往生せいや~~~~~とチーランダ
朝食の片付けを終えたクロとシャロンが外に出ると曇っているお陰か過ごしやすい気温に、これなら熱中症の危険も少ないと思いながら足を進める。
「ロンダルは別に弱くないよな?」
「そうですね。普段使っているのが弓なので模擬戦では不利というだけですね。模擬専用の弓だと速度が落ちますし、チーランダさんは素早い動きで真正面からくる矢はまず当たらないと思います。近づかれたら弓を捨てショートソードで戦い、二刀の手数の多さに捌けなくなる感じですね」
ロンダルの戦い方を話し合いながら足を進めアルラウネのアルーが視界に入り手を振り挨拶を交わす。
「今日は過ごしやすくて元気そうだな」
「ええ、ギラギラしていた日の光が落ち着いて良かったわ。この日差しを遮る屋根と貯水槽には助けられたわ。ありがとね~」
微笑みを浮かべお礼を口にするアルー。植物であり亜人種のアルーはどんなに暑くてもこの場から移動する事はできなく、クロがブラインドを改造し屋根代わりにし、エルフェリーンが地下から巨大な岩を持ち上げ半分に切り中をくり抜き貯水槽にした事で涼を取り猛暑を乗り越えたのだ。
近くに住む妖精たちも貯水槽のプールで体を冷やし、遊びでアルーに水を掛け両者で良い関係を築けているのも大きいだろう。
「ああ、ブラインドは壊れやすいから、いつでも治すから言ってくれ」
「ええ、頼りにしているわ」
アルーと何気ない話をしていると聞きなれない叫びが耳に入り視線を向けるクロとシャロン。視線の先には木剣を構えるロンダルと指導するアイリーンの姿がありジト目を向けるクロ。
「往生せいや~~~~~~~~~」
ショートソードよりも短いナイフ形の木剣を右手に持ち左手を添え走るロンダルの姿に、うんうんと頷き満足気なアイリーン。
「おいこら、ロンダルに何を教えているのかな?」
指導するアイリーンの隣に立ち声を掛けるクロ。その間にもロンダルは走り込み「往生せいや~~~~~~~~」と掛け声を上げている。
「見ればわかるじゃないですか。走り込みながら声を上げ肺活量と勇気を付ける訓練です!」
「俺には特攻するヤ〇ザ映画のワンシーンにしか見えないが……」
ジト目を向けられたアイリーンは笑顔で「確かに……」と呟き、シャロンは不思議な光景に首を傾げ、同じように見学していたロザリアも呆れた表情でクロへと声を掛ける。
「アレで戦うとしてもチーランダに一撃入れられるとは思えんのじゃが……」
「ですから、ヤのつく自由業としての凄味が出ればと……あの、クロ先輩、顔が怖いですよ……それこそ、ヤのつく自由業的で……」
「ロンダルは素直な所が長所なのにお前のせいで性格が捻くれたら可哀想だろ……はぁ……お~い、ロンダルはちょっと休憩な」
クロから声を掛けられ「往生せいや~~~~~~」の掛け声で戻ってくるロンダル。その姿に肩を震わせるアイリーンに咳払いをするクロ。
「ほい、これを飲んで少し休憩な。アイリーンは反省するまでそこでスクワットな」
「へ?」
「へじゃなくて、スクワットな。そうじゃないと昼食にピザを焼くがチーズ抜きにするからな」
「なっ!? チーズが乗ってないピザとかどんな罰ゲームですか! ウニーンとチーズが伸びるから美味しいのにそのチーズを取るとか卑怯です! 悪魔です! 地上げ屋ですか!」
「チーズと生地抜きでもいいが」
「くっ! 生地上げ屋だったとか、クロ先輩がヤのつく自由業です!」
「もうそれでいいからスクワットでもやって反省してろ。ロンダルは休憩しながらチーランダが模擬戦するところを見て何か手を考えような。さっきまでやっていた走り込みは限りなく意味がないから忘れていいぞ」
クロの言葉に口をぽっかり空け固まるロンダル。アイリーンは渋々といった表情でスクワットをしながら「マルゲリータ、マヨコーン、アスパラベーコン」と自身が食べたいピザの種類を口にする。
「ほら、メリリさんとチーランダが模擬戦するからさ」
クロの視線の先では木剣を二本構える二人が礼をして互いに間合いを詰める。心なしかメリリのテンションが高くスキップしながら足を進め、対するチーランダは様子を見ているのかジリジリと間合いを計るように詰める。
「メリリさんは楽しそうですね」
「自分もあの楽しそうなステップにやられました……緩急があるからか気が付くと目の前に現れて……」
「チーランダもどう手を出していいか困っている様に見えるな」
「くっ! スキップしながら大きな胸も弾ませるとは恐れ入りますね……」
