精霊王とエルフェリーン
世界において精霊とはマナの循環を手助けする存在であり、世界を人体に例えるならば魔力は血液で、それを運ぶ役目を精霊が担っている。もし、精霊がその役目を全うしなければマナが循環しなくなり地表は魔力に覆われ多くの動植物が魔物化し、あっという間に世界は荒廃するだろう。
精霊は微細なものから力を持つものまで様々だが、人やエルフなどと契約する精霊は自我を持ち気に入った存在と共に歩み契約者の生涯を終える存在も少なくはない。
「で、どうするんです?」
アイリーンからの質問にクロは女神シールドに向け声を掛ける。
「契約しないとダメですかね?」
(ダメではないけど、精霊王が頻繁に現れてもっと面倒な事になるわよ?)
顎に指を当て考える表情へ変わった女神シールドに描かれる女神ベステル。
「あの、いつでも契約を破棄とかできますか?」
(それは大丈夫よ。クロは私の加護を与えているから精霊王であっても私が介入して契約だろうが口約束だろうが治めて見せるわ。それよりも海鮮丼が食べたいわ。マグロに似た魚を少し甘めなタレに漬け込み、大葉を添えて風味豊かに仕上げるとか見ているこっちにも気を使いなさいよ! フウリンとウィキールも涎を垂らしながら見ていたわ!
それにさっきのかき氷とかも美味しそうだったわね。シロップまで手作りして果実を贅沢に使い木目細かな氷を使って……)
話が脱線し始め、後で海鮮丼を奉納しないとグダグダ文字に起こされると思ったクロはアイテムボックスを起動し残った酢飯や漬けを確認する。
「黄金の果実を使って魔力回復ポーションを作ったのに、それを盗んだんだよ!」
「我がその黄金の果実を育てたのですわ! 元の所有権は我にあるのですわ!」
「黄金の果実以外の素材も使っていたのに根こそぎ盗んだじゃないか!」
「それはそちらの都合でわ? あの果実は多くのマナを使い実験として作ったもので」
「僕のだって立派な実験だったよ! 魔力が回復するのはもちろんだけど、あの果実の性能を引き出し、若返る事だって可能だったんだ!」
「それを危惧した創造神さまが私へ回収させたのですわ!」
互いに睨み合い正論と罵声を浴びせ続けるエルフェリーンと精霊王。その横でアイテムボックスから段ボールと布を取り出し、その上で海鮮丼を三つ用意するクロ。段ボールはテーブルと祭壇代わりである。
「クロ先輩はどんな時でもクロ先輩ですね~」
「海鮮丼なのだ!」
「キュウキュウ~」
アイリーンが呆れ、キャロットと白亜は自分たちも食べられると思いテンションを上げる。
「これは神さまへの奉納用だからな~」
「なるほど、生で食しても問題のない魚を醤油とみりんに酒を入れたタレに漬け込み米の上に乗せるのか……香りの強い葉を刻み上に乗せることで魚の生臭さを押さえ……」
クロの後ろから聞こえた声に振り返ると、そこには見慣れた新人の神であるダンジョン農法神であるケイルと、精霊王のような大きなエメラルドが浮きまわりにはダイヤや真珠が浮かぶダンジョン神の姿があり食い入るようにクロが作った海鮮丼を見つめている。
「ケイルさまにダンジョン神さま!?」
「これは驚かせてしまい申し訳ありません」
≪その海鮮丼も料理箱に入れれば集客率が皿に上がりそうだな≫
急に現れ驚くクロに対して丁寧に頭を下げるダンジョン農法神と、ダンジョンへの更なる集客率を高めようと研究を続けるダンジョン神。
「新たな神が現れたのじゃが……」
「クロさまは特別だと思っておりましたが精霊王にダンジョン神……」
「これはもう使徒と呼ぶべき存在だね……」
ロザリアが呆れ、グワラが顔を引き攣らせ、エルファーレも驚きの表情で固まる。
