チーランダの涙
収穫祭を一日残しながらもクロたちはエルフェリーンの転移魔法を使いコバルト領へと転移していた。その際にレトリーバル一家とその家臣や連れてきた兵士なども転移し、最果ての町と呼ばれるポンチーロンが住むコボルトたちの町へと辿り着く。
「おお、本当に一瞬で最果ての村まで……」
「ほらほら、驚くのは構わないけど足を止めない! 後ろの兵士もさっさと歩く!」
一瞬にして違う風景に変わった事で足を止めるレトリーバル辺境伯に注意するビスチェに大物だなと思いながらもクロとアイリーンに聖女タトーラは先を急ぎ村へと走り、普段は門番が立つ村の入口を抜け広場に辿り着くと多くの怪我人の姿が目に入りクロはヴァルを召喚し、アイリーンは急いで広域で回復魔法を使う。
「エリアハイヒール!」
「ヴァルは重傷者がいるだろうからエクスヒールを頼む」
「はっ!」
「私も行きます!」
召喚されたヴァルはクロに膝を付き頭を下げながらも気配を探り重傷者が集められた家を特定すると翼を羽ばたかせ不法侵入し、悲鳴が上がるもお構いなしに足を進めエクスヒールを使ってまわり、聖女タトーラも近くで腰を痛めた老人の下へと走る。
「三人に任せれば大丈夫だろうけど、ポンチーロンは大丈夫だよな……」
クロ的には友人という枠に入るポンチーロンとその母であるリンシャンの顔が浮かび、広場で回復魔法を受け背筋が伸びたコボルト族の老夫婦が目に入り声を掛ける。
「あの、大丈夫ですか?」
痛々しく包帯を腕に巻いた老人のコボルトはクロと目が合うと手を合わせ拝み、一瞬意味が分からなかったが「天使さまを携えた死神さまがお迎えに……」と呟く老人の言葉をすぐに否定する。
「自分は『草原の若葉』のクロといいます。領主であるレトリーバルさまにお願いされてキャッスルベアの討伐に来たのですが血の臭いが気になって先にこちらに来たのですが、『若葉の使い』は、」
「クロ!」
事情を説明していると聞きなれた声が耳に入り左手に包帯を巻いたリンシャンの姿が目に入り立ち上がるクロ。
「リンシャン!」
「うん! クロたちが来てくれたの!?」
「ああ、王都でレトリーバルさまに頼まれて討伐に来たが無事で良かったよ」
その言葉に顔をくしゃくしゃにするリンシャン。湧き上がる涙にクロはアイテムボックスからおしぼりを取り出してリンシャン渡しながら何があったか聞こうと口を開こうとするが、遅れてやってきたレトリーバルや兵士たちに広場が騒めく。
「報告を受け討伐部隊を編成し、エルフェリーンさまのご助力もあり早めに来られたが、誰か説明できるものはいるか!」
レトリーバルの家臣の叫びに村長だろうコボルトの男が事情を説明に立ち上がり、それを視界に入れながらもリンシャンへ向き直る。
「あのね、私を守ろうとしてロンダルが、うぐぅぅぅ、ロンダルがぁぁぁぁ、わぁ~ん」
泣きだすチーランダにロンダルの顔が思い浮かび、クロは遅れてやってきたビスチェやエルフェリーンたちと合流し涙するチーランダを慰めようと声を掛けようとするが、どう声を掛けたらと思っていると「クロ兄ちゃん!」と叫ぶ声が耳に入り振り返る。
「エルフェリーンさま方も総出で来てくれたのかい」
赤ちゃんを抱くポンニルとその横には弓を持ったロンダルの姿があり、生きていた事に喜ぶもチーランダの涙する姿に疑問が湧く一同。
「なあ、チーランダが凄く泣いているけど、ロンダルは生きているわよね?」
皆の疑問をビスチェが口にするとロンダルは苦笑いしながら体の向きを変え、包帯で包まれている尻尾を見せる。
「チー姉ちゃんを庇って尻尾が半分になった……そのせいで一昨日からずっと泣いてて……」
「はぁ……良かった……それぐらいならすぐにアイリーンでもヴァルでも治してくれるよ……はぁ……」
