ウサギリンゴと王女からのお願い
「聖王国からの申し出はクロ殿に聖女を付けるという事か……」
「それではまるでクロ殿の首に鎖を付けると言っているようなものですわね……」
国王と王妃の言葉に静かに頷くクロ。
聖王国議会が掴んでいるクロの情報はクロが巻き込まれた異世界人であり、死者のダンジョンの単独突破し、エルフェリーンの弟子で流行り病の予防策を発案したという事に加え、神々から名指しで神託を受けた事や、ターベスト王国の王都で発生した大量のアンデット事件後に天を割り直接女神ベステルがクロの名を呼び教会へ向かうよう指示された人物としても有名である。
宗教国家として女神ベステルを崇める聖王国としてそんな人物に聖女を随行させるのは当然の処置ともいえるだろう。
「うむ、クロと教会へ行けばほぼほぼ天界への魔法陣が現れるのも、聖王国に知られれば大変な事になると思うのじゃが……」
「あのような体験は確かに貴重ですわね。私も天界へ一度向かわせていただきましたが、神々を前に一緒に食事を取り話す機会が訪れるとは思いませんでしたわ……」
ロザリアが指摘するように天界へ生きた人族が招集されるような事はほぼなく、あるとすれば異世界召喚された勇者が帰りに寄らせてもらうぐらいであり、長く生きているエルフェリーンでも数回会ったぐらいである。それが、教会へ行けば天界への魔法陣が開くクロという存在は異質といえよう。
「行く度に料理と酒を提供しているだけだと思うのですが……」
「それでもですわ。教会関係者からすれば神々の声を聞くだけでも喜びを感じるというのに直接会うことができるのですよ。こちらの教会からその事が伝わっているとしたら教皇すべてが今回の件で動いているはず……恐らくはその事実は知られていないのでしょう」
「そうだね~天界へ誰かを一緒に連れて行けるというのは神々を慕う者たちからしたら特別といっていいね~まあ、クロは僕の特別だけどね~」
ニッカリと笑顔を浮かべ話すエルフェリーンが場の空気を換えようとしたのだろうとクロは微笑みを浮かべる。
「キュウキュウ~」
「白亜も俺を特別だと言ってくれてるのか?」
グワラに抱かれた白亜の鳴声に視線を向け、キャロットが首を横に振る。
「キャロットさまは果物が食べたいのだ。皮を剥いて切って欲しいのだ」
「………………そうだな。持って来たのとは別に今用意しますね」
アイテムボックスから収穫した果実を取り出してナイフで皮を剥くクロ。本来なら国王を前にアイテムボックスを発動させただけで近衛騎士が飛び掛かって来るだろうが、そこは交流もあり信頼されているのか咎める者はおらず器用に皮を剥きメイドが持って来た皿に並べるクロ。
「私はウサギさんのリンゴがいいですね~」
「ウサギさんのリンゴですか?」
「そうですよ~クロ先輩は優しいのでリンゴもウサギさんにしてくれますからね~」
アイリーンとその横に座りクロが皮を剥くリンゴを見つめていたアリル王女からの言葉を耳に入れ、二つ目のリンゴは皮をすべて剥かずにウサギの形に皮を残して皿に並べると笑みを浮かべるアリル王女。
「ウサギさんです! お耳があります!」
「うふふ、クロさまは本当に器用ですね」
「その様な皮の剥き方があるのですね。小さなお子様が喜びそうです」
アリル王女が喜び、メリリも初めて見るウサギさんリンゴに微笑みを浮かべ、メイド長が感心したように凝視する。
「リンゴは変色しやすいので早めにどうぞ。こっちの葡萄も美味しいですよ」
テーブルに剥いたリンゴと葡萄の乗った皿を置き、メイドたちは先ほどお土産に持って来た葡萄ジュースをグラスに注ぐ。
「キュウキュウ~」
「任せるのだ!」
王族よりも素早く手を出しウサギの形のリンゴをフォークに刺して白亜に持たせるキャロット。こちらも本来なら不敬に当たるが咎めるような事はなくその姿に微笑みを向ける国王と王妃。アリル王女もメイドから皿に取ったウサギリンゴを受け取り嬉しそうに見つめ、ハミル王女も同じように目を輝かせる。
