爆走聖女と大司教に3コース
クロから断られた聖女タトーラは祈りの姿勢から立ち上がり目の前で起こった奇跡に歓喜しながら馬車が向かった王城の方角を見つめ、走り出そうとした所をライナーに肩を掴まれ視線の先を隠すように立ちはだかるヨシムナ。
「聖女さま、お願いだから城へ殴り込むとか考えないでくれよ」
「一度教会へ戻り大司教さまと話し合いましょう」
呆れながら説得するヨシムナと優しく諭すように話し掛けるライナー。だが、聖女タトーラの馬力はエンジンを噴かすように足を動かし、まわりの聖騎士たちも止めに入る。
「聖女さま落ち着いて下さい!」
「城への不法侵入は聖王国との火種に!」
「力を静めて下さい!」
薄っすらとその身を輝かせる聖女タトーラにまわりの聖騎士も必死に止めに入り、ライナーは聖女を羽交い絞めにしながら耳元で呟く。
「聖女さま、あまり我儘が過ぎますとクロ殿に嫌われますよ」
その言葉にプスンとエンジンが切れ静止する聖女タトーラ。
「き、嫌われてしまうのですか!? 使徒さまに嫌われてしまうのですか!? ふえぇ~ん」
取り乱すように金切り声を上げる聖女タトーラと後ろから羽交い絞めにしていたライナーはその拘束から解放し、まわりの聖騎士たちも一定の間隔を開け離れ前に回り込むライナー。
「明日教会へ来ると約束してくれたではありませんか。涙を拭いて一度教会へ戻りましょう」
溢れ出した涙を修道服の裾で拭きライナーはそんな彼女を優しく抱き締める。
「こりゃ、本当に御守りだな……」
後頭部を掻きながら小さく呟くヨシムナの声が耳に入ったのか眉を顰めながら厳しい視線を向け、他の聖騎士たちは乗って来た馬車や馬の下へと向かう聖女が乗り込めるよう準備する。
「ささ、聖女さま、乙女心のわからない阿呆は置いて教会へ戻りましょう」
「は、はい……」
涙はまだ止まらないがライナーが手を引き馬車へと乗り込み、後を追うヨシムナ。だが、ライナーが乗り込むと扉が閉められ片眉を上げて顎をしゃくり、「走って帰れと」声に出さず口パクでドアのガラス越しに伝える。
「おいおい、ここから教会までそれほど離れてないが……」
走り出す馬車を見つめ大きなため息を吐き、重い鎧をガチャガチャと音を立てて後を追うのであった。
使徒さまを我が国へ連れ帰れば私の地位も安泰というものですね……攻略不可能と思われていた死者のダンジョンを単独突破する実力と剣聖が手元にあれば怖いもの無し。それに加えて使徒さまを旗頭にすれば新たな派閥を創ることさえも……教皇にさえ手が届くというものです……
教会の来賓室から外で訓練をする剣聖とその娘との模擬戦を見つめる大司教タトスは口元を緩めて未来を妄想する。
「随分とご機嫌ですね……」
同室でお茶を共にしていた教皇はにやけた大司教タトスの表情に眉を顰めて口を開く。
「それはそうでしょう。使徒様と同じ街にいるというだけで心が高ぶるというものです。それに、今頃は聖女タトーラが使徒様と出会っていると思えば二人の幸せを祝福するというのが親心でしょう?」
大司教タトスの言葉に大きなため息を吐く教皇。
「はぁ……貴女は分かっておりませんね。クロ殿は本人が使徒だと否定しております。それは私が聖王国へ報告したはず……それなのに使徒と大々的に認定し、聖王国へ連れ帰るのが目的とか……
エルフェリーンさまの怒りが向かうとどうして理解できないのでしょうか……カイザール帝国が滅んだばかりだというのに……」
「カイザール帝国は確かに滅びましたが、被害は皇帝だけだというのも事実です。民主国家という新たな国に生まれ変わったという方が正しいでしょう。エルフェリーンさまも使徒様が自ら足を進めたとあれば止めることはできない。これもまた事実でしょう」
勝ち誇った笑みを浮かべる大司教タトスに対して教皇は溜息すらも出なくなり目を閉じる。
私は精々、聖王国が無くならない様に祈ることしかできませんね……
