城へと戻るクロたち
明日の午後にでも薬草採取に向かう約束をしたクロたちは待っていた王家の馬車に乗り込みお城へ戻り、夕焼けに染まり始めた中庭へと足を向けると騒がしい声が聞こえまだ宴会が続いているのだろうと足を進める。
「増えていますね……」
広い中庭の隅で屋台料理を振舞っていたのだが明らかに人数が増え竈も増設されており、参加人数も数百名に増員されていた。
「この味が癖になる!」
「美味い! 酒が飲めないのが残念だが、どの料理も美味い!」
「夜の警備連中は残念だったな! 俺は朝から頑張ったからワインを頂くぞ!」
文官や兵士にメイドたちも参加し賑わいを見せる中庭の様子に祭り好きなアイリーンは目を輝かせ、キュアーゼやメリリにロザリアも意気揚々と歩みを進める。
「うはぁ~こんなに盛り上がっているお城は初めて見るかな~」
何故かサワディルも一緒に馬車へと乗り込み師匠へ挨拶をするという名目でついてきておりアイリーンと共にエルフェリーンの姿を探しながら歩みを進める。
「シャロンは人が多いのは苦手だよな。女神の小部屋に避難するか?」
「いえ、クロさんがいれば大丈夫だと思うので……その、後ろにいてもいいですか?」
「ん、ああ、それは構わないが、無理だと思ったらすぐに言えよ」
女性の姿も多くシャロンに取っては居づらい環境である事もあり気を使いながら足を進めるクロとシャロン。アイリーンたちは既に人混みに紛れ姿はなく、二人は中庭の隅へ人を避けるように足を進める。
「クロさま、お戻りになられたのですね」
一人のメイドに声を掛けられ足を止める二人。見ればいつも利用している王家のサロンの給仕をしているメイドだと気が付き軽く会釈をするクロ。
「師匠や白亜たちはどの辺りにいるかわかりますか?」
「エルフェリーンさま方は場所を変え王室のサロンへ向かわれました。ここは国王陛下が城で勤める者たちへ解放されております。宜しければご案内致しますが」
手には焼きそばの乗った皿を持つメイドの姿に彼女も楽しんでいるのだろうとお礼を言い「それならそちらへ向かいます」と口にして城へと足を向けるクロとシャロン。
「でしたら、私がご案内致します」
目の前には見事なカーテシーで頭を下げるメイドが現れ驚く二人。人を避けて歩いて事もあり近くにはサロンの給仕をしていたメイドとその同僚だろうメイドが数名いたのだがそれとは違うメイドが一瞬で現れたのである。女性恐怖症のシャロンが後ろにいることもありそれなりにまわりに注意していたクロは驚きながら口を開く。
「もしかして影と呼ばれる人たちですか?」
「はい、その通りでございます。昼とは別の影ですが情報交換は頻繁にしておりますので……あの、その様に見つめられるのは慣れておりませんので、先を歩かせていただきますね」
素早く半回転させ歩き出す影と名乗ったメイドの後を追うクロとシャロン。先ほどのメイドは一礼すると焼きそばを口に入れ表情を溶かす。この後はまわりのメイド仲間と盛り上がるのだろう。
「こんなにも人がいないお城は初めてです……少し怖いかも……」
夕日の入る城内は三人の足音のみが木霊しシャロンが恐怖を覚え、クロも薄暗くなり始めた通路に浮かぶ精霊たちの姿に静寂を好むのも理解できるなと思いながら足を進める。
「シャロンさま、この場は私以外にも影の者が潜み護衛しておりますのでご安心下さい」
「寧ろそっちの方が怖い気がするのですが……」
姿を見せず足音もさせずに護衛する影の者たちにそう感想を抱くクロ。シャロンもクロの上着の裾を持ちギュッと握りしめる。
「ふふ、そう怖がらずとも……もう到着ですね……」
王室専用のサロンに到着しドアを開けると中からエルフェリーンたちの声が聞こえホッと胸を撫で下ろすクロとシャロン。影のメイドが開けたドアに足を入れると白亜が胸に飛び込み受け止めるクロ。
