大忙しの裏方たち
「軽い気持ちで手伝うとか言わなきゃ良かったかな~」
サワディルが向かった中庭ではクロが指示を出しながら調理を続け、多く鍋が湯気を上げ、追加で用意した組み立て式オーブンからは食欲をそそる香りが立ち込め、必死に手を動かし皮を剥くメイドたちや芋が煮えたか確認し汗を流すものなど戦場を思わせる忙しさであった。
そんな中でのこのこ現れたサワディルをクロが見逃すはずもなく「姉弟子はそっちでベイクドポテトに具材を乗せる係を! ルビー頼む!」と叫ばれ、若干目が死んだルビーに手を引かれやり方を教わりトングを使い芋の上に玉ねぎとベーコンを乗せる係に任命される汗を流している。
「クロさま、芋の在庫が終わりそうです!」
「こっちはベーコンがあと少しです!」
「大根ももう終わるぞ~」
メイドやヨシムナに叫ばれ慌てて魔力創造で食材を創造するクロ。最初の頃は積み上げたレンガに隠れて魔力創造していたが忙しさにそんな事をしている暇はないと魔力創造を使う。
途中、ヨシムナやライナーからこっそり指摘されるが「それよりも皮むきを頼む。きっと国王さまがやメイド長さんが口止めしてくれるからさ」と口にし、それを聞いていた一人のメイドがスッと現れ口を開く。
「そこはお任せ下さい。我ら影の者が動きます。クロさまは自身が思うがままにお進み下さい」
微笑むメイドの言葉にクロは苦笑いを浮かべ、ヨシムナは関わってはダメな人だと瞬時に見抜き手にしていた大根の皮をピーラーで剥く作業へと戻ったのだ。それ以降誰も指摘する者はおらず、クロと目が合うとメイドや近衛や兵士たちは目を反らし、これはもう都合がいいと解釈して隠れることなく魔力創造を使って食材を補充している。
「大先輩、ベーコンが入ってません……」
「後輩ちゃん、これはベーコン嫌いが食べるから大丈夫かな~」
「大丈夫じゃないだろ……はぁ、姉弟子先輩の分はこれでいいのか?」
「ふぇっ!? わ、私のはもっと具が多くてベーコンモリモリかな~」
「だったらちゃんとベーコンや玉ねぎを均一に入れて下さい。ルビーは姉弟子だからって気を使わずにどんどん注意していいからな」
「ううう、弟弟子が冷たいよ~」
「クロ先輩、大先輩は少し面倒臭いです……」
「後輩ちゃんも冷たいかな~」
「熱い冷たいではなく手を動かして下さい。ルビーに呆れられていますからね」
「うわぁ~ん、やっぱり来なきゃ良かったぁ~」
サワディルが泣き真似をしながらもトングを動かし、そのやり取りにメイドや近衛たちからは笑い声を漏らす。そのやり取りにまわりはリラックスでき四時間ぶっ続けで調理するなかでの小さな癒しといえよう。
「来なきゃ良かったとか言わないで下さいよ……はぁ……日が落ちたら店じまいにする予定ですから、それまでは頑張って下さい」
「ううう、私は錬金術士としてのお仕事を放り出してきたのに大きなため息を吐かれたかな~後輩ちゃん、酷いと思わない?」
「やっぱり大先輩は面倒臭いです……はぁ……」
「後輩ちゃんからもため息が出たかな~こんなに頑張っているのに酷いかな~」
こんなやり取りが続き後日、街中にサワディルが面倒な人だと知れ渡るのは仕方のない事だろう。ただ、影の者たちの活躍もありクロの魔力創造の方は漏れることなく処理され、ベイクドポテトとモツ煮込みの作り方だけはこの城のコックたちに引き継がれる事となる。
「うふふ、客足が落ちてきましたよ」
「見た事のない量の銅貨が集まったわ!」
日が傾き夕暮れに染まる空の下、ぐったりとしていたクロたちの下へメリリとビスチェが戻り行列があと数名にまで減ったことを報告し、安堵の笑みを浮かべる一同。サワディルは膝から崩れ落ち「祭りが嫌いになったかな~」と声を漏らす。
