レーベスとサワディル
聖騎士副長であるレーベスは自慢の魔剣の素振りをしながら歓喜していた。その原因は父であり第二聖騎士隊大隊長でもあるキサラから稽古を付けてもらいボコボコにされたが、自身が積み上げてきた剣術を褒めてもらったのだ。
「そのぐらいにしておけ、明日に響くぞ」
自身の上司でもある聖騎士長サライの言葉に素振りの手を止めて汗を拭うレーベス。
「ああ、もう少しだけ振ったらな……」
「もう少しだけって、ずっと振り続けているだろ。それに先ほどの稽古で木剣を何発も受けた治療だって……」
「それでも今振っておきたい。明日はクロが来るって噂も聞いたからな~」
魔剣を握り上段から振り抜き、今度は横に一閃すると魔剣からは光の筋が走り、三度の突きを放つ。その突きは一撃ごとに魔力のオンオフを切り替え魔力操作の上達が目に見えてわかり、サライは一年ほど前にクロに大敗した頃とは大違いだと感心する。
「今度はクロに勝てそうだな……」
ぽつりと呟くサライに魔剣の手を止め振り向くレーベスは「だろ」とだけ声に出し魔剣を帯刀するとご機嫌に自主練習を終了させ、サライが投げたタオルを受け取り流れる汗を拭う。
「この一年、ずっと魔力操作に向けたからな……」
「打倒クロを掲げて修行していたお陰だな。魔力操作の腕は各段位上がり俺からも一本取るようになった。リベンジするには頃合いだが、クロの戦い方は剣士でも魔術士でもないオリジナル。シールドを飛ばして相手を拘束するとか初めて見た時は驚いたが、今やったらシールドへの対策もできている」
「魔剣以外に、こっちでもな」
そう言いながら拳を固めて魔力を纏わせるレーベス。
「シールドに干渉できるようになれば前のように拘束されてもシールドを破壊できる。まあ、クロもこの一年でどれだけ強くなったかだが……」
「クロもだがいつも近くにいるアイリーンも強そうだよな。腰に刺していた剣は武具の女神フランベルジュさまから貸し与えられたものとか言ってたし……そもそも天界へ呼ばれるとかありえねえっての……」
「我々、教会関係者でも神々の声を聞く事さえ特別だというのにな……」
「ああ、そのせいであっちの聖女さまが態々出向いて来たんだろ」
「それもあるし、死者のダンジョンの単独突破もあるだろうな。聖王国がずっと掲げてきたダンジョン攻略を単独で突破した情報は喉から手が出るほど欲しいだろうしな……どちらにしても明日にはわかるだろう」
「そうだな……親父もクロに興味津々だったし……なあ、ライナーやヨシムナだっけ? あの二人も強いのか?」
「ライナーさまは勇者と旅をして魔王を討った聖騎士で、ヨシムナは聖騎士の中でも剣の腕は低いそうだがって、どうして走り出す!」
「ライナーさまももう帰って来てたよな!」
走り出したレーベスに後頭部をガシガシと掻きながら追いかけるサライ。明日よりも今をどうにかしなければと思いながらレーベスを止める為に全力で追い駆けるのであった。
「なるほど……ダンジョン神さまから試作の味見をお願いされたと……はぁ……この歳になってからもダンジョンの新事実が毎年のように発覚するとは……ダンジョン農法に料理箱……お前ら『草原の若葉』が関わると俺の手に余るな……悪いがいっぱい頂けるだろうか?」
冒険者ギルドでは暇な事もあってかクロから事情聴取という名の料理箱を使ったプチ宴会が開かれ、クロが焼いた肉をツマミにロザリアがブランデーをカップに入れそれを口に運ぶギルドマスター。
ダンジョンから持ち出すことができない料理箱の入手方法を聞いたのだが、ダンジョン神からの味見と仕様に問題がないかという試作品であったこともあり目の前の現実を忘れたいのか一気にブランデーを呷り咽るギルドマスター。
「こりゃ、強い酒だな……だが、美味い。甘みと香りが口の中に広がるな……ああ、これを求めてドワナプラ王国の国王陛下がやって来たのだったな……」
