救出と報告
人を丸々包み込める球体のシールドに身を包んだ三人と一匹が洞窟内に侵入すると、カビの生えたような臭いに顔を歪ませるクロ。エルフェリーンとアイリーンは気にしていないのか足を進め、光が届かなくなると薄らと光る壁にヒカリゴケが確認できる。
≪この先もヒカリゴケで薄ら見える。一本道で途中に捉えられている人が八人。奥に五人の悪そうな人≫
アイリーンからの文字に無言で視線を合わせて頷き足音を立てない様に進むと、自然の洞窟にはないだろう鉄格子が視界に入り中にはアイリーンの報告通りに捕らわれている女性が視界に入り、慌てて視線を外すクロ。女性たちは下着姿に手錠と足錠を嵌められ顔には痣がある者もおり抵抗しないよう心を折ったのだろう。
≪鍵は簡単に壊せそう≫
宙に浮かぶ文字に頷き横たわる女性たちは呼吸を繰り返している事を確認したエルフェリーンは、指で通路を差し先に進む事を優先する。
そのまま数メートルを進むと横穴があり、十人いれば十人が盗賊だと呼ぶだろう男たちが寝息を立てており、簡素な部屋には魔物の皮が敷かれ木箱には食糧や水の入った瓶に酒などが置かれている。開いている瓶も多くそれなりの期間使用されていたのだろう。
更に奥にも洞窟は続いているが時折キラキラとヒカリゴケの光を乱反射させる蜘蛛の糸が張られ、アイリーンが逃亡防止に用意したのだと窺えた。
「アースバインド!」
≪私も糸で拘束する!≫
エルフェリーンの魔術により寝ている者たちを土でできた紐が拘束し、更にアイリーンの魔糸が口と手足を拘束する。
≪他に人の姿はない。捕らわれている女性を助けてあげて。それと御遺体があるのはその先の少し小さな入口の穴の中≫
宙に浮かぶ文字に眉間にしわを寄せるエルフェリーンとクロ。
「こいつらはシールドの乗せて外に出しますね」
「捕まっている子たちは女神の部屋に入れて運ぼうか。あの空間は少し眩しいけど聖属性の効果があるから心が安らぐはずだよ」
≪クロさんのチートが役に立いますね≫
「俺はお前の潜伏能力や強度の高い糸の方が遥かにチートだと思うけどな」
「僕はクロとこいつらを外に出すから捕まった子たちを見ていてくれ」
≪了解! 毛布を撒いておく≫
洞窟の幅を考えシールドを盗賊の横に発生させ体を転がし乗せ、それを五回繰り返してシールドを浮かせるクロ。落ちない様にアイリーンにシールドと盗賊を糸で固定し運び出す。
外に出るとビスチェとルビーにギルドマスターの姿が確認でき、その後ろには七階層の入り口にいるはずの『ザ・パワー』の面々がおり、慌ててこちらに走って来る。
「罪人を運ぶのを手伝うぞ!」
「さっき『豊穣のスプーン』から報告は受けたからな! クロは女性たちを頼む!」
「俺たちが女性を担いで外に運ぶと誘拐と勘違いされるからな!」
上半身裸の『ザ・パワー』の面々は盗賊よりも厳つく、事情の知らない第三者から見たらどちらが犯人かはすぐには理解できないだろう。
「ありがとうございます」
シールドを地面に置き解除すると落ちない様に拘束していた魔糸だけをアイテムボックスに収納するクロ。『ザ・パワー』の面々は笑顔で胸をピクピクさせると縛られた男たちを担ぎ上げると「気を付けて帰ってこいよ」と声を掛けて足を進める。
「後はここに集まって来る農作業を強要された者たちと、捕まった令嬢たちだな」
「すぐに連れてくるよ。ギルドマスターは八階層を封じている『銀月の縦笛』を呼んで来てくれるかい? 大人数で帰る時は護衛が大変だからね」
「お任せ下さい。これでもトレーニングを欠かした日はありませんから」
ギルドマスターは腰に差したショートソードに手を掛けながら『銀月の縦笛』を迎えに早足で八階へと下りる階段を目指す。
「さぁ、残りの子たちを救助に向かおうか」
エルフェリーンとクロはアジトへと戻るのだった。
「その様な事があったのですか……」
「僕も驚きだよ。ダンジョン農法を発見したケイル・レミ・ポーミラも違法植物の栽培に使われるとは思ってなかっただろうね」
