熱々を
屋台を片付けた後もフル稼働でモツ煮込みを配りベイクドポテトをオーブンで焼き上げるクロたち。その料理は近衛兵や兵士にメイドや文官が口にして表情を溶かしている。
「これほど美味しいお芋の料理は初めて食べました」
「こっちのスープも美味しいですね。肉は癖になる食感で野菜も多く食べられ良いですね」
「見慣れぬ野菜も入っているが……この軟らかい意思の様な見た目のものが不思議ですな……」
「それはコンニャクと呼ばれる芋を加工した食品です。中の黒いツブツブはヒジキという海藻です」
城に勤める調理スタッフたちもモツ煮込みを口にして初めて見る食材に興味を持ち、クロのまわりに集まりその製法を聞き出そうと口にする。
「皮を剥かずに料理することでパリパリとした食感を残すとは……これは他の料理にも活用できるかもしれないな……」
「それにこの肉だ。内臓は傷みやすく下処理が難しいし、何よりも臭みが残って食べられたものではないと言われてきたが……これは一切の臭みがない……やはり浄化魔法を料理の下処理に使うという発想がこの料理を生み出したのだろうか……」
「マヨを焦がすというのも素晴らしい発想ですね。チーズとマヨが焦げると風味も高まりますし、何よりも溶けたチーズが美味しいですね」
調理スタッフたちからの質問攻めに答えながらもオーブンをフル稼働させ城に勤める者たちに料理を振舞い、落ち着き始めた頃には空がすっかり暗くなり魔法の光球を浮かべるエルフェリーンや城の魔術師たち。
「どっちも美味しいかな~これは絶対に熱々を持って帰らないとかな~」
モツ煮込みとベイクドポテトを口にしてクロの上着の裾をクイクイと引っ張るサワディル。クロは振り返りスレインの優しい微笑みを思い出す。
「それなら俺も一緒に届けますよ」
「ん? いいのかな? クロも一緒なら暗い夜道も安全かな~私ぐらいの美人になると夜で歩くのも危険だし、クロのアイテムボックスに入れれば熱々を運べるかな~」
「でしたら私も付き添います。クロさまを御守りするのが何よりも優先されます」
日が落ちた街中を一人で歩かせるのは危険だとクロが申し出、更にそのクロを守るためには自分がと聖女タトーラが志願する。
「クロ先輩! その前に工具一式とタイヤをお願いします! 先ほどリゼザベールさまのレーシングカートを見せていただいたのですが、タイヤまわりが少し気になって……」
ルビーが手を上げクロにお願いし、その横では王妃リゼザベールが微笑みながらも明日行われるレーシングカートのお披露目会とレースに向け静かに気合を入れている。
「それは構わないが、夜の試走は危険だぞ。ああ、タイヤのサイズは基本のでいいのか?」
「できれば小さいのと大きいもお願いします。少し車体がブレる感じがしたので、足回りを弄ってみようかと」
「それならサスペンションやシャフトの歪みもあるかもしれないぜ~僕もこれから一緒に見に行くよ~」
エルフェリーンがウイスキーを片手に話に加わりクロがアイテムボックスから取り出したレーシングカートの部品を兵士が慎重に手にして運び出し、その後を話しながら追うエルフェリーンとルビーに王妃リゼザベール。数名のメイドが続き、クロは熱々のモツ煮込みとベイクドポテトを皿にのせてアイテムボックスに収納する。
「あの、暗いので気を付けて下さいね」
シャロンの言葉に心配させているなと申し訳なく思うが、城の近くは警備兵が多く大通りに面した王都の錬金工房までなら安全だろうと「おう、気を付けるよ」と軽く返す。
「こっちの肉も美味しいのだ!」
「キュキュウ~」
「鳥を使った蒸し料理ですね。サッパリとしながらもコクのあるタレが美味しいです」
キャロットと白亜にグワラは城の調理スタッフが作った料理を口にし、その声を耳にしながらあっちは大丈夫だなとアイリーンへ視線を送り、視線を向けられたアイリーンはシャロンとのやり取りに鼻息を荒くしながら目を血走らせている。
「自分はスレイン師匠に料理を届けたらその足で商業ギルドにレシピを提供してきますので少し遅くなると思います。ロザリアさん、後はお願いしますね」
「うむ、我に任せるのじゃ。屋台で美味しそうなツマミや酒があれば買ってきてくれると嬉しいのじゃが」
「それとなく見てきますね」
「甘い物もあると嬉しいわ。こっちの果物はサキュバニアにないものも多いから楽しみにしているわね」
キュアーゼがシャロンの横でブランデーを手に妖艶な笑みを浮かべ、ビスチェが不機嫌に頬を膨らませるが何かを思い出したのか「美味しそうなチーズがあったら買ってきなさい!」と白ワインを片手に叫ぶ。
「ああ、去年は屋台で美味しいチーズを買ったよな。燻製にしたらすぐに食べ終わって来年はもっと多く買い占めるとか言っていたよな」
「そうよ! だから買ってきなさい!」
クロが思い出したことが嬉しいのか吊り上げていた眉が下がり不機嫌な表情から微笑みに変わるビスチェ。
「クロさま、もし良ければ馬車をお出ししますが」
「すぐなので大丈夫ですよ。聖女さまもいますし、腕に覚えるあるヨシムナも……酔い潰れて……」
この世界で親友と呼べる数少ない男であるヨシムナへと視線を向けるが既に出来上がり切っており、テーブルに突っ伏しウイスキーの入ったカップを持ったまま寝息を立てている。
「それなら私がお供しようか?」
そう声を掛けたのはライナーであり、ヨシムナを酔わせた犯人でもある。ウイスキーはアルコール度数が高く酔いやすいのを承知で進め、面白半分にヨシムナを煽り酔い潰したのである。その罪悪感もあってかライナーがクロの付きそうに志願したのだが、横に座るアイリーンはライナーの腰に抱き付き首を横に振る。
「それはダメです! ライナーさんはこれから私が焼いた美味しいお好み焼きを一緒に食べるのです! クロ先輩! お好み焼きの材料をお願いします!」
多少酒が入っているのか頬を赤く染めたアイリーンにクロはアイテムボックスからお好み焼きに必要な食材を取り出し、鉄板を出現させると七味たちを手招きする。
「アイリーンが少し酔っているみたいだから七味たちに任せる。お好み焼きの作り方は覚えているよな?」
「ギギギギギ」
揃って片手を上げる七味たち。すぐに作業に取り掛かり野菜を切り粉を混ぜ鉄板を設置する手際の良さにまわりからは歓声が上がり、アイリーンも立ち上がるとヘラを構えライナーはそれがツボだったのか肩を震わせる。
「姉弟子、そろそろ行きましょうか」
「だね~スレイン師匠が待ってるかな~」
「姉弟子も少し飲んでいましたが……酔ってます?」
「ほんの少しだけ白ワインを貰っただけかな~あれは前も飲んだけど美味しいかな~スレイン師匠はビールが美味しいと苦いのを気に入ってたかな~」
クネクネと歩くサワディルの動きに酔っ払いなら馬車を出してもらえば良かったと思いながら足を進め、聖女タトーラが先を歩きその後ろを二人で進む。
城のロータリーは閑散としておりあれだけの群衆に料理を提供したのかという達成感を今更感じながら足を進め、大通りは屋台が並び活気ある声が耳に入り収穫祭の雰囲気を感じるクロたちであった。
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