城に住まう精霊とちょっとした勘違い
数台の馬車に乗り聖女を振り切った一行は城へと到着し、ハミル王女とダリル王子にメイドたちが敬礼する姿に会釈するクロ。
「私もあっちへ行った方がいいですか?」
クロの顔を見上げそう口にするアリル王女にエルフェリーンは優しく頭を撫でながら口を開く。
「別に僕と一緒でも良いと思うぜ~ほら、階段があるから転ばないようにね」
「はい、一緒です」
エルフェリーンの手を握るアリル王女と足を進め互いに挨拶を交わす一行。クロは視線の隅に見慣れない存在を見つけ視線を向ける。
「音の精霊? 派手なカエルだな……」
「もっとよく見てみなさい。足のまわりにはオタマジャクシもいるわよ」
ビスチェの言葉を受け目に魔力を集め音の精霊を凝視するクロ。視界には黄色いボディーのカエルと足元には数匹のオタマジャクシが映り顔を引き攣らせる。
「思っていたより多くいるな……」
「それだけマヨの歌を気に入っているのよ。あっちには土の精霊や風の精霊もいるわね」
ビスチェの指差す中庭へ視線を向けると不自然に宙を泳ぐ小さなクラゲや植木の間から顔を出す魚の頭が見え、更に顔を引き攣らせるクロ。
「見えない方が幸せな事もあるのかもな……」
「意識して見ようとしなければ見えないから安心しなさい。たまに見て欲しい精霊とかもいるから見えてしまうのは仕方がないけど……慣れることが一番ね」
精霊王と契約したクロは以前よりも精霊の姿が鮮明に見えるようになり、微細な精霊や好意的な精霊を視界に入れることが多くなった。特にビスチェが契約する鳥の形をした二匹の精霊はクロにも好意的で頭や肩に止まることもあるほどである。
「クロさん、聖王国からの使者とお会いしたと報告を受けましたが大丈夫ですか?」
中庭の精霊を見ていたクロへ近づき話し掛けるダリル王子。その後ろにはハミル王女も心配そうな表情を浮かべている。
「ええ、聖女さまと聖騎士の方々にお会いして、随行したいとお願いされて驚きました。後で教会へ行くのでその時にきっちりと断ろうかと思っています」
「随行ですか?」
「自分のことを使徒だと勘違いされているようですね。聖王議会だかが聖女を付けて監視させたいのかもしれません」
「なんだか凄いですね……ですが、クロさんの行動は使徒さまだと思われても仕方がないと思いますよ。神々へ料理を提供したり、神々が住まう地へ向かったり、天を割って現れた女神さまから指名されたり、クロさん宛ての神託が降りたりもありましたし……」
「私とハミルも一緒に天界へ行きましたが、神さま方は皆さまフレンドリーで驚きました。これもクロさまの人徳。使徒さまだと言われても私は納得します」
ダリル王子とハミル王女からの言葉にガックリと肩を落とすクロ。
≪聖女さまが付いてくるとか、クロ先輩は異世界ハーレム物の典型ですね~ああ、羨ましいですねぇ~≫
ガックリと肩を落とした目の前に急停止する日本語の文字を手で丸め、アイリーンへと向け指で弾き大きなため息を吐くクロ。
「今日は家で採れた果実を持って来たぜ~ハミルとアリルが飲めるようワインにする前のジュースも持って来たから飲んでくれよ~」
「ふわぁ~ありがとうです!」
「それは楽しみですね! リンゴなどはマヨとも相性が良いのでサラダにしても美味しいです!」
純粋に喜ぶアリル王女とマヨに浸食されているアリル王女。ダリル王子はそんな妹を心配そうに見つめながら城の中へと案内され、王家専用のサロンへと向かう。
「なあなあ、城の中にも意外と精霊がいるんだな」
最後尾を歩くクロは隣を進むビスチェへ話し掛け視線に入る精霊たちの多さに驚く。
