試食と群衆雪崩
ハミル王女とアリル王女が控室に入り、呆けていた国王と王妃たちも中へ入るとクロは急いで火を起こして収穫祭で販売する料理を温める。モツ煮込みは熱々の状態でアイテムボックスに保存され盛るだけなのだが、ベイクドポテトは焼き上げ少し冷ました状態で保存されており蓋をするタイプのオーブンを作り温め直す必要がある。これは火傷防止のための処置であり、オーブンに入れチーズを再度溶かす程度に加熱で中まで熱々にせず提供予定である。
「うふふ、先にモツ煮込みだけでもお届けしましょうか?」
メリリの提案に頷き予め魔力創造した紙製の器に入れ四人分をトレーに用意するとメイド長が目を光らせる。
「クロさま、『草原の若葉』さま方が毒殺をするとは思えませんが、毒見をさせていただいても宜しいでしょうか?」
本来なら毒見はメイド長ではなくお付きの専属メイドが行うのだがその役を申し出、クロは先に用意したひとつと木製のスプーンを添えて渡すと微笑みを浮かべ受け取り口に運ぶメイド長。クロは新たにひとつを用意してメリリを送り出す。
それを恨めしそうな表情を浮かべ見つめる専属メイドたち。近衛兵たちも食欲そそるベイクドポテトの香りが広がりはじめた事で胃が刺激され羨ましそうな瞳を向ける。
「クニクニとした肉が不思議な食感ですね。根菜などにも味が染み込み味噌の可能性を知る事ができました。少し辛くしても美味しいかもしれませんね」
「本来はラー油と呼ばれる辛みのある油を入れますが今日は子供達も食べるかと思ってその辛味は入れませんでした。もしかして王妃さま方は辛い料理が好きだったりしますか?」
「いえ、その様な事はありません。辛い料理は私の故郷の料理でして、真っ赤になるほどチリの実を使った料理に似ていたので……このクニクニした肉は猪などの内臓ですよね?」
「はい、島クジラと呼ばれる巨大な魔物の内臓です。まったく臭みがないのは浄化魔法を使った為で、内臓などを料理する際には便利ですよ」
浄化魔法は基本的に教会に勤めるものが使う神聖魔法であり、王城に勤めているものでそれをホイホイ使用できるものはおらず苦笑いを浮かべるメイド長。
「ベイクドポテトも温まりましたね。メルフェルンさんお願いします」
湯気を上げチーズが蕩けたベイクドポテトを人数分運ぶメルフェルン。クロは更に追加して涎を垂らす勢いでこちらを見つめる専属メイド四名の分をオーブンに入れる。
「毒見用のも温めましたので味を見て下さい」
「はい、お任せ下さい」
「あの、そちらのメイドさん方も良ければモツ煮込みの味を見ませんか? 多く意見が貰えれば祭り前までに味も多少は変更できますので」
クロの言葉に目を輝かせる専属メイドたち。すぐに屋台の前に集まり熱々を受け取り口へ運び、しれっと近衛兵も数名並びモツ煮込みを受け取り口に運び。メイド長からジト目を向けられるが、多くの意見という大義名分があると自分に言い聞かせ表情を蕩けさせる。
「これは美味いぞ! 酒にも良く合いそうだ!」
控室から聞こえる国王の声に小さくガッツポーズを取るクロ。料理を手伝ったアイリーンやビスチェにメリリなどが微笑みを浮かべ、目の前で上品に料理を口に入れるメイドや近衛騎士たちのリアクションにも満足したクロはもうすぐ始まる収穫祭の開始の合図である鐘の音を待つ。
待つのだが、屋台が設置してあるロータリーの入口には多くの人々が集まりこちらを見つめ、城の関係者であろう文官用の服を着た者たちや武器を手にしていないが兵士だと思われる者たちも城の中庭に集まり、開始の音と共にこちらへ走る気なのか屈伸をする者や足首をまわす者などが視界に入る。
「うんうん、僕の宣伝の効果だね~」
