トラウマロンダル
翌日になり朝日と共に大きな欠伸をしながら起きてきたクロが朝食の支度をしているとゲストロームからロンダルが顔を出し朝の挨拶を交わす。
「今日は早いな。まだ旅の疲れがあるだろ」
「おはようございます……」
まだ眠いのか目を擦りながら挨拶を躱し洗面所へと向かい顔を洗いスッキリとすると「走ってきます」と声を残し外へと向かうロンダル。昨日のメリリとの接近戦の訓練で思う所があったらしく早朝から自主練に向かうのだろう。
玄関のドアが閉まると同時に階段からの足音に気が付いたクロは視線を向けビスチェの姿を確認すると声を掛け、ビスチェは気怠そうな表情で声を返す。
「おはよ……今誰か……出かけたかしら?」
「ああ、ロンダルがやる気みたいだな。昨日はメリリさんから双剣の捌き方を教わったからだろうな」
「あら、それなら私もチーランダの捌き方を教えようかしら」
ややサドッ気のある表情を浮かべるビスチェに顔を引きつらせるクロ。ビスチェとチーランダは剣術だけでいえばビスチェの方がほんの少しだけ強く、チーランダからしたら倒すべき目標であり来る度に模擬戦を挑まれる仲である。
「捌き方って、この前は一本取られていただろ?」
「あら、クロはボコボコにやられていたわよ。魔術や精霊術を使えばチーランダもクロも余裕で勝てる私が教えればロンダルももっと強くなるわ」
「そりゃ、そうかもしれないが……朝からロンダルに無理をさせるなよ」
「そこは心得ているわよ。メリリみたいに歩けなくなるほど苛烈な訓練はしないわ」
そう言葉を残して外へ向かうビスチェ。本来の目的である薬草畑への水やりと草むしり後にロンダルへ修行を付けに行くのだろう。
「ロンダルが壊れないといいが……そろそろ炊けるかな~ん?」
炊きあがった米を確認しアイテムボックスへと収納していると階段から降りてくる足音が耳に入り視線を向けると、フィロフィロが滑空する姿が目に入りその後ろをゆっくりと降りてくるシャロンの姿があり互いに挨拶をし、キッチンカウンターに着地したフィロフィロを優しく撫でるクロ。
「シャロンも早いな」
「も? ああ、ビスチェさんは水やりですね」
「ビスチェもだな。ロンダルはもう走りに行ったよ。昨日の事が頭にあって頑張るみたいだな」
「昨日はメリリさんにボコボコにされていましたから……凄く心配しました……」
メリリとの修行から帰ったロンダルは体中に痣がありボコボコという表現がぴったりで、お姫様抱っこで屋敷へと戻ったメリリは焦りながらアイリーンへ回復魔術を願ったほどである。
「双剣の連撃が綺麗に入ったとかいってたよな……」
「そうですね……」
互いに苦笑いを浮かべる二人。
「主さま、ご心配なら自分がロンダルを鍛えますが」
キッチンの一角に急に現れて膝を折るヴァル。クロは急に現れるヴァルに最近慣れてきたのか手を振りながら「それはいいからまずは立ってくれ」と声を掛け、朝食の準備を手伝うように指示を出しそれが嬉しいのか翼を大きく広げる。
「僕はフィロフィロたちと散歩に行ってきます」
「気を付けてな。ああ、それとビスチェがやり過ぎないように見てやってくれ」
「はい、今日は屋敷の上空を飛ぶので監視しますね。フィロフィロ行くよ」
「ピィー」
キッチンカウンターから飛び立つフィロフィロを目で追いながら玄関から出るシャロンに手を振り、振り返ると翼を大きく広げキラキラと目を輝かせ期待するヴァルの姿に何をお願いしようか悩むクロであった。
「いや~早起きは三文の徳といいますが、こちらではどのぐらいの貨幣価値ですかね~得しましたよ~フヒヒヒヒ」