「もし良ければ味見しますか? まだ少量ですが海鮮丼も作れますし、かき氷も奉納しますのでそちらも食べて頂ければ宝箱に中身の参考になると思いますよ。甘味とか新たな女性層がダンジョンに足を運びやすくなるかもしれませんし」
クロの言葉に頷く二柱。提案自体は女性層を取り込みたい地方の観光地の集まりのような会話だが、ダンジョンへ潜る女性が少ないのも事実で冒険者として活動する女性が少なく、甘味が苦手な男性層からしたら命がけで探検し宝箱から出てきたのがかき氷では美味しいだろうが求めているお宝とは違い落胆するだろう。
≪まだまだ女性層が少ないのも事実。これは起爆剤になるかもしれん≫
「女性の多く住むサキュバニア帝国などに新たなダンジョンを作っても良いかもしれませんね」
「あら、それは大歓迎よ! 私が宣伝してもいいけどサキュバニア帝国としてはキャスお姉さまに大々的に発表させてほしいわ!」
大きな胸を揺らし両手を合わせ妖艶な笑みを浮かべるキュアーゼ。サキュバニア帝国の皇女として昨年あった新皇帝のキャスリーンが起こした魔鉄での取引の失敗を危惧しているのだろう。
「それは構いませんが新たなダンジョンを作るとなると膨大な魔力が必要ですね」
≪それは問題ない。そこにいる精霊王から魔力を借りれば……借りられるだろうか?≫
視線を精霊王へと向ける一行だが、まだエルフェリーンと口喧嘩を続けており魔力を借りる話以前の問題だろう。
「あの、師匠。そろそろ落ち着いて下さい。それに精霊王さまも精霊たちが震えているので一度落ち着いて冷静になって下さい」
そう声を掛けるクロに唖然とする一行。不機嫌に振り向いたエルフェリーンと精霊王だったが、クロが差し出すペットボトル飲料を受け取ると口喧嘩で喉が渇いたのか封を開け口にするエルフェリーン。精霊王もクリスタルのまわりにある花の咲いた蔦を伸ばして受け取り、蔓を使い器用に開けてクリスタルへと近づけ注ぐように体内へ取り込む。
「ぷはぁ~やっぱりオレンジが美味しいね~」
「果実を使った飲み物ですわね!」
先ほどまでとは違い微笑みを浮かべるエルフェリーン。精霊王もない口に合ったのか花が咲き乱れる。
「エルフェリーンと精霊王の機嫌を一瞬で治させるとか……クロの方が神さましている気がするよ……」
エルファーレから漏れた言葉にクロは飲み物しか与えていないのにと思いながらも口を開く。
「えっと、精霊王と契約をしようと思うのですが、メリットとデメリットを確りと確認したいのですが」
花を咲き乱していた精霊王がクロへと向き直り、エルフェリーンはジュースを吹き出し驚く。
「ええ、良くってよ!」
「ゴホゴホ、く、クロは正気かい!?」
咽ながらも驚きの表情を浮かべるエルフェリーンにアイテムボックスからおしぼりを取り出したクロが口を開く。
「自分には女神ベステルさまからの加護があるらしく、いつでも契約はこちらから切れるそうなので……ダメでしょうか?」
「う~ん、それなら問題ないかな~イラっとしたらすぐに契約を切るといいよ~」
悩んでいたがすぐに微笑みに変わり話すエルフェリーン。エルフェリーンの説得を済ませたクロは精霊王へと視線を向ける。
「それで構いませんわ。我は週に一度、神々と同じようにクロが魔力創造したものを頂けるのなら、手を打ちますわ!」
見据えるようにクロへと体を向ける精霊王。
別に無理難題といった感じじゃなかったが……これで精霊たちからのつまみ食いがなくなるのであればいいかな。個別にビスチェの精霊が喜ぶ食事を作っても……
そう思案しながら精霊王との契約を結ぶのであった。
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