スクワットをしながらメリリの胸を指摘し男性たちは思わずチーランダへ視線を向け、そこで一気に間合いを詰めるメリリ。スキップという歩行から間合いを詰めカウンターを狙っているのかチーランダが木剣を持つ左手を前に構え右手で突きを狙い、加速したメリリは両手をぶらりと下げたまま目の前に迫る。
「破っ!」
盾代わりにしていた左の木剣を下げ右の木剣で突きを放つチーランダ。本来なら左の木剣でメリリの一撃を受けてからその突きを放つ予定だったのだろうが完全に間合いに入った事で攻撃しなくてはと突きを放ったのだ。対してメリリはその突きを躱し、すれ違いざまペチペチと小さな音が響く。
「もうっ! 全然当たらない!」
「うふふ、これが経験の差ですねぇ。まだまだこれからですよ~」
木剣を持った手の甲で自身のお尻を摩るチーランダ。すれ違いざまに放たれた二撃はチーランダの臀部を捉えていたのである。木剣でなければそれこそ十字のお尻になっていた事だろう。
「あの動きとか僕には無理ですよ。それにあんな攻撃をしたら模擬戦の後の方がボコボコにされそうです……」
「そこは見習うな……でも、あの動きは参考になるかもな。緩急を付けて回避できれば短気なチーランダは我慢できずに攻撃してくるだろうから……いや、チーランダも相当早いよな」
「チーランダさんの突きや薙ぎは一般的な剣術よりも早いと思います。普段両手に持っているのもリーチがあまり長くないダガーですから隙も少なく手数で押すタイプだと……」
「もっといえば、チーランダさんは突きよりも剣の軌道を円にしたような剣術なので、メリリさんのトリッキーな動きが普段の剣術を封じているのかもしれませんね~」
シャロンとスクワットを続けるアイリーンの言葉に頷くロンダル。
「ああ、回転しながら打たれた事あったな。木剣でも遠心力が乗るから痛いんだよなアレ……」
木剣をハの字に構えゆっくりと歩を進めるメリリ。チーランダは上下に木剣を構え走り出し右から振り下ろし空を切る音が聞こえたが、それを音なく木剣で逸らし、更に追撃とばかりに左手からの一撃も音なく逸らすメリリ。
それが数回続き、カツンと小さな音が鳴り両手を上げるチーランダ。逸らすのではなく上へと弾かれがら空きになった所へメリリの木剣がスッと差し出され、首と心臓にピタリと当てられ静止する。
「ううう、参りました……」
顔を歪めながらも敗北を受け入れるチーランダ。メリリはゆっくりと木剣を戻し微笑みを浮かべる。
「うふふ、今度は寸止めが上手くいきましたぁ」
どうやら昨日のロンダルとの模擬戦で怪我をさせた事を反省していたのか、相手の事を考えた戦闘スタイルにしたのだろう。
「次はロンダルかクロとやる!」
余程悔しかったのかチーランダが叫びロンダルがクロの後ろにスッと隠れ、クロはアイテムボックスを起動してテーブルを出現させる。
「俺は昼食の準備をするから無理だからな~ロンダルはシャロンと組手をすると言ってたからロザリアさんとやったらどうだ?」
テーブルに打ち粉をして発酵させていたピザ生地を切り伸ばし始めるクロに口を尖らせるチーランダ。
「ロザリアさんじゃ絶対に勝てないの! レイピアって私の剣をすり抜けるのか剣に当てることもできなかった!」
半ギレ気味に叫ぶチーランダ。それを見てシャロンはロンダルと視線を合わせ無言で頷き離れた位置へと移動する。
「リンシャンさんとかはどうなんだ? 戦っている所は見たことないけどさ」
話を逸らすべくポンニルの代わりに『草原の使い』へと加入した母であるリンシャンを口に出すクロ。
「お母さんは卑怯なの! 槍を使って間合いには絶対に入らせてくれないし、入ったとしてもグルグル回して穂じゃない方も使って気が付くと地面に倒れちゃう……ううう、ここだと修行になるけど勝てるのがクロとロンダルだけなんだもん!」
子供のような事をいうチーランダだが事実シールドを使わないクロになら連戦連勝でありピザ生地を伸ばしながら適当な相手って難しいよなと思うクロ。
「キュアーゼさんやメルフェルンさんとかはどうなんだ?」
「まだやってない! でも、あの胸には勝てる気がしない!」
「胸は関係ないだろ……まあ、ここにいる間に俺とロンダル以外に一本取ろうな。ああ、ルビーも負けてたな」
「う、うん、メリリさん。もう一本お願いします!」
気持ちを切り替えて模擬戦をお願いするチーランダに、メリリは微笑みを浮かべるのであった。
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