レトリーバル辺境伯とお披露目レース
私は何故に国王陛下や第二王妃さまにエルフェリーンさま方と部屋を共にしているのだろうか………………
レトリーバル辺境伯は困惑していた。
勝手に遊びに出た娘を探し長い廊下を走り回り、近くにいたメイドたちにも協力してもらい会場を探し、まさか最上階の王室だけが利用する階に紛れ込むとは思いもしなかったのである。
本来ならきつく説教しただろうが、保護した相手があの『草原の若葉』の関係者で、なかでも要注意人物であるクロ殿であったことからその場で注意することは避けたのだが……
どうして私まで国王陛下と席を共にすることに……
そりゃ、アリル王女さま方に娘が誘われ我々が国王陛下に挨拶しないというのも失礼だろうし、足を運ぶことになったが、そのまま式典が始まるとは……
レトリーバルの眼下ではサーキットコースを数台のレーシングカートが停車し、第一王妃リゼザベールが下車してヘルメットを外す。長い金髪が風に舞うように広がりそれを手で軽く直すとざわめきが起こり、第一王妃リゼザベールが運転していた事に皆驚いているのだろう。
「王妃さまだ! 王妃さまが操縦していたぞ!」
「あんなに小さいのに凄いスピードだった!」
「エルフェリーンさまが乗っていたものは遅かったが、こっちは凄い速度だった!」
観衆から声に手を上げて応える王妃リゼザベール。他の者たちもフルフェイスのヘルメットを取って顔を出し貴族の婦人たちが手を振る姿に歓声が増し会場は多くの拍手に包まれる。
「まあ、王妃さま以外にも女性が操縦していたの! あっちは公爵夫人に宰相様の婦人もいるわ!」
「お母さまの狙い通りに驚いていますわ」
「うんうん、これからはリゼザベールの人気も上がって楽しくなりそうだね~」
レトリーバルの妻であるソルカ辺境伯夫人が驚きの声を上げ、一緒にレーシングカートに乗り姿を現した女性たちを口にし、ハミル王女は目を輝かせながら微笑み、エルフェリーンは新しい時代の幕開けを歓声の中で輝く女性たちに感じているのだろう。
「馬や魔物を使ったレースは見たことがあるだろう。それと同じことを貴族の婦人たちに教えたのだよ……はぁ……我は心配しているがエルフェリーンさまが安全面を考え作られてものだから口出しもできん……」
隣に座るレトリーバル辺境伯へ小さく愚痴をこぼす国王。レトリーバルはどう答えてもものかと考えながら口を開く。
「エルフェリーンさまが安全だというのなら安全なのでしょうが陛下が心配する気持ちも理解できますな。登場した際にはすごいスピードで駆け抜けて参りましたからな……それにしても凄いですな。あのような乗り物があるとは……」
「そうだろう、そうだろう。アレはレーシングカートといって異世界の乗り物をこちらの技術で再現したんだぜ~僕は魔道駆動と名付けた動力部が魔力に応じて回転して推進力にしているんだ。人が数十人で乗れる大きな物も作ったぜ~」
「それは素晴らしいですな。人が多く乗れるのであれば馬車よりも安全な旅ができ、流通にも革命が起こりそうですな」
国王とエルフェリーンに挟まれながらも必死に立ち回り頭を回転させるレトリーバル。
「大きさはどうあれ、我は事故の心配をしてしまう……」
「ある程度の速度の規制ができれば安全かもしれませんが、おっ、また乗り込みましたな」
「これからレースが始まるぜ~三週走って一番を決めるんだ」
眼下ではレーシングカートに乗り込んだ五名がスタート位置に移動し、大きなフラッグを持つ兵士が高々に掲げると会場の空気が変わりざわついていた民衆たちもスタートを待つ。
「お母さまガンバレ~」
アリル王女の応援に緊張していたレトリーバルは多少なり癒され、フラッグが振り下ろされ走り出すカートへ視線を向ける。
「初速からあそこまでスピードが上がるとは驚きですな」
立ち上がりの速さに驚くレトリーバルはカーブに入ったカートを見つめながらもキャッキャとアリル王女とハミル王女に挟まれ応援する娘のソルラの無邪気さを羨ましく思い、拳を固めて食い入るように見つめる国王と「そこだー!」と叫ぶエルフェリーンに挟まれ声に出して応援して邪魔になるのは避けなければと静かにレースを見守る。
私はこの場ではなく家族と下の個室で見たかったな……
最高権力者である国王と、ある意味権力が無意味な相手であるエルフェリーンに挟まれ観戦するレトリーバルは只々時間が過ぎるのを待っていた。が、レースが二週目に入り白熱する光景に自然と自制心が緩くなり、S字カーブで順位が入れ替わると大きな歓声が上がりレトリーバルも声には出さないが両手を握り締め集中してレースを観戦する。
「母さまが一番です!」
「アリルさまのお母さまは凄いですわ!」
「本当に一位になっちゃった!」
少女たちが喜び飛び跳ねる姿に握り締めていた拳を開き熱中していたのだと気が付いたレトリーバルは隣で涙する国王に驚きながらも冷静になるべく深呼吸をし、クロが差し出したおしぼりを受け取り涙を拭う国王。眼下ではヘルメットを脱ぎ歓声に応える王妃リゼザベールへ嵐のような拍手が送られている。
「最後のカーブは見事でしたね」
「うんうん、リゼザベールが外から内側に入って一気に抜き去ったぜ~中盤でも数回ドリフトをしたけど最後のは本当に見事だったね!」
「ドリフトですか?」
「うん、車体のお尻を滑らせてカーブを曲がる技術だね~速度を落とさずにカーブに入れるから早くコーナーを抜けることができるんだよ。アレは相当練習しているぜ~」
「うむ、ルビーの走りに似ておるのじゃ。先ほどから姿が見えぬが下でアドバイスをしたのじゃろう」
「姿が見えないと思ったらルビーの入れ知恵があったのか。ん?」
白亜に裾を引っ張られ抱き上げるとキャッキャしていた王女とソルラがクロの下に集まり尻尾をフリフリする姿に二人は同じように首を振りキャッキャする。
「白亜ちゃんは可愛いですね」
「可愛くても凄い竜さんの娘さんなのですよ」
「凄い竜さんですか?」
アリル王女の説明に首を傾げるソルラ。母であるソルカも興味を持ったのか聞き耳を立て、エルフェリーンとロザリアらのレーシングカート談義を耳に入れながらも視線をチラチラと娘へ向けるレトリーバル。
「白亜ちゃんは七大竜王である白夜さまの娘さんなのです! すごい竜さんの娘なのです!」
「へ?」
「は?」
アリル王女の説明に口をあんぐりと開ける二人。次第に顔色が青く変わりガクガクと足が震えるソルカ辺境伯爵夫人。ソルラも顔色を青くさせ震え驚いたアリル王女は優しく抱き締める。
「でもでも、大丈夫なのです! 今はクロがお母さんなのです!」
「キュウキュウ~」
甘えるような声を出しクロの胸にグリグリと額を押し付ける白亜。
「せめてお父さんと言って欲しいが……ああ、昨日の夜、遅く帰ったから白亜は今朝から甘えているのか?」
昨晩は草原の若葉支部で遅くなり寝る前にクロに会えなかった事もあってか白亜は甘えモードになり朝からクロのベッドに潜ったのだろうと推測し、その甘える姿とアリル王女が抱き付いた事で顔色が元へと戻るソルラ。
「白夜さまの娘……」
ぽつりと呟くレトリーバルは白亜に甘えられるクロの姿を見つめるのであった。
もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。
誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。
お読み頂きありがとうございます。