側溝掃除と俺様
翌日になり朝食を食べ終えたビスチェはスコップを片手に薬草畑から外へと繋がる水路を整備していた。
「もう! すぐにサボるな! サボるなら森に帰れ!」
注意を受けたキュロットは怠そうに立ち上がり鍬を使い溜まっている土や砂利を取り除く。
「これ楽しい~」
「楽しいのは良いが水路に落ちるなよ」
「うん!」
ラライはスコップを片手に元気よく返事をして笑顔を振りまき、クロはクワで水路に詰まる落ち葉を取り除く。
「ん……力仕事はメリリさんに任せるべき……」
「私も力持ちなのだ!」
「キュウキュウ~」
「力持ちなのは良いが水路のブロックを持ち上げるのはやめてくれ。白亜も泥だらけじゃないか……」
U字型のブロックは数年前にクロが魔力創造で創り出したもので薬草畑から余分な水が排水できるよう設置したもので、下水としてスライムが多く住む池まで流されている。そのU字型のブロックを持ち上げて力を誇示するキャロットにやんわり注意するクロ。
「冬場はこの作業をしておかないと雪が解けた時に畑が池に変わるわ。キャロットもふざけているようなら竜王国へ返すからね!」
「ちゃんとやるのだ!」
「キュウキュウ~」
「訓練以外にもこうして汗を流すのも楽しいですね」
キャロットや白亜と一緒に小さなスコップで水路からゴミを取り除く聖女タトーラ。飛来に汗をしながら皆と一緒にする作業が楽しいのか休むことなく手を動かしている。
「私は退屈だわ……アイリーンの狩りに参加すれば良かった……ん? あれは何かしら?」
キュロットが視線を空に向けビスチェやクロたちも同じように視線の高度を上げる。そこには流れる雲の他に黒い点が複数見え、ゆっくりとだが高度を落とし、魔力を使い視力を高めるクロ。
「ひとつはドランさんだよな?」
「爺さまなのだ!」
「キュウキュウ~」
「もう一つはオレンジというよりも赤黒い? げっ、あれはドラゴンよ!」
ビスチェの言葉にクロは急ぎラライや白亜に声を掛ける。
「ラライと白亜は屋敷で待機! キャロットに二人を任せるからな!」
「任せるのだ!」
「私も見たいのに~」
大きな胸をドンと叩くキャロットは白亜を抱き、口を尖らせるラライを連れて屋敷に戻り、それを確認したクロたちは敷地の出口へと足を向けながらドランの着地を確認し空を旋回する赤黒い鱗をしたドランと同サイズのドラゴンを視界に入れる。
「他にも小さいのが二匹いるわ。あっちはドラゴニュートかしら?」
「あれは南に住むドラゴニュートじゃないかしら。冒険者時代に見たことがあるわ」
「聖王国よりも遥か南に位置する場所に真っ赤なドラゴニュートが住むと聞いたことがありますが、それでしょうか?」
「師匠目当てだとしたら困るな……今年中に戻ると言っていたが……」
速足で足を進めると視界には冬眠モードのアルーが全身に蔦を巻き丸まっている緑の塊と、片膝を付いて頭を下げているドランが見え、更には魔化したメリリとこちらへ全力で駆けるオモチたちの姿がありクロは嫌な予感を覚えるのであった。
ドランが草原の若葉へと着地する少し前、空を飛びながら高い魔力量を感じ視線を走らせ上空に赤黒い竜の姿を目にすると更に硬度を落とす。
あれは……竜種も見えるが……どの氏族じゃったかの? まあ、どこの誰でも竜種はプライドが高く、こちらから高度を落とせば格下と見てくるじゃろう。無駄な戦いは腰に来るから避けたいし、エルフェリーンさまの敷地近くで暴れてはワシまで怒られるからのう……
それにこれをクロに届け味を見てもらうのが目的。クロの驚く顔が目に浮かぶわい。
魔化したドランの首には巨大な樽が括り付けられ出来立ての日本酒が入れられている。今年収穫した米から作り発酵を終えた日本酒はできが良く、クロやエルフェリーンに早く味を見てもらいたいのだろう。
