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帰還を拒否した先で見た世界  作者:
第十八章 聖女と秋
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猫耳の受付嬢の回想



 祭り開始の合図である鐘の音が街に響き渡ると王城前のロータリーが解放され警備兵たちが睨みを利かせるなか歩みを進める人々。


「絶対に走るな!」


「横入りする者は最後尾に並ばせるからな!」


「王城の前は国王陛下の前であるという事を忘れるな!」


 多くの警備兵の叫びに人々は多少委縮しているのか走るものはおらず三角ポールに誘導されるように進み屋台の前へと辿り着く。兵士たちが予めモツ煮込みとベイクドポテトの値段を叫んでいた事とひとり二食までの制限もあってか、その手には銅貨が握られスムーズに会計を済ませ料理を受け取る。


「うふふ、ありがとうございます」


「受け取ったらそこで食べないで中央通りまでお進み下さい」


 モツ煮込みはメリリが商品を受け渡し、その横ではビスチェとキュロットが汗しながら紙の器に注ぎ入れる。ベイクドポテトはメルフェルンが商品を受け渡し、汗を流しながらシャロンとキュアーゼがベイクドポテトのチーズが溶けるまで温める作業を繰り返す。


「見たこともない料理だが本当に美味いのか?」


「わからんが、エルフェリーンさまが宣伝したクロの料理だ。不味いはずがない」


「『熱い鉄』の連中が絶対に食べると叫んでいたのを見たが……」


「私らは『疾走する尻尾』のお姉さま方が食べないと絶対に後悔すると……」


 長い列を並ぶ人々の声を耳にしながら列に並ぶ猫耳の少女は漂う香りにも注意を向け、数日前に職場にやってきたエルフェリーンとロザリアを思い出していた。




「やあ、みんなは元気かい」


「うむ、そこそこ混んでおるのじゃ」


 入口に入りそう叫んだエルフェリーンへ視線を向ける冒険者と冒険者ギルド職員。自身の身長よりも長い杖を持った可愛らしい少女とヒラヒラのドレスにレイピアを腰に差す少女の姿に顔を引き攣らせる冒険者たち。猫耳のギルド職員はすぐに視線を走らせクロの姿を探すが姿が見えず冒険者と共に頬を引き攣らせる。


「抑止力がいない……」


「ケース絶望を発動すべきじゃ……」


「対応は先輩がして下さいね。私はギルドマスターを呼んできます~」


 朝の受付ラッシュが落ち着き一息つこうとした頃に現れた『草原の若葉』のトップであるエルフェリーンと、老人と若い少女の二人だけでAランクというトップ冒険者チームである『豊穣のスプーン』のロザリアの姿に受付嬢の一人が奥へと報告に逃げ、猫耳の受付嬢は唯一エルフェリーンを止めることができるクロを探すが見つからず、自身の受付には対応している冒険者がいないことに頬を引き攣りが加速する。


「やあ、少しいいかな」


「知らせたい事があるのじゃ」


 見た目だけは可愛らしいエルフェリーンだが、ほんの一年前にカイザール帝国を滅亡させた張本人であり、数々の武勇を誇った偉大なる錬金術師。ギルドマスターからは要注意人物とされ、冒険者ギルドに介入しない国からも注意して事に当たって欲しいと話が来るほどの人物である。

