迷子と近隣領主
お尻の痛みから解放されたクロはニヤニヤするアイリーンにお礼をしてから一人トイレに向かい、すれ違うメイドや執事たちから昨晩のお礼を口にされ愛想笑いを浮かべていた。
「昨晩は美味しい料理をありがとうございました。城に勤めるものたちは皆喜んでおりました。私もこの歳になって初めて食べる料理に心躍り、シュワシュワとしたビールと呼ばれる酒には本当に驚きました」
「二日酔いになるまで飲んだメイドや近衛騎士さまも初めて見ることができました。白ワインは素晴らしいお酒です!」
「小さな頃から芋は食べていましたが、あんなにも美味しくなるのですね!」
皆表情は明るくクロも無理して魔力を使い料理して良かったなと思いながらも、込み上げてくる尿意の脅威に我慢しながら愛想笑いを浮かべる。
「また料理を披露できる場があれば何か作りたいと思います。七味たちも多くの人に料理が振舞えて楽しかったといっていましたよ」
「まあ、それは楽しみです!」
「美味しい芋料理が普及すれば民たちの食生活も潤い、芋に対しての認識も変わります! 私の故郷は土地が瘠せていて小麦が作ることができませんでしたが、あの芋料理なら毎日でも飽きません!」
毎日は流石に飽きるだろうと思いながらも目を輝かせて話すメイドの長話を耐えていると執事の男が何かを察したのか「そのぐらいにしなさい」とキラキラした瞳のメイドを嗜め、クロは今がチャンスとトイレの場所を聞き出すのであった。
「ふぅ、危なかったな……」
貴族用のゴージャスなトイレを出たクロは帰り道に若干の不安を覚えながらも元来た道を引き返す。まだプレオープンなレーシングカート会場はあまり飾り気がなく長い通路はどこも同じに見えどの部屋だったか聞き耳を立てながら進み、そんな耳が小さな声を拾う。
「はぅ……どの部屋だったかしら……」
キョロキョロと視線を走らせながら歩みを進めるドレス姿の少女に、この子も自分と同じように帰り道が分からなくなったのだろうと声をかける。
「何か困りごとかな?」
クロが声をかけると体をビクリと反応させ振り向く少女。小学生低学年ほどの身長にライトブラウンの長髪が目を引く少女は突然声を掛けられ驚いたのか目をパチクリさせ直立不動で固まる。
「自分はどの部屋から出たかわからなくなって、もしかしたら君もそうなのかと思って声を掛けましたが」
自身も迷子だと口にするクロに対して少女は口をポカンと開けたまま数度瞬きを繰り返し、数秒ほど待つとその口を閉じてスカートを手にカーテシーで挨拶のモーションに入る。
「わ、私はソルラ・レミ・コバルト。西の辺境伯の娘です」
まだ幼く見える少女が確りと挨拶をするソルラに感心しながら、クロも自己紹介をした方がと思い頭を下げて口を開く。
「自分はクロといいます。『草原の若葉』のゴリゴリ係です」
「『草原の若葉』ですか!? 凄いです! エルフェリーンさまのお薬に民たちも助かっていると父さまと母さまが言っていました! 昨日は屋台のお料理が凄く美味しいとピオラが届けてくれて、お芋がとても美味しかったです!」
「それは良かったです。ベイクドポテトのレシピは数日中に商業ギルドで公表されますよ」
「本当ですか! これは母さまにお伝えしないと………………母さまはどこでしょう?」
一気に不安げな表情へと変わり話題を反らすべくクロはアイテムボックスを起動させ、いつも子供たちに配っている飴の袋を取り出す。
「自分も一緒に探しますので、その前にお一つ如何ですか?」
見慣れぬカラフルなパッケージに不安げな表情から興味ある瞳に変わったソルラはクロから手渡された飴を口に入れるか一瞬迷い、クロも自身お口に一つ入れ食べても大丈夫だと知ると匂いを嗅いでから口にする。
「ふわぁ~果物の味がします!」
「美味しいですか?」