「そうね。このお城は特に多い気がするわ。精霊はどこにでもいるけど魔力が多い所に多く住む傾向があるわね。地脈との関係もあるし、精霊の属性も関係あるわ。あの壁からこっちを見ている精霊は静寂を好む精霊よ。属性的には音の精霊になるけど足音と話し声で顔を半分だけ隠しているわね。あっちは土の精霊、上を漂っているのは風の精霊ね」
壁からフクロウのような顔を半分出す精霊と視線が合い軽く会釈をするクロ。すると壁から一斉に顔を出しクロへと瞳を向ける精霊たち。その数の多さにクロとビスチェは驚きの声を上げる。
「ひっ!?」
「ちょっ!? 多いな」
最後尾の二人が悲鳴を上げた事で歩みを止め、エルフェリーンは笑いながら口を開く。
「城に住む音の精霊たちが一斉に顔を出したから二人が驚いたんだよ。みんなには見えないかもしれないけど、壁から精霊たちが顔を出しているんだ」
「精霊さんがいるのにキラキラしてませんよ?」
アリル王女が疑問を口にし、皆で壁へ視線を向ける。
「あれは喜んでいる時に見える光景だね。精霊は身を潜めている事が多いからね~それにしても数が多いね」
壁から顔を出す精霊たちの数の多さに驚くエルフェリーン。精霊が見えない者たちは首を傾げ、精霊が見える者からしたらその数の多さに驚くだろう。
「う~ん、もしかしたらクロが精霊王と契約したから挨拶に来ているのかもしれないね~」
「せ、精霊王さまと契約したのですか!?」
ダリル王子が驚きの声を上げハミル王女は口をあんぐりと開け驚き、同行していたメイドたちも目をパチパチとさせ信じられないという表情を浮かべる。
「成り行きで契約しましたね。それが原因で精霊が前よりも鮮明に見えて……もしかしたら自分が会釈したから顔を出してくれたのか?」
まだ壁から顔を出している多くの音の精霊へ声を掛けると一斉に頷き思わず後退るクロ。
「あはははは、これだけの精霊が挨拶に来るとか凄いね! クロの人徳だね~」
「一斉に頷かれると少し怖いわね……」
「ああ、少しだけ怖かった……あの、もう大丈夫ですから戻って下さいませんか」
クロの言葉を確りと理解しているようで一斉に姿を消す精霊たち。その行動に胸を撫で下ろしサロンへと向け足を進める一行。
辿り着いたサロンには疲れた顔をする国王ルーデシスとホクホク顔の王妃リゼザベールがおり立ち上がり頭を下げる。
「エルフェリーンさまのお陰でコース自体は完成しましたわ! 後は客席と選手の育成を残すのみ! 先日のお披露目会では多くの貴族や商人からもレーシングカートの有用性に目を光らせておりましたわ!」
「それは良かったね~大々的にレースをしても楽しいだろうし、貴族同士で選手を育てて戦争の代わりにすれば血を流さなくて済むね~」
「戦争の代わりは難しいと思いますがレーシングカートの機能を応用すれば貿易のスピードが上がります。魔道駆動の解析も完了しましたので大型のカートを作るための魔石もダンジョンから産出されるものを買い取り……クロさま、深くお礼申し上げます」
王妃リゼザベールがエルフェリーンからクロへと視線を変え深く頭を下げ、下げられたクロは首を傾げる。
「えっと、自分にお礼を言われる意味が解らないのですが……」
「うむ、クロ殿がダンジョン神さまに掛け合い様々な調味料や料理箱といったアイテムが産出するようになってから冒険者たちに活気が戻りつつあるのだ。結果として魔石も以前の三倍は売りに出されているよ。カートを作るには魔石が必要な事を見越してお願いしたのだろう?」
国王ルーデシスの言葉にクロは首を傾げ、話を振った国王も違ったのかと気まずく思いながら咳払いをして話題を変える。
「聖王国とももう会ったと報告があったが、大丈夫なのかな?」
国王の言葉に先ほどの出来事を思い出しながら簡単に説明するクロなのであった。
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