ダンジョンから急いで撤退すると国王軍が動きだしており事の顛末を伝えた冒険者たちを乗せ一度王都へと戻り、眠る罪人と保護した者たちを兵士の宿舎を借りて傷の手当てや入浴を済ませ、その頃には目が覚め意識を取り戻した女性たちや冒険者。
『草原の若葉』は事情聴取という名目で王城へと呼ばれ、王族用のサロンで国王とその捕らわれていた家族の伯爵夫婦とお茶を飲みながら事情を説明していた。
「私としては娘たちを……ありがとう……本当にありがとう……」
やや太り気味の男は王都より南に進んだ港町周辺を治める伯爵で名をイルルカ・レミ・シードルといい、専属冒険者として活躍していた者を妻として迎えた変わり者として貴族社会では有名であり、その娘が冒険者の母から影響を受けた事もあり昨今の自身で買った魔物の魔石をアクセサリーにするというブームを作った張本人である。そして、捕らわれていた者の中でも頬に痣があったものがその娘であった。
「私がもっと注意するように言い聞かせれば……いえ、一歩間違えれば死よりも恐ろしい未来が待っていたのですね……この度は迷惑を掛け申し訳ありません」
元冒険者という事もあり『草原の若葉』へ躊躇なく頭を下げたのは母であるレンジュ。両目からは涙が流れ落ち化粧が崩れてはいるが、母として単身でダンジョンへ乗り込もうとした所を家臣たちから羽交い絞めに合い止められたのだ。
「それは成り行きで保護しただけだからね。それよりも、背後に何かしらの大物がいる気がするね。ダンジョン農法で違法植物を栽培したり、冒険者を捕まえてその労働力にしたり、貴族の娘だけ隔離して奴隷として売り捌こうとした事も気になるね。
何よりもダンジョンの入り口が他にあるという事を知っているのが解せないよ。アイリーンの糸で簡単に封じてあるけど、そこは冒険者ギルドか国に確かめてもらって完璧に塞ぐか警備を置くかした方がいいかもしれないね。
もし、これに他国が関わっているとしたら大問題だし、この国に何かしらのちょっかいを掛けているとしたら重大な問題だよ」
エルフェリーンの言葉を受ける国王陛下とダリル王子と宰相は真剣な眼差しで頷き、その隣のテーブルではポテチを口に入れ微笑むハミル王女とアリル王女にビスチェとルビーに白亜。クロだけは空気を呼んで口にしてはいないがポテチはクロが出したもので、パリパリとした音がサロンに響き渡り申し訳なく思うクロ。
≪国同士の喧嘩になれば、それは戦争……≫
「そうだね。戦争は多くの命が失われる最も愚かな行為だよ。僕としては単身で乗り込んで相手のお城を破壊するだけの戦争に変えるべきだと思うよ」
「確かにそれなら無駄な犠牲を出さずに済みますな……」
宰相が納得した様に頷きながら言葉にする事に危機感を覚えるクロ。
「実際に帝国はエルフェリーンさまが潰され……幾つかの国に別れましたな……圧政を敷いていた帝国は一年もしない内に滅びたと言い伝われております。我が国はその様な事がないよう努めている心算ですが、先日の事もあり注意するぐらいしかできません」
呪いやアンデットの事もあり身を小さくする国王陛下。
「注意する事は大事だからね。ケイルの子孫が今でも健在で優秀ならその功績を表彰して挙げられないかな? どうせなら子孫にダンジョン農法を継いでほしいよ」
「ポキーラ家は今でも魔術士を輩出する伯爵家ですな。変わり者が多い家系ですが一人ぐらいは引き受けてくれる者もいるでしょうから話してみましょう」
「押しつけはダメだからね。先代の意思を継ぎたい者に任せてくれよ~資金が必要なら僕が出すからダンジョン農法を試してくれると嬉しいな」
「はい、出来得る限り国からも協力させて頂きます」
こうしてダンジョンでの素材採取と違法麻薬に誘拐事件は一応の解決を迎えるのだった。
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