教皇は目を閉じたまま娘の優秀さを親ばかに話す大司教タトスの言葉を聞き流しながら今後の事を思案していると、ノックの音が響き目を赤くはらした聖女タトーラの帰還に驚く。
「これは、どうしたというのですか!」
叫ぶ大司教に目を赤くはらした聖女タトーラが口を開く。
「も、申し訳ありません……使徒さまからは随行を拒否され……」
「な、なんですって!」
叫びを上げる大司教タトスは共に入って来た聖騎士ライナーと肩で息をするヨシムナへ視線を強める。
「使徒さまからは明日こちらへ窺うと伝言を受けております」
「それは急な来訪を無礼だと?」
「それもあるかもしれませんが使徒さまは王城へと向かわれました。やる事があるとかで……」
ライナーの説明に顔を顰める大司教。
「お母さま……使徒さまはあの場で天使さまを降臨され、使徒さまの守りは天使さまが付いているので必要ないと発言されました……私のような聖女よりも天使さまが守護するとでは……格の違いを見せつけられましたがとても尊いお姿で……」
「て、天使さまが顕現されたというのですか!?」
「はい、純白に輝く天使さまの名はヴァルさまと呼ばれておりました。使徒さまの前で膝を付き、使徒さまを主さまとお呼びしておりました……」
泣きはらした瞳を真直ぐに大司教タトスへ向ける聖女タトーラが嘘を言っているとは思えない事もあり、天使という神の遣いの登場に混乱する頭を整理しようと聖騎士たちを退出させるべく声を掛ける。
「ご苦労様です。一度椅子に掛けお茶を飲み落ち着きなさい。あなた達もご苦労様です」
「なら、私も失礼するわ。エルフェリーンさまが激怒せぬよう立ち回って下さいね」
教皇が言葉を残し退出し、静かに目を閉じドアの締まる音を耳に入れながらこれからの行動を熟考する大司祭タトス。
聖女はシスターから届けられたお茶を口にしながらクロの表情と膝を付く天使の姿を思い出して頬を染めるのであった。
一方、クロたちは王妃リゼザベールを先頭に王宮から続く長い渡り廊下を進み、辿り着いた大きな石造りの会場へと辿り着いた。まだ作業をする者たちもいるが王妃の登場に手を止めて頭を下げ、「私たちには構わず作業をお願いね」と軽く挨拶をすると作業へと戻り、こちらへ駆けてくる男が視線に入る。
「王妃様! 現場はまだ作業中で危険でございます!」
「ええ、理解しているわ。今日はレーシングカートを提供して下さったエルフェリーンさま方にコースと会場の下見をさせてもらうだけよ」
「それならば宜しいのですが……あまり作業現場に近づかぬようお願い致します……」
渋々といった顔で許可したのはこのサーキット会場を指揮する建設担当者。多くの貴族の屋敷や橋に街などを設計したベテランの設計士である。
「コースは三つ用意し、錬金工房にあったコースと、更にカーブを増やしたコースに、二つのコースを囲むよう設計した楕円のコースになりますわ。客席は上から見られるよう段差を付けたスタンドにし、この会場の外には試走できるコースも建設予定ですわ」
自慢気に語る王妃リゼザベール。エルフェリーンとルビーはその光景に目を輝かせ、ビスチェやロザリアにシャロンたちスピード狂もいつかこの場で走れればと期待感を膨らませる。
「どうせなら屋台の料理を売るエリアとかも欲しいですね~お酒を片手におつまみを食べながらレースを観戦できたら日頃のストレスも解消できますからね~」
「それは素晴らしいですわ! 貴族用には専用のコース料理を食べながら寛ぎ、市民は屋台の料理を口にしながらレースを楽しむのですね! 経済効果も更に生まれますわ!」
どうやらアイリーンが適当に発言した案を採用され、設計士は図面を開き貴族用の料理を作る厨房と、屋台が設置できる場所に頭を悩ませるのであった。
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