襲撃者とチーズの購入
大通りに面した錬金工房草原の若葉支部に入ると独特の香りが鼻に抜け懐かしさを感じるクロ。サワディルは大声で「遅くなったかな~」と叫び、聖女タトーラはクロの横に付き警戒しているのか拳を固めて足を進める。
「そこまで警戒しなくても大丈夫だよ」
「いえ、このように薄暗い場所は何があるかわかりません。暗闇に紛れるのは暗殺者の常套手段です」
「ふふふ、あらあら、それなら私も暗殺者のような対応をした方が良いのかしら?」
二階からランタンを持って現れたスレインは何やらご機嫌で聖女タトーラに合わせてランタンを掲げる。
「もうお休みでしたか?」
本来であれば魔法を使った光球や光を生み出す魔道具などで照らされているのだが、外から入る月明かりぐらいで薄暗い店内にもう寝たと思ったのだ。
「ふふふ、お祭りの日は火を早めに落として二階から外の明かりの見るのが好きなのよ。屋台の明かりや魔法の明かりに人々が照らされて騒ぐ姿を見ると昔を思い出すわ」
ランタンを持ち微笑むスレインの表情は穏やかだが、錬金工房の吹き抜けの二階から降りてくる姿はちょっとしたホラーに見えクロの横で震える聖女タトーラ。
「気を付けて! 襲撃者かな!」
サワディルの叫びに震えていた聖女タトーラが瞬時に警戒体勢に戻り叫びを上げる。
「ひゃんっ!? ちょっ!? サワディルさま!!」
「襲撃者は私かな~聖女ちゃんは可愛くて襲っちゃうかな~ウリウリリリリ~あっ! 思っていたよりも腹筋が凄い!」
先に工房へ入ったサワディルは中に入るなり薄暗い事を利用しカーテンの裏に隠れ、スレインが二階から降りることを知っていたのか視線が上へ向いたところで聖女タトーラに抱き付いたのである。
「はわっ!? 脇は! キャハハアハハハハハハ」
腹から脇を重点的に攻めるサワディルと笑い声を上げる聖女タトーラ。ゆっくりと階段から降りてきたスレインが説教モードに入り、長時間コースで怒られたのは仕方のない事だろう。
クロはベイクドポテトとモツ煮込みにスレインの好きなお酒各種をテーブルに置き涙目で怒られているサワディルを懲りない人だなという視線を送り、スレインへ書置きを残して錬金工房を退出するのであった。
「スレインさまは怒ると怖いですね……」
聖女タトーラが呟くように口にし、クロは無言で頷きながら薬品の瓶を割った時の事を思い出しながら、時折叫び声のような盛り上がりをする夜道を進む。
「確かに怖いが、それ以上に優しい人だよ。俺が掃除の時に誤って薬品の瓶を割った時は凄く怒ったけど怪我して心配してくれたっけ。ばれないように薬品を雑巾で拭き取ろうとして激怒されたよ。素手で触ったら手が溶けたかもしれないとか言われたな……」
「そ、それは怒られて当然かもしれませんね……私も大司教さまや司教さま方に何度も怒られました。急に走り出してはダメとか、祈りの途中で寝息を立ててはいけないとか、殴る前に説明なさいとか……世界は理不尽です……」
話したエピソードとは若干違うことに心の中でツッコミを入れるが、聖女タトーラもクロに追従するようになり盲目的だった信仰心は若干だが薄まり普通に話すことも増えてきている。今のように自信を卑下するような話しをすることはなく、濁しながら自分の話よりもクロの話を聞きたがったのである。
クロとしては心の中でツッコミを入れたがその変化が嬉しいのか微笑みを浮かべ、目当ての屋台を前にアイテムボックスから財布を取り出す。
「今年もやっていて良かったよ。すみません」
「あいよ! って、クロさんか! ベイクドポテトとスープを食ったがどっちも美味かったよ!」
「チーズを溶かすと美味いのをこの街のでも知ってもらえたのは嬉しかったね!」
