甲羅酒
夕食ではカニと貝を使った料理が並び歓声を上げる海竜たち。ラライもサザエに似た壺焼きを前に食べ方をメリリに教わりながら口にして表情を溶かしている。
「カニはこうして手足を外してから足の細い方を入れて、かき出す様にしてやれば身が取れ……おい、ひとが一生懸命教えながらカニの身を出しているのに、それを食うかね」
クロがシャロンとキュアーゼにカニの食べ方を教えていると殻から外したカニの身を口にするアイリーン。
「あむあむ……きっと、クロ先輩はボケて欲しいのだと思ったのですが、あむあむ……」
鋭さを強化したナイフで殻の側面を削いであることもあり身が取り出しやすいのだが、ボケと称してクロが取り出したカニの身を口にするアイリーン。
「ほぅ……それは明日作る予定の海鮮丼を食べないということでいいかな?」
ジト目を向けるクロにアイリーンは椅子から降り素早く土下座に移行する。
「すみません! 出来心です! 海鮮丼は食べたいです……」
既に漬けにして確保してある刺身の事を知っているアイリーンはそれが酢飯の上に乗り、更には今食べているカニやアラを使った味噌汁などが人質に取られれば土下座するのも仕方名のないことだろう。
「まったくアイリーンは……はぁ……シャロンとキュアーゼさんはカニの食べ方は……」
振り向きながら二人に声を掛けると唖然とした表情で他のテーブルを見つめており、クロも視線を向ける。
「カニの食べ方が豪快ですね~」
土下座から復帰したアイリーンの言葉に、確かにと思いながらも足を進めるクロ。
「あ、あの、カニの殻は残していただいても大丈夫ですよ……」
バキバキやゴリゴリといった咀嚼音を立てる海竜たちのテーブルに話し掛けるクロ。カニを殻ごと口に入れ食べる人化した海竜たちがピタリと止まり、バブリーンが一人肩を揺らしている。
「カニは殻ごと足を食べるものだろう?」
海竜の一人がそう口にし、まわりの海竜たちも頷くが、バブリーンはカニに手を付けておらずハイボールを持ったまま笑うのを必死に堪える。
「えっと、カニの殻は消化も悪そうですから残して下さい。食べ方はこうして削いである場所に爪を入れてかき出す感じにして頂ければ簡単に身だけ取れます」
「おお、本当だ! 身だけ簡単に取れる!」
「もしかしてバブリーンがカニを食べなかったのは我々を騙すためか?」
「騙す心算はなかったよ。でも、あまりに面白くて、あははははは」
堪えていたものが決壊しお腹を抱えて笑い出すバブリーン。以前に同じようにクロに教わりカニを食べた経験がなければ一緒になって殻ごと食べていただろう。
「キュウキュウ~」
「殻は固いのだ。身の方が美味しいのだ」
グワラが丁寧に剥いたカニを口にして尻尾を揺らす白亜。キャロットもしれっとその剥いたカニを口にしている。
「通りで顎の弱いエルフがカニを音もなく食べる訳だ……」
「他のテーブルが静かな理由が分かったな……」
褐色エルフや白亜が剥き身のカニを口に入れている姿に海竜たちは目を細めバブリーンを見つめるが、喧嘩になったらこの辺り一帯が危険になるのではと思案したクロが皿に残っている多くのカニの頭を見て口を開く。
「頭の部分はこうして外して、肺の部分を取り除けば食べられますよ」
クロの言葉に視線が集まるがどれも怪訝そうで表情を浮かべる。
「カニの頭の中を食うのか?」
「あれはあまり美味しくはないだろう?」
「よほど腹が減っていなければ食べようとは思わないが……」
そう口にする海竜たち。人であっても蟹味噌は好き嫌いが分かれる事があり無理に進めてもと思ったクロだが「それなら甲羅酒だな」と口にし、離れたテーブルにいたエルフェリーンとビスチェが反応する。
「甲羅酒をするのなら僕も飲むぜ~」
「私もお願い! あれは白ワインに並ぶ美味しさよ!」
アイテムボックスから七輪を取り出し竈から火を移したクロは海竜たちが手を付けていないカニの頭を開き、ガニと呼ばれるエラを外してから丁寧に身とカニ味噌を皿に分けてから甲羅を七輪で炙る。焦げないように注意しながら炙り一度乾燥させ、そこに日本酒を注ぎ入れる。
「クロ先輩、一度カニの殻を焼いていましたが意味があるのですか?」
「この人手間を惜しむと生臭さが出るんだよ。殻をあらかじめ焼くとカニの風味が日本酒に移って美味しくなるからな」
アイリーンの疑問に答えながら沸騰しないよう注意をして酒を温めているとエルフェリーンとビスチェにエルファーレが笑顔で現れ完成した甲羅酒を皿に乗せ去り、残った甲羅酒はバブリーンが手にして息を掛け冷ましながら口にする。
「ぷはぁ~これは絶品だ! あむあむ……カニ味噌と身を和えて食べると更に美味しく感じる!」
バブリーンの恍惚とした表情にごくりと生唾を飲む海竜たち。クロは残っているカニの頭を分解し七輪で炙り始め、海竜たちは目を輝かせる。
「今作りますので皆さんも味を見て下さい。もしかしたらカニ味噌を気に入るかもしれませんからっ!? キュアーゼさん!?」
海竜たちの甲羅酒を作り始めたクロだったが、突如後ろから抱き付かれ背中に当たる柔らかな感触に振り返り声を上げ驚き、キュアーゼは悪戯が成功したと喜び妖艶な笑みを浮かべる。
「ふふふ、私も甲羅酒が飲みたいわぁ~もちろんシャロンのもお願いねぇ~」
すぐに離れたキュアーゼだったが数歩後退るクロ。そのやり取りを見ていたシャロンは頬を膨らませ、ビスチェは眉間に深い皺を作る。
「驚かせないで下さいよ……はぁ……」
驚き照れることを想像していたキュアーゼだったが、クロが深くため息を吐く姿にムッとするもメルフェルンとシャロンのコンビニ背中を掴まれ元のテーブルへと戻され胸を撫で下ろすクロ。
「やっぱりクロ先輩にはシャロンくんですね~」
クロの反応に腐ったフィルターを通して観察していたアイリーンから漏れる言葉にため息が加速するが、気持ちを切り替えて甲羅を炙り日本酒を注ぎ入れる。
「クロ! 俺たちも真似していいか?」
「もちろんですよ。七輪があった方が作りやすいと思うので出しますね」
アイテムボックスから数個を取り出し、更に魔力創造で七輪と網を想像するクロ。それをヴァルが手渡し、褐色エルフたちは天使の姿をしたヴァルから恐る恐る受け取り頭を下げる。
「酔って見間違えたのかと思ったが、やはり天使……」
「天使を従える人族……」
「クロは神?」
海竜の一人からの質問に首を振りながら完成した甲羅酒を皿に乗せ提供するクロ。
「ヴァルは元々はシャドーナイトだっけ? それがホーリーナイトに変わり、今はヴァルキリーという天使らしいです。最近は料理の手伝い以外にも色々と手伝ってくれ頼もしい限りです」
その言葉に両翼を広げキラキラと輝くヴァル。褐色エルフたちが膝を付き手を合わせるのであった。
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