聖女たちの戦い
聖女レイチェルは教皇から賜った聖剣アノヨロシを地面に刺し、それに足をかけ衝撃に備える。聖女タトーラは目の前に迫るヴァルからの一撃を迎え打つべく構え魔力を両手に集中させる。
ブルードラゴンの革と鱗を使ったグローブに魔力が集まると青白い光が漏れ、高速回転するヴァルは六枚の羽に包まれ、その一撃は純白な槍の一撃に見え叫ぶ聖女タトーラ。
「絶対止める! 死んでも止める! レイちゃんは絶対守る!」
「貴女が止めないと背中を向けた私は死ぬかもしれないわね……今更だけどこの作戦は無謀かも……でも!」
背中に衝撃が走り背後に強大なプレッシャーと荒れ狂う風を感じながらも背中と足に力を入れ踏ん張る聖女レイチェル。
「止めてみせなさいよっ!!」
背中から感じる力強くも温かな温もりに聖女タトーラは歯を食いしばりながらも穏やかな瞳をし、青白い光を放つグローブの拳を固めランスを迎え打つ。
ランスの先へ握り固めたグローブが挟み込むように接すると二人を暴風が包み込み目を開けることもできなくなるが、グローブには圧倒的なまでの推進力を感じて、いつ吹き飛ばされてもおかしくはないと体感できるが、背後からの力強い意思を背中で受け絶対にこの手は放さないと心の中で誓う聖女タトーラ。
「くっ! もっと、しっかりしなさいよっ!」
ランスを拳で受けた瞬間に感じていた圧迫感はほんの数秒で大きく膨れ上がりジリジリと聖女レイチェルの背を押し始め、大地に突き刺した聖剣アノヨロシを足場に堪えるが背に感じるプレッシャーに押し潰されそうになりながらも、日頃からのトレーニングと短い間だが聖女同士で語り合いある共通点を持った二人が協力する現状を思い不思議と背中を預けている事が力になった。
聖女タトーラは暴走聖女と呼ばれる変わり者だが決して曲がらない信念がある。それは大司教である母タトスから受けた体は丈夫で、それを鍛え抜いたという誇り。礼拝をしながらも常に拳に力を入れ鍛え、早く走るという一点において鍛えた脚力。重い衝撃を受けるべく鍛え抜いた腹筋。
それは魔術においても同じことで、魔力を高め続けながら炊き出しを行い、子供たちと一緒に遊びながらも神聖属性の魔術を使用し続け、子供たちから眩しいと言われようとも浄化の光を維持する特訓を行っている。
「絶対止める! 死んでも止める! 私の拳で天使さまを止めてみせる!」
叫ぶように口にする聖女タトーラ。その後ろで背中と足腰に力を入れ耐える聖女レイチェル。
回転するランスが赤い光を帯び始めオレンジへと変わると聖女タトーラのグローブには相応の熱が伝わるが、ブルードラゴンの革と鱗で作られたそれは熱を遮断する。が、それにも限界があり、摩擦で破れた場所からは熱した鉄と同等のエネルギーが両手に伝わる。
「絶対止める! 死んでも止める!」
普段のトレーニングから得た鋼の心の前では些細な事なのかもしれない……
やがてランスの一撃が緩やかになり地に足を付けるヴァル。聖女レイチェルが崩れるようにその場に崩れ、聖女タトーラは煙が上がる拳を握り締め目の前で自身を見据え満足気な表情を浮かべる天使の腹部にコツンと拳を当てると前のめりに倒れ、支えるヴァル。
「見事! 聖女タトーラは盾としての実力を見せてもらった! 後ろで支えた聖女レイチェルも仲間を信じきったな! エクスヒール!」
温かな光が二人を包み込みギャラリーからは歓声が沸き上がる。
「ううう、私の娘は立派な聖女になっていたのですね……」
涙で溺れそうなほど咽び泣く大司教。その背を優しく触れ撫でる教皇。聖騎士たちからも暴走聖女コールが巻き起こりライナーとヨシムナも拍手を送る。
「暴走といわれるが立派な聖女だな。天使さまの一撃に耐えるとか無理だろ普通……」
「急に走り出すのは困りものだが誰よりも訓練を重ねていたからな……付き合わされる聖騎士の実力が伸びるのも頷けるが……」
