サワディルの帰り道
「クロ! スープと芋の料理は美味かったぞ!」
「前のカラアゲも美味かったが、今回の芋が最高だったよ!」
「また屋台を出してれくれよ!」
大通りを歩くクロへ顔見知りの冒険者たちから声を掛けられ「おう」と手を上げて声を返すクロ。聖女タトーラはそれが嬉しいのか胸を張り澄まし顔で耳を傾け、サワディルも弟弟子が皆に必要とされているのが嬉しいのか得意げな表情で足を進める。
「みんな食べに来てくれたんだな」
ぽつりと呟くクロにサワディルが大忙しだった裏方を思い出す。
「トングを使って玉ねぎを乗せる作業はもうしたくないかな~今夜夢に見そうかな……」
「それはありそうですね。自分でもどれだけ作ったかわかりませんよ」
「多くの皆さまが勝って食して頂けたのは理解できますね。ほら、街の皆さまがクロさまに手を振っておられますよ」
収穫祭という事もあり多くの冒険者や住民たちが酒を片手に屋台で食事をしているがクロが目に入るたびに手を振り「芋が美味かった」や「モツ煮込みが美味かった」と声を上げる。
「大変でしたが、やって良かったな……」
「そうかな~大変な分だけ達成感はあったかな~」
「皆さまの笑顔とクロさまの御力に慣れて良かったです」
疲労感を感じながら足を進めていると横道から不意に現れた厳つい顔の冒険者だと思われる二名がクロと視線が合い「クロ!」と驚きの声を上げ、聖女タトーラは瞬時に臨戦態勢へ入り拳を構える。
「シュッシュッシュッシュ」
威嚇しているのかシャドーボクシングをする聖女タトーラに二名の冒険者は呆気に取られ、クロは見知った仲なのか声を掛ける。
「『熱い鉄』のお二人ですよね。ドワナプラ王国に戻ったと耳にしましたがこっちに帰っていたのですか?」
「おお、クロ。昨日戻ったぞ!」
呆気に取られていたドワーフの冒険者である『熱い鉄』の二人は我に返り口を開き、聖女タトーラは知り合いだと確認するとコホンと小さく咳払いをしてクロの横に付く。
「ああ、クロが屋台を出すだろうと一時的にだが戻った。来年の初めに王子の結婚式を行うからまた戻るが……その、あれだ……」
「すまないが、また売ってはくれないだろうか?」
二人でモジモジとする厳ついドワーフのおっさん二人の姿にピンときたクロはアイテムボックスから業務用のウイスキーを四本取り出すと目を輝かせる『熱い鉄』の二人。
「前にも言いましたが祭りの時期の酒の販売は許可がいるので差し上げますよ。ドワナプラ王国を生き返りするのも大変でしょうし……」
「おう、確かに大変だが、今はこの酒をどう飲もうか考える方が大変だな!」
「この量のウイスキーを飲むのだ。ツマミとする屋台も選ばなければ酒の神から罰が当たるぞ!」
「一度に全てを飲もうとか考えないで下さいよ。ウイスキーはアルコール度が高いですから数回に分けて飲んで下さいね」
ひとつ5リットル入りの大型ペットボトルを軽く持ち上げる『熱い鉄』の二人。ドワーフという事もあり背はそれほど高くはないが腕は太ももほど太く、筋肉質な二人には十キロ程度の重さは負担にならないのだろう。
「金が払えないのであれば何かお礼を考えなくては……」
「前はナイフを打ったが……ドワナプラに戻れば珍しい鉱石が色々ある。今度こちらに来る時にでも持ってくるぞ!」
「珍しい鉱石なら師匠やルビーも喜びますね。ああ、知っているかもしれませんが明日はレーシングカートのお披露目会とレースがありますから楽しめると思いますよ。鍛冶ギルドと錬金ギルドが協力して新しい乗り物を作りましたから移動の足に使える技術もあるだろうし、そこで屋台も出ますから」
第一王妃リゼザベールが主催するレーシングカートのお披露目会の宣伝になればと思い口にするクロ。『熱い鉄』の二人はそれを知っていたのかガハハと笑い二人して口を開く。
「アレは凄い技術だな! 流通が馬車からカートへと変わる日も近いぞ!」