「はい! 前に食べたベリーの味に似ています! 甘くて少し酸っぱくてとても美味しいです!」
表情が笑顔へと変わったところでクロは微笑みながらも視線を走らせメイドがいないかと探すが人気はなく、どうしたものかと思いながら手を差し出すとその手をぎゅっと掴むソルラ。
「一緒に父さまと母さまを探しましょう!」
「そうですね。ソルラさまはレーシングカートの見学に来たのですよね?」
「はい、前々から馬を使わない馬車の噂は聞いていたのですがそのお披露目会があると……私の住むコバルト領は馬車を使っても王都までひと月ほど掛かります。お馬さんも長い距離を走ると疲れてしまうので……」
ソルラの話を聞きながらレーシングカート以外にも軽トラのような乗り物やサロンバスのような魔道駆動を使った車を開発していたが、それらが噂になったのかと思案するクロ。
「ひと月も馬車に乗って旅をするのは大変そうですね」
「大変ですが楽しかったです! 大きな亀さんやコボルトの冒険者さんにも会えました! お耳が可愛いのにとっても強かったです!」
「コボルトの冒険者は自分の知り合いにもいますね」
「そうなのですか!?」
「『若葉の使い』というパーティー名で師匠の作ったお薬を村々に届けてもらっています」
「チーランダさまと、ロンダルさまに、リンシャンさまです!」
目を輝かせて声に出すソルラ。自身が知る『若葉の使い』たちと同一人物だった事がわかり世間は狭いなと思うクロ。
「少女に声を掛ける不審者を発見!」
「うふふ、クロさまはやはり若い方が好みのようですねぇ」
「あら、若いというよりも幼いではなくて」
ソルラと手を繋ぐクロを指差し叫ぶアイリーンに、右手で口元を隠し微笑むメリリと、ニヤニヤと口角を上げるキュアーゼ。
「頼むから不審者とかいうなよ……」
「不審者なのですか?」
手を繋いだまま純粋な瞳を向けて来るソルラにクロは首を横に振ると安心したように笑みを浮かべ、アイリーンたちと合流する
「この可愛い少女は迷子さんですか?」
「ソルラ・レミ・コバルトです」
クロと手を繋いでいる事もあり左手だけでカーテシーをするソルラに、アイリーンはニコニコと口角を上げメリリやキュアーゼも表情を緩める。
「可愛いわね~キョルシーを思い出しちゃうわ~」
「本当に可愛いですね~ん? コバルト? それってコバルト領のご令嬢さま?」
「はい、ターベスト王国の西の辺境伯です」
「それってポンニルさんたちコボルトが多く住む所ですよね」
「はい、コバルト領は人族よりも亜人種が多く特にコボルト族が多いです。エルフェリーンさまの住む大きな森の前までを治めています」
得意げに話すソルラだがその間もキュアーゼに頭を撫でられご満悦の表情である。
「少し前に行ったけど良い村だったよな」
「うふふ、ポンニルさまの赤ちゃんも可愛かったですねぇ」
「ソルラちゃんとはご近所だね~暇ができたら遊びに行ってもいいかな?」
アイリーンが適当に話を振ると目を輝かせるソルラ。キュアーゼも撫でる手を止めて口を開く。
「それなら今度グリフォンに乗せてあげるわね。空を飛ぶのは楽しいわよ」
「グリフォン!? 父さまが前にお話ししてくれました! 鳥さんだけど獅子さんですごく強い神獣さまです!」
「サキュバニア帝国では多くのグリフォンを飼っているわ。今日はシャロンが小さなグリフォンを連れてきているから撫でてみる?」
「ふわぁ~撫でたいです! 撫でてみたいです!」
目をランランに輝かせるソルラを気に入ったのかキュアーゼが抱き締め優しく撫でまわし、コバルト領に使えるメイドが探しにきた時には姉妹のようにキュアーゼに懐くソルラであった。
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