「良くない! 私が油断したから……わぁ~ん……」
クロの襟を掴み揺さぶりながら勢いが増し、グルグルと回転しながら涙するチーランダ。
「うおっ!? おい、やめろ! 痛くはないが恥ずかしい!」
チーランダに襟を掴まれグルグルと回転する出し物に白亜とキャロットは目を輝かせ、報告を聞いていたレトリーバルや家臣たちは何事かと集まる視線に、クロはチーランダを宥めることに必死になるのであった。
「良かった……良かったよぉ~」
村中の重傷者への治療が終わったアイリーンからエクスヒールを受け尻尾が元通りに再生されたロンダルを見て改めて涙するチーランダ。ロンダルはそれが恥ずかしいのかモジモジとしながらクロの後ろに隠れ、アイリーンがハァハァするのを視界に入れない様にしながらも作戦会議が行われている。
「おほん、それでキャッスルベアは五頭確認され、そのうち三頭が畑を襲い村の若い者たちで追い払ったのだな」
「はい、その時に数名が重症を負いましたが亡くなった者はいません。畑も小麦は収穫後で芋類に多少被害が出ましたが問題ないです」
村長の息子からの言葉にホッと胸を撫で下ろすレトリーバル。被害が出ているが幸運にも死者はなく、更に四肢が損壊しても再生できるエクスヒールが使えるヴァルとアイリーンの存在に多くの村人が感謝している。もちろんレトリーバルも深く頭を下げ村人の回復を感謝していた。
「僕たちはキャッスルベアの討伐に行くから、みんなは適当に待っていてくれ」
「討伐が終わるまでは村の外に出ちゃダメよ! ここは師匠の結界が張ってあるから大丈夫だと思うけど、キャッスルベアはそれなりに危険な魔物なの」
「それなりって……かなり危険な魔物だが……」
ポンニルが呆れたように口にするがそれは認識の違いだろう。一騎当千を誇るエルフェリーンや、精霊魔法の使い手のビスチェに、ドラゴニュートのキャロットからしたら大きいだけの熊という認識である。
「我も手伝うから任せておくのじゃ」
「はいはい、私も頑張りますからね~」
「うふふ、ダイエットの為には体を動かさないとですねぇ」
ロザリアとアイリーンにメリリも参加を希望し、クロは師匠たちなら問題ないだろうとアイテムボックスのリストを弄りながら炊き出しの準備でもしようと大鍋を取り出したところでビスチェから向けられたジト目に気が付く。
「クロはどうして大きな鍋を出したのかしら? 武器なのかしら?」
「いや、俺は非戦闘員だからな。炊き出しをして待っていようかと……」
「天使を従え精霊王さまと契約する非戦闘員とか、それは宝の持ち腐れですね~」
「キャッスルベアはクロでも十分に倒せるぜ~クロはもっと自信を持つべきだよ~」
「うむ、普段からもっと戦闘訓練をして自信を持たせるのも必要じゃな」
「キュウキュウ~」
好き好きにクロを評価しながらも戦わせようとする乙女たち。だが、白亜だけは心配なのか背中に抱き付き情けない鳴き声を上げる。
「心配してくれるのは白亜と城に残ったシャロンだけだよな……はぁ……グワラさん、白亜をお願いしますね」
「はい、お任せ下さい。ささ、白亜さまはここでクロさまの無事を待ちましょう。お菓子のご用意もありますよ」
「キュウキュウ!」
テンションの上がった鳴き声を上げグワラに飛び付く白亜に多少思うことはあるが、アイテムボックスから飴やお菓子を大量に取り出しルビーに預けるクロ。
「村の子供たちにも配ってやってくれ」
「任せて下さい! あの、ウイスキーも配った方が印象良いと……」
ルビーはどこまでもルビーであった。
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