王都の入り口付近は広場になっており多くの屋台が営業中で、多くの市民が屋台料理に舌鼓を打っている。その中の一店がビスチェのお気に入りのチーズ専門店で近隣の村から足を運び出稼ぎに来ている屋台である。
「今年も大量に購入しても大丈夫でしょうか?」
「ああ、去年もそうだったね。『暴風のビスチェ』さまが気に入ってくれていたから今年も多めに持って来ているよ。ベイクドポテトの件もあって熱すると溶けるチーズを多く聞かれたし売れ行きも上がって感謝してるよ」
「去年は十キロ単位で買っていたが今年はどうする?」
屋台の夫婦が身を乗り出してクロに話し掛け、クロは屋台に並ぶおつまみようにカットされたものではなく見本のように飾られている大きなチーズを指差して注文を口にする。
「前に買った丸いアレを丸ごとと、カビのチーズと、後は適当にお願いします」
「適当ねえ、大きめに切ったチーズがいいかしら?」
「はい、自分でカットしますのでそれでお願いします」
「まずはこれからな。重いから気を付けろよ」
成人男性が一抱えするほどの大きさの丸いチーズを聖女タトーラが軽々と受け取りアイテムボックスに収納するクロ。他にも一キロ単位のブロックでチーズを受け取り料金を支払う。
「あ、あの、クロさま。チーズにカビが生えていたのですが……」
不安げな表情を浮かべクロの裾を引く聖女タトーラ。
「あのカビはチーズの旨味を引き出す力があるカビだからね。食べても問題ないし癖にある美味さだよ。ここいらの人にはあまり人気がないがクロさんは去年も大量に買ってくれたからね。少しだがこれも持って行きな」
「ありがとうございます。師匠やビスチェたちが喜ぶと思います。そういやロザリアさんもチーズが好物だったな」
屋台のおばちゃんから数種のカットされたチーズが乗るかまぼこサイズの木の板を受け取ると青いカビの生えているチーズを口に運ぶクロ。
「ほ、本当にカビを食べても大丈夫なのですか?」
「ああ、少ししょっぱいがまろやかで癖になる味だな。ワインと合わせると最高だし、蜂蜜やピザにしても相性がいいな。苦手な人も多いが食べ慣れると止まらなくなる味だよ」
そう言いながらチーズを持つ手を聖女へと向けるとカビの生えていないチーズを指で摘み口にする。
「食べやすく料理をしてからの方がいいかもな」
「うちの村でも苦手な人はいるからね。クロさんの料理の腕なら問題ないだろうよ」
屋台の夫婦からの言葉に美味しい料理を作ろうと思案しながらお礼を言って足を進める二人。他にも数件の屋台をまわり大量に購入し喜ばれ、クロが寄った屋台には街中の人々が目を光らせているのか一瞬だが行列が発生する。
「今年もクロが寄った屋台に人気が出るな」
「クロが選ぶ屋台は外れがないね」
「クロが寄った事を宣伝する店主も多くなったからね~このチーズもワインに良く合うよ」
尾行している訳ではないが冒険者『荒野の骨付き肉』の三名のコボルトたちは先ほどクロが寄ったチーズの屋台で購入した物を口にしてワインで流す。他にも魔物の肉を串にした物や小さなカニを揚げたものなどを手に持ち収穫祭を楽しんでいる。
「聖女の噂は聞いていたが本当にクロと仲が良さそうだな」
「カップルに見えるね~」
「聖女さまと結ばれるとかクロも大物になったものだよ」
目を細めながらイチャイチャとはいかないまでも楽し気に屋台の料理を購入し食べる二人を温かく見守る『荒野の骨付き肉』たち。他にも町の住民や冒険者などからその視線を集めているが本人たちは気が付いていないのか屋台を楽しむのであった。
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