ゆっくりと着地し魔化を解くドラン。遅れて着地する二匹の赤い竜が魔化を解くと凛々しい成人のドラゴニュートの女が姿を現し、更に着地した赤黒い鱗を持ったドランを見据えながら着地しその姿を人型へと変える。真っ赤ショートカットの髪に整った容姿と金をふんだんに使用した貴族風の服装で、腰には装飾された金のナイフを差している。
「オレンジの鱗を持ったドラゴニュートは竜王国の者たちですね」
「年老いた王族……ドラン殿か?」
ドラゴニュートの女性たちからの言葉に伏せていた頭を縦に振るドラン。
「長く生きているだけあって格上に対するマナーができているな。困ったことがあれば俺様に頼るといい」
完全に上から話す俺様キャラに下げた頭のまま眉間に深い皺を作るドラン。
このような態度を取るとは先が思いやられるのう……エルフェリーンさまに楯突かなければ良いが……
頭を下げたまま飛び去ってくれればと思っていると足音が増えドランの名を叫ぶ声が近づき顔を上げるドラン。そこにはオモチたちとその背には七味たちが騎乗し、先頭を走るアイリーンとダンベルを持ったメリリの姿がありタイミングの悪さに更に深く眉間にしわを作り、急に現れた二人と尻尾をだらりと垂らし震えるリトルフェンリルたちの様子にアイリーンは「オモチたちは先に戻って下さいね~」と声を掛ける。
「うふふ、草原の若葉に御用でしょうか?」
アイリーンがオモチたちへ話していた事もありメリリが口を開くと片方のドラゴニュートの女が眉をピクリと動かし、もう片方は槍を構え石突と呼ばれる槍の刃ではない方でメリリへと突きを放つ。
「がはっ!?」
突きを軽く躱し間合いに入った瞬間にダンベルを持つ右手がドラゴニュートの顔面を捕らえ吹き飛び、ドランは左手で顔を押さえて大きくため息を吐く。
「ほぅ、あの突きを躱し反撃までしてみせるとは驚きだ。それに見たことのない武器を持っているが、それは?」
貴族風の者から賛辞と取れる言葉を受け、微笑みを浮かべて手にしているダンベルを上下させ口を開くメリリ。
「うふふ、これはダンベルと呼ばれる運動する為の道具で武器ではありません。このように動かし二の腕の脂肪を燃焼させスッキリとした理想の体型へと近づかせる為の重りです」
武器として認識していた貴族風の者は目を丸くし、吹き飛ばされたドラゴニュートへ駆け寄る同僚だろうもう一人のドラゴニュート。
「メリリさんは大丈夫ですか?」
駆け寄るアイリーンにメリリはダンベルを上下させていた手を止める。
「はい、あの程度ならまったく問題ありません。アイリーンさんの方が数倍早いですねぇ」
「ほぅ、こちらの美しい少女も只者ではないと……」
「美しい……どうしましょう!? メリリさん、この人は中々の目利きですよ!」
キャッキャと喜ぶアイリーン。「こちらの少女も」という言葉にメリリも美少女枠だと言われ認識すると微笑みから笑みに変わり身をクネクネと動かし、ドランはこのやり取りに、早くこの場へエルフェリーンが現れるよう心の中で祈る。
「これでも炎帝の系譜……俺様は力ある者と美しい者には理解がある……が、家臣が殴り飛ばされて手を出さぬのも後で問題になるのでな」
そう口にするとゆっくりとメリリに近づき拳を振り上げ、一瞬にして巨大な竜の腕へと変化したそれでメリリを薙ぎ払う。空を切る音が響きそれと同時に金属音が複数起こり俺様キャラは片眉を上げる。
「確かに重い一撃だが鱗に覆われた俺様にはダメージがないぞ」
「うふふ、私も当たらない一撃ではダメージがありませんねぇ」
二人はニヤリと口角を上げ笑い合い、アイリーンは思う。
これはバトル編に突入ですね~と……
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