「カミュールはまだ授乳が終わらないのかしら? 折角のクロ殿からの差し入れが食べられないのは残念だわ」
もう一人の王妃であるカミュールはまだ一歳に満たないミミル王女の授乳のため姿を見せておらず、クロはそれならと魔力創造でポンニルの出産祝いにプレゼントした乳母車を創造する。
「出産祝いを送るタイミングがありませんでしたので良かったら御使い下さい。紙おむつとかも便利ですので創造しておきますね」
「それなら私もおくるみと赤ちゃん用の靴下や下着を送りますね~サイズはたぶん大丈夫だと思います」
魔力創造で紙おむつを数個創造し、アイリーンはアイテムバッグから大量に生産した小さな靴下やおくるみをテーブルに広げ、それを一枚手に取ったメイド長が口を開く。
「これはとても手触りが良いですね」
「七味たちと協力して作りました。手触りはもちろんですが通気性や吸水性もよくて着心地が良いですよ~」
「カミュールも喜ぶと思いますわ」
立ち上がり乳母車を手に喜ぶ王妃。
「おお、これは瑞々しくて美味い。連日の疲れが取れそうだよ」
「最近は書類仕事が多く、嘆願書も見飽きるほど目を通しましたからね……」
国王とダリル王子がリンゴを口に運び癒され、疑問に思ったエルフェリーンが口を開く。
「嘆願書? 何か問題でもあったのかい?」
「問題という事ではないのですがレーシングカートを自身の領でも使いたいと、その製法やらを教えて欲しいと」
「宮廷魔術師と鍛冶師たちがやっと解析できた技術。すぐに教えるのもアレなのでな……」
国王の視線は王妃へと向けられ、乳母車を手にエア散歩をする姿にため息を吐く。
「そこは自分たちでどうにかするしかないね~レーシングカートといえば新作もあるぜ~七味たち用に作ったコンパクトな仕上がりのマシンにキャロットたちが乗れる大型の物も作ったからね~」
その言葉に乳母車から首をぐるりと変え目を輝かせる王妃リゼザベール。ルビーもその食いつきが嬉しいのか「クロ先輩!」と声を掛ける。
「ここに出すと高そうな絨毯が汚れますから後で、」
「いえ、汚れてもかまいません! 是非、この場にお出し下さい!」
キラキラした瞳を向けクロの言葉を遮り発言する王妃。
「主さま、浄化魔法を使えば問題ありません」
呼んでもいないのに現れるヴァルが膝を付き発現し、クロはアイテムボックスを起動し新作のレーシングカートを取り出すとドレス姿などお構いなしにテンションを上げて食い入るように外装や内装にタイやまわりを見つめる王妃リゼザベール。脳内ではすでにコースを走らせているのだろう。
「私が乗るにはあっちは大きくて、こっちは小さいです……」
ウサギさんリンゴを食べていたアリル王女が肩を落とし、アイリーンが後ろから優しく頭を撫でながら声を掛ける。
「それならルビーお姉ちゃんにお願いしましょうか。ああ、でも、レーシングカートは危険もあるからできるだけ安全なものを作ってもらわないとですね~」
優しく掛けられた言葉に目を輝かせルビーに突撃するアリル王女。
「ルビーお姉ちゃん! お願いします! いい子にしますのでアリルが乗れるカートが欲しいです!」
「ふわっ!? えっ、あの、王女さまっ!?」
腰に抱きつきお願いするアリル王女の行動に慌てふためくルビーは、クロへ助けてと視線を送るがその様子に微笑みを浮かべるクロ。
「ルビーさま、私もマヨの容器のようなカートを作っていただけると嬉しいですわ! クリーム色したボディーの先端は赤くし、タイヤはゆで卵のような白と黄色にしていただけたら、きっとマヨパワーで早く走れると思います!」
迷いなくマヨが最強だと自負するハミル王女からの追撃もあり、ダブル王女からのお願いにルビーはその二台の製作を了承するのであった。
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