「キュウキュウ……」
「白亜さまは心配してたのだ! 急に居なくなると寂しいのだ!」
クロの胸にグリグリと額を押し付ける白亜とその通訳をするキャロット。昼寝を起こすのは忍びないと置いて行った事で寂しい思いをさせたなと反省するクロは白亜を抱き締めながら「ごめんな」と謝罪しながら足を進める。
「遅かったね~冒険者ギルドで何かあったのかい?」
頬を赤く染めたエルフェリーンはそれなりに飲んでいるらしく、横に座る王妃リゼザベールや国王も顔を赤くしている。
「冒険者ギルドでは――――」
先ほど冒険者ギルドで七味たちの進化報告に、姉弟子であるサワディルに会った事や、薬草不足の事を報告するクロ。その間も白亜は離れず抱きながら頭を撫で続ける。
「うん、じゃあ明日は教会へ行ってから薬草採取だね~」
「サワディルが来てるのっ!? 私は先に部屋で休むわ!」
クロの報告に納得するエルフェリーンとは対照的に飲んでいた白ワインを一気に喉に流し込んだビスチェは席を立ち速足で部屋を退出する。何度も城に泊っている事もあり迷うことなく宿泊する部屋へたどり着けるだろう。
「相変わらずビスチェはサワディルが苦手だね~僕は可愛くて良い子だと思うけど」
「ハグ癖さえなければ良い先輩なんですけどね……」
クロが苦笑いしているとサロンのドアが勢いよく開き叫ぶビスチェ。
「クロー! 助けて! サワディルがっ! いい加減にしろっ!」
視線の先にはビスチェの背中に抱き付くサワディルの姿があり、クロはどうしたものかと苦笑いを浮かべ、クロが助けに入らないと気が付いたビスチェは前に体を屈めて一本背負いの形を取り、サワディルは笑顔でビスチェ共々バランスを崩して転がり、一緒にやって来たアイリーンたちは何をやっているのかと呆ける。
「アイリーン頼む。お前は今日からサワディル先輩専用の抱き枕だ」
「え、真冬ならともかく、まだ暑いですからお断りなんですけど……」
「そういわずに頼むよ……ほら、転びながらもビスチェから離れないだろ……はぁ……」
心底呆れながらビスチェから離れないサワディルを指差すクロ。
「こんな妖怪いましたよね……あの、サワディルさん、本気で嫌がっているのでメリリさんは如何ですか?」
アイリーンから新たな生贄に推薦されたメリリだが素早くサロン内へと逃げ込みクロの後ろへと隠れ、シャロンとロザリアにキュアーゼも同じようにクロの後ろへと逃げ隠れ、半泣きのビスチェにクロは大きなため息を吐きながら口を開く。
「サワディル先輩、師匠の前ですよ……姉弟子らしくして下さい……」
「ふふ、姉弟子らしくビっちゃんと親交を深めてたのに~あっ、アレが噂の白亜ちゃん! いいな~私も抱きたいかな~」
クロの胸に収まっている白亜に目を付けたサワディルが手をワキワキさせ立ち上がり、息も絶え絶えなビスチェを放置し白亜へ急接近するが、クロが発生させたシールドに「あうっ」とリアクションを取りゆっくりと冷たい廊下に沈む。
「はぁ……師匠、サワディル先輩もいるのですが、本人から話を聞きますか? それとも追い出しますか?」
「そこは話を聞くの一択かな~どうして私はこんなにも愛を与えたいのに弟弟子から愛を感じないかな~」
「愛とか別にいいですから師匠に色々と説明して下さい。薬草不足の事とか現場の意見とかあると思うので……はぁ……」
大きなため息を吐きながらエルフェリーンの下へシールドで四方を囲み運ぶクロ。6枚のシールドで周りを囲まれ移動するサワディルの姿に近衛兵たちが驚くが、クロはマイペースに事情聴取的なやり取りで薬草不足を自白させるのであった。
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