「じゃあ、後ひと踏ん張りだな」
「へ?」
「ほら、手伝ってくれた兵士やメイドさんたちにもご馳走しないとだろ。もちろん姉弟子やスレインさまの所にも持って行かなきゃだな」
クロの言葉に一瞬笑みを浮かべるが、疲れ切った体は立ち上がることを拒否しそのまま芝生の上に寝転がるサワディル。
「うふふ、白亜ちゃんとハミル王女さまにアリル王女さまは疲れて寝てしまわれたのですね~」
「フィロフィロも小雪に包まれて寝ていますね」
「今日は二人とも頑張っていたわ。お城の中じゃできない体験をさせてもらえ、この子たちが何かしら得たものがあればいいけど」
「王妃様も手伝っていただきましてありがとうございます」
「いいのよ。私も楽しかったわ。それよりもこの皮むきが楽にできる道具は便利ね! これなら私にも果物が上手に剥ける気がするわ!」
手にしていたピーラーを持ちご機嫌に話す王妃リゼザベール。ライナーやヨシムナもうんうんと頭を縦に振る。
「これはピーラーという調理器具ですね。もし良かったら今日使った道具はお持ち下さい」
「あら、いいのかしら? ふふ、ハミルとアリルも喜ぶと思うわ」
芝生に横になる二人と白亜を見つめ微笑む姿は王妃というよりも母親そのものであり、それを見ていたヨシムナが薄っすら涙を浮かべる。
「うげ、何であんたが泣いているのよ」
「うっせ、聖王国に置いてきた妹が心配なんだよ……」
「あれ? ヨシムナの妹さんは嫁に行ったと言ってたよな? もしかして離婚したのか?」
「してねーよ! 妹は無事に赤ちゃんを産んだよ! その子も含めて心配になったんだよ!」
「おお、それは良かったな! それなら出産祝いに何か送らせろよ! この前はカミュールさまにも送ったし」
「ポンニルにも送ったわね!」
「ゴブリンの奥さん方にも送っていましたよね~」
クロの言葉にビスチェとアイリーンが被せるように口を開き、ヨシムナは呆れた視線を向ける。
「クロらしいというか、聖王国にいた時も思ったがクロは気を使い過ぎだろ」
「そうか? でも、自分ができる事で力になれるのなら、おっ! キュロットさんにメルフェルンさんたちも戻ったな。屋台の片付けに行くからアイリーンは打ち上げ用の料理の指示を出してくれ」
「へぇーい、では気を取り直して、者ども! 後は自分たちが食べる分を作るぞ~~~」
元気よく片腕を上げ叫ぶアイリーンにメイドや近衛や兵士たちはノリノリで同じように片腕を上げ歓声を上げる。その歓声に驚き起きるハミル王女とフィロフィロ。アリル王女はそのまま眠り続けリゼザベールが優しく抱き上げる。
「クロさま、私も手伝います!」
城の外へと向かうクロを追い掛ける聖女タトーラ。スキップ気味なステップで追い駆け兵士たちが警備する屋台の前へと辿り着くと多くの群衆の姿はなく、兵士たちが三角ポールを片付けている姿が見え会釈をしながら進み屋台をアイテムボックスへと収納する。
「大忙しだったが、あっという間に終わったな……」
「そうですね。私もベイクドポテトにチーズを掛ける係を体験させていただきましたが大忙しでした。教会の炊き出しとはまた違った忙しさがありました」
「去年の収穫祭でも教会の炊き出しは多くの人が並んでいましたよね」
「はい、ですが、あれほどの群衆が並ぶ事態になった事はありません。これもクロさまのお陰ですね」
キラキラした瞳を向ける聖女タトーラ。クロは控室用に用意していた小屋を収納しながらここを使ったのは国王さまたちだけだったなと思い、どこかで再利用しようと思案するのであった。
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