「鍛冶ギルドで見せてもらったがあれは絶対に広めるべきだ! 商人が欲しがるし、飢饉の際には迅速に小麦が運べる! もちろん酒もだ!」
既に鍛冶ギルドでレーシングカートを目にしていたのか目を輝かせながら話す二人。多少の暑苦しさを感じるが子供のように目を輝かせて話す二人のドワーフを前に、苦労して作った甲斐があったのだなと師匠とルビーを尊敬するクロ。
「では、我らはこれで失礼する!」
「必ず礼をするので待っていてほしい!」
丁寧に頭を下げた『熱い鉄』と別れたクロたちは大通りを進み商業区へと辿り着く。この辺りは屋台も多く出ているが殆どの屋台は日が落ちると共に店を閉めガラリとした印象があるが、数台の屋台はまだ営業しており魔法で作られた光球が浮かび兵士たちが巡回するルートなのか数名の兵士たちとすれ違い軽く挨拶をしながら進む。
「もう目の前かな~あっ!? 屋台のおっちゃん! クロ、あの人にもベイクドポテトとモツ煮込みをあげたいかな~」
「知り合いの人なのか?」
「昼頃知り合ったかな~あの屋台で変わった梨を貰って、そのお礼とスレイン師匠の為にクロの屋台に行ったかな~気が付いたら働かされていたかな~」
ジト目を向けるサワディルだが、クロの屋台へ割り込むための口実で手伝いに来たと列を整理する兵士に伝え自業自得なのだが、多少の罪悪感があるクロはアイテムボックスから木製の器に入れたベイクドポテトとモツ煮込み取り出してサワディルに持たせる。
「行ってくる! おっちゃ~ん、遅くなったけど持って来たかな~」
元気に走るサワディルの後ろ姿を見て疲れていないなと思いながらも足を進め、閉店作業をしている屋台へと辿り着く。
「あちち、だが、こりゃ美味いな。多くの人が流れたのも頷ける味だ……」
「それを作ったのが私の弟弟子かな~立派になってお姉ちゃんは嬉しいかな~」
目頭に手をあて感動して泣いている風を装うがニヤニヤと口角が上がり一発で嘘だと分かる演技にジト目を向けるクロ。屋台の主はモツ煮込みを口に入れ目を見開く。
「こっちも美味い! 多くの肉や野菜から旨味が出ているし、その旨味を野菜が吸ってるのか野菜からも美味しさが伝わる。こりゃ自慢したくもなる料理だな……クロという名を最近色々な所で耳にしたが、スゲー人なんだな……」
モツ煮込みからクロへと視線を向ける屋台の店主。
「どちらの料理も自分が知っている料理ですから、それよりも珍しそうな果物が多いですね。この時間だともう閉店ですか?」
「ん、ああ、少しでも村の為に開いていたがな。何か興味がある果物はあるかい? 良ければ料理のお礼に少しなら味見に剥くが」
屋台の店主からの言葉にまだ並べてある果物に目を走らせる。パイナップルに似ているが色が紫色だったりリンゴに似ているが形が三角形だったりと変わったものが多く興味深げに視線を動かすクロ。
「あの、全ての果実を三つずつ下さい。もちろんお代は払いますので、明日にでも気に入ったものがあれば買いに来ます」
「そんなに買うのか? 俺は構わないが……」
「師匠や仲間たちは果物が好きですし、自分も初めて見る果実に興味がありますし、何かの料理に使えるかもと打算ありきですから」
「そのぐらいの気概がなけりゃあこんなに美味しい料理は作れないかもな。すぐに用意するから待ってくれ。この料理のお礼にオマケもするからな」
手際よく木箱に果物を詰め、その間にもまわりを警戒する聖女タトーラ。ファイティングポーズを取りクロの背中に自身の背を向ける。
「この子に取ってはここも戦場みたいかな~」
その言葉にキョトンとするも「クロさまの護衛として常に戦場だという気持ちです」と口にする聖女タトーラ。
クロは静かに警護しているだろう影たちを見習ってほしいと思いながら多くの果物を入れた木箱を受け取りアイテムボックスへと収納するのであった。
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