「うむ、我もクロがこの場で屋台を出すと伝えたのじゃ。売れ残る事はないじゃろう」
数日前に商業ギルドへ屋台の場所を聞きに行ったエルフェリーンとロザリアからの言葉に顔を引くつかせるクロ。祭りの開始まではまだ一時間以上あるにも拘らず多くの人が集まる現状に多少の恐怖を覚えたのだ。それに加え城に勤める者たちも集まっているとなれば挟み撃ちに合い現場が混乱するのは必然だろう。
「えっと、お客さんの整理とはか……」
温まったベイクドポテトを皿に乗せながらモツ煮込みを夢中で口にするメイド長へ話し掛けるクロ。メイド長は優雅に食べ終わり熱々のベイクドポテトを受け取りお礼と一緒に口を開く。
「ありがとうございます。クロさまの屋台の整理は騎士団が行いますのでご安心下さい」
「我々近衛兵も志願致しました! 安全に屋台が行えるよう国王陛下から直々に命令されておりますのでご安心下さい!」
頼もしい言葉を受け安堵するクロだが、近衛兵が全員大楯を持っている姿にこれは安全対策を考えた方が良いと考え控室へと向かう。
「クロさま! このマヨを使ったポテト料理は何という名なのですか? これは皮まで美味しくいただける素晴らしい料理です! 焦がしたマヨの風味も素晴らしく、チーズのコクとネギの甘さにベーコンの塩気が最高です! 是非、名をお教え下さい!!」
マヨを焦がしたベイクドポテトが気に入ったのか立ち上がり叫ぶハミル王女。そんな娘を見つめる国王はまた娘の奇行が始まったと両手で顔を両手で覆い、王妃は手で制しながら口を開く。
「ハミル、お行儀が悪いわよ。マヨに対する情熱は理解できますが少し落ち着きなさい」
「どちらの料理もとても美味しかったわ」
「お芋さんも美味しかったです!」
アリル王女が両手を上げて美味しさを表現する姿にホッコリとしながらもハミル王女にベイクドポテトの名と作り方を簡単に教え、クロは控室の端へ移動し魔力創造を行う。
「魔力創造で何を作っておるのだ?」
次々に創造される赤い物体に国王が食いつき立ち上がりクロの下へ向かい王妃たちとアリルも興味深げに集まる。
「これは人の列を整理するためのものですね。三角コーンと呼ばれ上に黄色と黒のこの棒を設置すると人の流れを制御できます。横入りする人を減らして群衆雪崩なども防ぐことができると思います」
「群衆雪崩とは?」
国王からの質問にクロはボウルとこの世界で食べられている豆をアイテムボックスから取り出して説明する。
「このように過度に集まると豆が上に持ち上がります。豆なら硬いので問題ありませんが、これが人となると密集した力で足が浮き上がったり、口や鼻が塞がれ息ができなかったり、転べばそれこそ命を落としたり危険です。ですので、ポールを使い人の流れを制御し、最悪押されても横に逃げられるので群衆雪崩が起こりづらくなります」
ボウルに入れた豆を使い群衆雪崩の恐ろしさを説明するクロ。国王や王妃は眉に皺を寄せる。
「人が集まるだけで危険になるとは……」
「この事は国で研究させた方が宜しいかと」
「うむ、春の新年祭にも多くの者が集まり我の挨拶を聞くが、それで民がなくなったとあれば……クロ殿、感謝するぞ」
そう言葉を残して立ち去る国王。王妃たちは席に戻り少し冷めたベイクドポテトを口に入れ、ハミル王女は食べ終わった皿を見つめ名残惜しそうな表情を浮かべる。
「甘い料理は出さないのですか?」
三角ポールを量産するクロを下から見上げるアリル王女。クロはついでだと思いながらチョコレートがコーティングされている棒状のお菓子を魔力創造し、目を輝かせているアリルお王女に手渡すのであった。
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