでも涎が出て来るよ」
「そうそう、クロからお土産もあるんだぜ~」
「本当かい! 私はまた牛丼が食べたいよ!」
盛り上がる二人を前に演目が終わり多くの拍手の中ラミア族が退出し、屈強なラミア族が会場に入ると室内の照明に使っていた光球の魔法が解除され暗闇に包まれる。
「タイミングが悪かったね~炎を吐き終えたらお土産を出すからね~」
暗く表情は分からないがきっと意地悪な顔をしているだろうエルフェリーン。エルカジールはそれを感じ取りながらも頬を膨らませる。
真っ暗な舞台では油を口に入れ松明を使い大きな炎が浮き上がりその度に驚きの声が上がる。
ラミアの王族が好んでいるのか何度も油を口に入れては炎を吐く姿に少々嫌気がさしていたエルフェリーンはアイテムボックスからウイスキーの瓶を取り出して手探りでグラスを探すが、まだ中身が入っている事に気が付きどうしようかと思っているとエルフェリーンに付いている傍仕えの者が新しいグラスを手に小声で話し掛ける。
「失礼します。新しいものをお探しならこちらのグラスをお使いください」
夜目が効くのかそっと肩に触れ声を掛けた傍仕えの女性に一瞬肩をビクリと驚かせながらも救世主の登場に感謝しながら受け取りウイスキーを注ぎ入れ、その香りにエルカジールとルビーの瞳が輝き左右から腕を掴まれるエルフェリーン。
「私と君との仲じゃないか~」
「師匠、私もウイスキーが飲みたいです!」
炎を吐くタイミングと重なり、暗闇に見浮かぶエルフェリーンを取り合うように腕を引く二人。その姿を見た王族が多少勘違いをしたのは仕方のない事だろう。
後日、傍仕えの二人が王族に呼び出されその真相を耳にするのだが、それはまた別の話である。
「ううううう、私もチョコのケーキが食べたかった……」
「私はフルーツタルトが良かったです……」
「ふふふ、やっぱりケーキはチーズが一番ですね」
「私はどれも美味しかったなぁ~はぁ……クロさまが御婿に来て下されば毎日食べられるのに……」
サキュバニア帝国のメイドたちの控室ではある意味勝ち組と負け組に別れていた。自身の好みのケーキが食べられた者は悔いを残さないだろうが、そうではない者はその味を求めて悔いを残しているのである。
「クロさまから頂いたレシピである程度は再現し、近いものは作られるようになりましたが……」
「フルーツケーキは乗せている果実の甘味が違いますよね」
「チーズケーキもコクが少なく感じます」
「チョコケーキも再現してほしいのですが、チョコの代用品はエルファーレさまから獣王国経由で届けられますが……アレでは話にならないレベルのチョコですし……」
獣王国からサキュバニア帝国へ向けた貿易が本格化し、エルファーレの住む南の島を経由してカカオの輸入には成功しているのだが、肝心のチョコを作る技法がまだまだでその味はまだチョコと呼べるものに達していない。そんなチョコを使いレシピ通り作ったとしても出来上がりの味は誰もが納得できるレベルになるはずもなくメイドたちを含め落胆したのである。
「クロさまがこちらに嫁ぐとしたらキュアーゼさまに頑張ってもらわないとですね! あれだけの色気を持つキュアーゼさまなら落とせない男など皆無! あと数年もしたらチョコ食べ放題になる可能性がありますよ~」
脳内お花畑な新人メイドの言葉に先輩たちは一斉に首を横に振る。
「これだから新人は……」
「クロさまがキョルシーさまにどれ程熱い目を送っていたか」
「えっ!? そっち!!」
「それにシャロンさまにも温かな視線を送っていました。特にシャロンさまへの視線は情熱を感じました。近くで見た私が言うのですから間違いないです!」
「で、でも、シャロンさまは男性で、クロさまも……キャッ!?」
両手を頬に当て顔を赤く染める新人メイド。
「愛の形は無限大です……シャロンさまの幸せを思うなら我々は祝うべき! ですが、その最大の壁となるのがキュアーゼさま……あの方は弟であるシャロンさまを何よりも大切にしておられます。クロさまがこちらへ婿入りする可能性があるとしたらシャロンさまを応援するほかはないのです!」
「あの、私、サロンで聞いたのですが、今度はキョルシーさまがあちらに向かいお礼をすると……」
「そうですね。私もそれを聞きました……ですから、今度旅立たれる時はキュアーゼさまを何としてでもこちらに引き留め、シャロンさまが自由にクロさまにアタックできるようにしなくてはなりません!
もしかしたらキョルシーさまという可能性も生まれるかもしれません! 少しでもクロさまが婿入りする可能性を上げるとしたら、これしかないとっ!」
演説のように語る先輩メイドにまわりからは拍手が巻き起こり、その様子を薄っすらと開いたドアの先から見つめるキュアーゼは頬を引き攣らせ、ギギギギーと音を立てて開いた先にクロからの差し入れであるチョコを大量に持つメイド長を連れた二人を見てメイドたちが悲鳴を上げるのであった。
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