 そんなエルフェリーンが唯一言う事を聞くクロの姿がない現状に悲観するのは仕方のない事だろう。


「あ、あの、本日はどのようなご用件でしょうか?」


 気持ちを落ち着かせいつもの様に振舞う猫耳の受付嬢。尻尾は正直なのか毛を逆立ててピンと立てる。


「うん、依頼とかではなくてね。今度の収穫祭でクロが屋台を出すからその宣伝に来たんだよ~」


「場所はまだ未定なのじゃが、去年よりも気合を入れて参加するらしくての。クロの本気の料理が食べられると伝えに来たのじゃ」


 二人の言葉に一瞬だけ意味が分からず呆けるが、頭を回転させ耳に入れた言葉を理解しようと動かす。


「えっと、去年はギルドの依頼で凍らせた魚を屋台で売りさばきましたよね?」


 その場にエルフェリーンとビスチェの姿があり印象が深く、受付をした事を思い出す。あの時は近隣の村から出稼ぎにきた一家が困っていて……


「うんうん、そうだぜ~あの時は魚のから揚げと骨煎餅を屋台で作ったね~」


「我も食べて見たかったのじゃ……」


「ああ、あの時はまだロザリアはあっちこっちを走り回っていたね~」


「うむ、最近は草原の若葉に定住しておるが、旅を続けていた頃が懐かしいのじゃ」


 話が逸れながらも楽しそうに話す二人の姿に胸を撫で下ろす猫耳の受付嬢。


「それでね、今度の収穫祭にはクロが料理を作って屋台をするからその宣伝に来たんだよ~」


 可愛らしい見た目につい見惚れていた猫耳の受付嬢の隣にはこのギルドの最高責任者であるギルドマスターがいつの間にか現れ話を聞き難しい顔をしている。


「あの時は冒険者ギルドと商業ギルドに多くのクレームが……」


「クレーム?」


「はい、長蛇の列に他の屋台から客が全て取られたや、次はいつ販売になるのかや、作り方に魚の種類に、魚の骨まで食べさせるとは何事だと……」


「骨煎餅にもクレームが来ていたのかい?」


「骨の件は骨まで美味しかったのでその製法を聞き出そうとしたらしいです。商業ギルドマスターが呆れながら口にしていましたよ」


 その言葉に笑い出すエルフェリーンとロザリア。他の冒険者たちも声を出し笑いなごやかな雰囲気になるギルドホール。猫耳の受付嬢も尻尾を揺らす。


「クロの料理は特別だからね~」


「うむ、その特別な料理を振舞うのでその事を伝えに来たのじゃが、前の収穫祭のように長蛇の列ができる事は必至なのじゃ」


 ロザリアが腕を組み冒険者ギルドマスターにドヤ顔をしながら伝え、「ああ、確かに……」と呟く。


「我々よりも商業ギルドへ伝えて頂いた方が……いや、国王陛下に陳情し特別に広い売り場を用意した方が……」


 顎髭に手を当て考え込む冒険者ギルドマスターに、エルフェリーンが何かを思いついたのかパッと笑顔になり口を開く。


「それなら城の前に広場を使わせてもらえば解決だね~」


「あの広場をですか? あれは馬車が数台すれ違える広さのあるロータリーですが……いや、そのぐらいの広さが必要になるか……」


 顔を上げ驚く冒険者ギルドマスター。狐耳の受付嬢も勝手に城の前の広いロータリーを使うことは難しいのではと考え白黒の尻尾をクエスチョンマークの形を取る。


「商業ギルドにはこれから向かうから冒険者の皆に宣伝してくれよ~絶対に美味しい料理を出すぜ~」


「うむ、頼んだのじゃ」


 少女のように笑みを浮かべるエルフェリーンと背伸びした少女に見えるロザリアのドヤ顔に吹き出しそうになるが、何とか堪えて成り行きを見守ることにした猫耳の受付嬢。


「では、この者を付けますので商業ギルドに向かって頂けますか?」


「は?」


「うん、任せてくれよ~猫耳が可愛い君も宜しくね~」


「は!?」


 目をぱちくりさせながら目の前で決まったことに理解が追いつかないといった表情を浮かべるも、ロザリアからも「巻き込んでしまって申し訳ないのじゃ」と労わられ、これはもう付いて行く以外の選択肢はないと肩を落とす。

 その後は商業ギルドに教会や王城の中までも一緒に入り交渉役を勤める事となり、やり切った猫耳の受付嬢は冒険者ギルドマスターの命を受け、朝一から屋台に並んだのである。





「はふはふ、これは特別なお肉を使っているのでしょうか? 癖になる食感とまろやかな味わいですね。確か味噌と呼ばれるダンジョン産の調味料ですね~もう片方のお芋もホクホクで美味しいです。

 あむあむ……あむあむ……ん? あれ!? あれれ!! 屋台の料理はどこへ!? 先ほどまではこの手にあったのに……これはアサシンが潜んでいる可能性も……」


 現実逃避をしながら紙の器に残ったチーズをすくい取り口へ運び愕然とする狐耳の受付嬢は長蛇の列の最後尾に足を向けるのであった。






 もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。

 

 誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。


 お読み頂きありがとうございます。


 

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