ジト目をクロに向け、向けられたクロはウイスキーとブランデーを求めターベスト王国へやって来たドズール王を思い出しながらこんがり焼けたカルビをギルドマスターの皿に入れる。
「ギルドマスターばかりズルイですよ! 私だってこんなに暇なら少しお酒を飲んでも……」
ブランデーを口にするギルドマスターの顔色を窺うように口にする猫耳受付嬢に、クロはアイテムボックスから取り出した小さな樽を取り出し封を開ける。
「お酒ではないですが自分たちで育てて絞った葡萄のジュースがあるので如何ですか?」
「うう、それを下さい……」
ギルドマスターからも睨まれ仕方なしにクロが注いだ葡萄ジュースを口に運ぶ猫耳受付嬢。
「あら、これ美味しいですよ! ワインになったらもっと美味しいのかもしれませんが、味が濃厚で香りも強くて」
「それでしたら去年に仕込んだワインものがありますから仕事終わりにでも飲んで下さい」
去年に作り瓶に詰めたワインをアイテムボックスから三本取り出してテーブルに置くと素早く自分の分を手にする猫耳受付嬢。物販の女性も一本手にし、ギルドマスターの伸ばした手は空を切る。
「ギルドマスターは美味しいお酒を勤務中に飲んでいるので、これは私が頂きます」
ジト目を返され眉をピクピクと動かすギルドマスターにクロは焼けた牛タンを勧めているとベルの音が鳴り視線を入口へ向ける一行。
「あ、あの~依頼をしたいのですが……ん? 美味しそうな香りがするかな~」
鼻をヒクヒクさせながら現れた女性は瓶底眼鏡に使い込んだ皮製のエプロン姿でぼさぼさの髪というあまり衛生的ではない印象を受ける。
「げっ、姉弟子……」
「おっ! クロがいるかな~」
両手を上げてクロの下へと走り「可愛い弟弟子かな~」と声を上げ、指名されたクロは焼きたてのロースをタレの浮かぶ皿に入れフォークを手に待ち構える。
「さあ、さあ、姉弟子はハグをご所望かな~」
「サワディル先輩、そういうのはやめて下さい。セクハラで訴えますよ……それよりも美味しいお肉が焼けていますのでどうですか?」
「食べるかな~はふはふ……おいひいかな~」
ご機嫌にロースの入れた皿とフォークを受け取り熱々だったのかハフハフしながら冷まし叫ぶサワディル。
「あ、あの、クロ先輩、この人は?」
「ああ、王都の錬金術士のサワディル先輩。師匠の弟子で、俺の姉弟子だな。アイリーンたちは王都の錬金工房へ行ったことなかったよな」
「ないですが……随分と親しい感じですね~」
「親しいというか、馴れ馴れしいというか……」
アイリーンとシャロンがジト目をクロに向け、クロは焼きたての肉を皆の皿へと移しながら口を開く。
「サワディル先輩には錬金の素材について色々教わったからな。王都近郊での採取のやり方や、魔物を避けて歩く方法とかさ」
「それももう四年も前のことかな~すぐに薬草の種類を覚えてあっちに行っちゃったかな~可愛い弟ができたと思ったのに酷いかな~王都に来る度に顔を出してもいいと思うかな~」
「えっと、そう言われると……それより姉弟子は冒険者ギルドに依頼ですか?」
クロの言葉に目を見開き口を開くサワディル。
「そうかな~薬草不足が深刻かな~ポーションの需要があるのにポーションの材料が不足かな~」
「ダンジョンでも薬草採取はできるのですが嵩張る薬草よりも、高価買取の調味料やお酒を持ち帰る事が多く……これもクロさまの……」
「クロの? クロが犯人? ん? ん?」
受付嬢が薬草採取の依頼を受ける者がいない現状を説明し、その犯人であるクロの名を告げ、サワディルは首を傾げ意味が解らないといった表情を浮かべるのであった。
もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。
誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。
お読み頂きありがとうございます。