「あのランスでの一撃は私も受けたくないですね~糸をどれ程重ねても止められる気がしませんよ~それにグローブから煙が出るほどですよ。手がどうなっていたかとか考えたくもないです……」
ヨシムナとライナーにアイリーンが呆れながら口を開き、接近戦を得意とするキュアーゼは目を輝かせる。
「あの子たち凄いわ~私も後から決闘しようかしら」
「流石にそれはやめた方が……サキュバニア帝国としても聖王国に喧嘩を売る様な事になるとキャス姉さまが困ります……」
未だにドレス姿なシャロンからの言葉にキュアーゼは妖艶な笑みを浮かべながら「あすなら良いかしらね~」と口にする。
「レイちゃんやったね!」
エクスヒールの輝きが消え自然と手を離すヴァル。聖女タトーラは振り向き地面に座り疲れ果てていた聖女レイチェルに飛び付く。
「わっ!? ちょっと、重い! 貴女はほぼ筋肉だから重いって!」
「むぅ~女の子は重くない! さっきレイちゃんもそういってたもん!」
抱き付き地面を転がる二人の聖女。ヴァルはその姿に、盾としては認めるが主さまに仕えるべき姿勢を教え込まなければ、と思案する。
「クロさまに挨拶に行かないと!」
「えっ、挨拶?」
「うん、だって天使さまに認めてもらえたもん!」
キラキラした瞳を聖女レイチェルに向け手を取って立ち上がらせ、走り出そうとしたところで前を塞ぐようにランスを振り翳すヴァル。
「待ちなさい! 私が名はヴァル! 主さまの剣であり盾である! 天使さまと呼ぶのはやめていただこう!」
凛と響く声で自己紹介をするヴァルに聖女二人は自然と片膝を付いて頭を下げる。
「はっ! では、これからはヴァルさまと呼ばせて下さい」
「ええ、私もタトーラと呼ばせて頂きます。それにレイチェル、貴女も私のことはヴァルと呼ぶように」
「えっ、わ、私もですか!?」
顔を上げ目を見開く聖女レイチェルにヴァルは微笑みを向けながら口を開く。
「ええ、レイチェルも素晴らしかったと私は思います。自身の誇りである剣を足場にしても友を勝たせたいという気持ちに感銘を受けました……友の為に動く姿はとても美しかったです」
「あ、ありがとうございます……」
上げていた顔を下げる聖女レイチェル。天使という存在から認められ名を呼ばれ、自然と涙が溢れ、そんなレイチェルを抱き締める聖女タトーラ。
「やったね! ヴァルさまに名前を覚えてもらえたよ!」
「ええ、タトーラのお陰……天使であるヴァルさまに名を呼ばれる日が来るとは思ってなかったから……うぐっ」
聖女タトーラを抱き締め返し溢れ出る涙が止まらない聖女レイチェル。その光景にギャラリーからは拍手が巻き起こり、教皇も大司教と同じように涙しながら聖女たちの偉業を見つめる。
「いや~本当に凄かったですけどクロ先輩はどうするのです?」
「随行だっけ? ヴァルが認める事よりも俺は師匠の許可がない限りは断るぞ」
その言葉に視線がエルフェリーンに集まり、濁流のように涙するエルフェリーンが口を開く。
「ぼ、ぼぼ、僕はあれだけ頑張った二人を認めるぜ……うぐ、うぐ、うわぁ~ん。クロ~あの子たちは凄いよ~ヴァルの渾身の一撃を命がけで受け止めたよ~」
クロに抱き付き涙するエルフェリーン。上着が涙で濡れ師であるエルフェリーンが感動するほどなのだとクロも理解するが、それ以上に次は自分があの舞台で世界最高峰の実力者と戦うことになるのだと、テンションがどうしても上がらず一人冷めていた。
「次はクロと剣聖キサラね。不甲斐ない戦いをするんじゃないわよ」
女神ベステルからの言葉に顔を引き攣らせるのであった。
もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。
誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。
お読み頂きありがとうございます。