鼻息荒く腐ったオーラを放つアイリーン。その後ろでは疲れているのかぐったりとしたロンダルと、良い汗をかきましたといった表情のシャロンに、眉を八の字にするビスチェの姿があり、三者三様の様子を見たクロは汗をかいただろうと冷やしたスポーツ飲料を魔力創造してキッチンカウンターに置くとメリリが笑顔で受け取り三名へ渡すべく動き上がる悲鳴。
「ひっ!?」
ロンダルの短い悲鳴に顔を引きつらせたまま固まるメリリ。その姿にビスチェは溜息を吐きシャロンは苦笑いを浮かべる。
「す、すみません……昨日の鬼神の如き戦いぶりが凄くて……すみません……」
そう口に頭を下げるロンダル。
「そ、そうですか……鬼神……選りに選って鬼神……」
『双剣』の二つ名を持つメリリの脳内に浮かんだ鬼神は悪鬼と呼ばれたナナイであり、オーガらしくこん棒を持ち勇ましく戦う姿を思い浮かべ顔を引き攣らせたまま小さく呟き、それでもクロから受け取ったスポーツ飲料を手渡すとフラフラと足を進めビスチェとシャロンに手渡しソファーに腰を下ろす。
「あ、あの、驚いたのが悪かったのでしょうか? それとも鬼神と例えたのが……」
シャロンとビスチェに今の事を質問するロンダル。
「鬼神……女性に向ける言葉ではないわね……」
「オーガなら喜ぶと思いますが、メリリさんはラミアですから喜ぶとは……」
二人もソファーでぐったりとしながらショックを受けているメリリへと視線を向け口にし、今後は鬼神という単語を口にしないよう心に刻む。
「私はかっこよくていいと思いますが、メリリさんは猫耳を付けて可愛らしさを出しているので鬼神よりも荒ぶるニャンコの方が良かったかもですね~」
「荒ぶるニャンコって……どっちにしても後で謝ればメリリさんなら許してくれるだろうし、修行もまた手伝ってくれると思うぞ。もうすぐ朝食にするからその前に汗を流すか浄化魔法を受けて、早いな……」
クロの言葉に反応するように浄化魔法を掛けるヴァル。翼を広げ褒めて欲しそうな雰囲気を醸し出しロンダルやシャロンからお礼を言われ頷き、クロからも感謝されると満足げな表情で空気に溶けるように姿を消す。
「ヴァルは本当に便利よね。浄化魔法もそうだけど姿を消したり急に現れたりできるし、ランスを使った剣術も相当なものよ」
「空も自由に飛べますからね~上空からの神聖魔法だけでも厄介なのに地上からの糸とかも簡単に避けますから勝ち筋が見つかりませんよ~」
「転移ではないと思いますが姿を消すのは凄いですよね。戦いの最中にそれをされたら相手は確実に困るだろうし……」
「俺としては朝食が完成したのに起きてこない方が困るがな。アイリーン頼む」
「了解です! 朝から良いものが見られてご機嫌ですからね~行ってきます!」
糸を天井へと飛ばしまだ起きてこないエルフェリーンたちの部屋へと向かうアイリーン。それを見送りクロは食器などを並べ始めシャロンとロンダルも手伝いリビングに続々と集まる乙女たち。
「ふわぁ~今日も美味しそうだね~」
大きな欠伸をしながら階段を下りてきたエルフェリーン。その横で目をこすりながら現れるロザリア。下のゲストルームからは朝から凛としたリンシャンとツインテールじゃないチーランダが席に付き、慌ただしく階段を下りてくるルビー。
「メリリさんも朝食にしましょう。クジラの大和煮もお勧めですがベーコンエッグや魚のアラで作ったお味噌も自信作ですから」
「はい……食べて忘れることにします……」
ゆっくりと立ち上がったメリリにホッと胸を撫で下ろすクロだったが、席に付きライスを山盛りに盛る姿に違った危機感を感じるのであった。
もしよければブックマークに評価やいいねも、宜しくお願いします。
誤字報告ありがとうございます。本当に助かります。
お読み頂きありがとうございます。