竜王国
一方、エルフェリーンたちは竜王国へと転移し、突然広場に現れ驚かれていた。
「ド、ドランさまにキャロライナさま!?」
「あの少女は……エルフェリーンさま!!!」
「顔に落書きをされているのは……レルゲンか? また、悪さをして懲らしめられたかっ! ぷふっ、なんだ、その落書きは、うひゃひゃひゃひゃ」
「腹が、腹がよじれる……」
竜王国はエルフェリーンたちが住むターベスト大国よりも南西にあり多くの山々に囲まれた陸の孤島である。並みの冒険者では辿り着くことは叶わぬその地には多くのドラゴンやワイバーンなどの狂暴な魔獣が闊歩している。そんな中でドラゴニュートが安心して暮らすことができるのは白夜の巣があり凶悪な魔獣たちも襲って来ないのである。
竜王国は基本的に他国と交流を持たないが塩や麦といった生活に必要な物を購入するためリザードマンの集落を訪れ物々交換などで仕入れる程度でありほぼ鎖国状態である。
そんな竜王国へ現れた少女が目立たない訳もなく、一目でエルフェリーンだと理解したドラゴニュートたちの一人は現国王へ知らせるべく走り、顔に落書きをされたレルゲンたちを見て一目で事態を察しながらも爆笑する者たちが落書きに慣れ落ち着いたところでドランが口を開く。
「この者たちが白亜さまを浚いに来たのだが、知っている者はいるか!」
大きく叫ぶドランに笑い転げていた者たちの顔色が青く変わり、キャロライナは広場に集まっていた十数名の顔を観察し表情の変化から不審な者がいないか探すが、一様に顔を青くし震える姿にため息を吐く。
「皆で怯えては関与しているかどうか判断できませんね……はぁ……」
「そんなに怯えなくてもいいのにね~僕は竜王国を滅ぼしに来た訳でもないのにさ~」
「エルフェリーンさまが我をボコボコにした時の事をお忘れですかな?」
ドランが振り向きエルフェリーンに声を掛け、エルフェリーンは首を傾げる。
「あの時だって手加減したぜ~」
「アレを手加減と呼ぶ者はドラゴニュートにも居りません……はぁ……」
大きなため息を吐いたキャロライナが指差す先には大きな岩山があり、その中腹にはぽっかりと大穴をあけ不自然な形で聳えている。
「我はあの山を見る度に生きている事に感謝しておる……もし、あの時に一瞬でも防御を疎かにしていたらと思うとのう……」
穴の開いた岩山を見つめ昔を懐かしむドラン。居合わせたドラゴニュートたちもその事を知っており、エルフェリーンには手を出すなと口を酸っぱく言われた世代の者たちが顔を青くしているのだ。
「レルゲンのような若い世代では伝説と化したアレを、ただの作り話と思っているのだろうな……」
「子供たちへの再教育も必要ですわね……はぁ……この前に散々説明したのですが……」
拳を握り締めるキャロライナに悲鳴を上げるドラゴニュートたち。この広場にいるドラゴニュートは比較的に年を重ねた者たちでありドランほどではないが人間なら五十代といったところだろう。この者たちは親がエルフェリーンの魔術によってドランをボコボコにした当時の事を体験おり、どれだけ恐怖したかといった話を受け育ちガクガクと震え、更には半年ほど前にキャロライナから『草原の若葉』には手出しを禁止すると伝えてあり、何て事をしてくれたと震えながら非難の視線をレルゲンたちに向けている。
「うむ、今度はわかりやすく実践を交え教えた方が良いだろう。近頃のドラゴニュートは強いものに挑む気概がないからのう……我が無知であったのもあるが、強いものに挑み敗北するのも必要じゃろうて……」
「そうですね……亜竜の討伐でも命じましょうか……もしくは私の拳を交えるか……」
亜竜とは竜王国の外側の森に多く住む竜種で白夜のような古龍ではなく、一般的な部類に入る竜種である。レッドドラゴンやブルードラゴンといった属性を持った竜種とは違い、知能が低く魔物というよりも獣に近い存在で日々生きるために生活している竜種である。
「あ、亜竜退治とか……」
「キャロライナさまの拳の方が……」
「ばかっ! キャロライナさまは魔化せずに拳だけで亜竜を狩る御方だぞ!」
「俺らの魔化程度じゃひき肉にされるのがオチか……」
そんな悲壮感が漂う広場に走って来る男が一人。農作業がしやすい恰好で背中にはカゴを背負いなかには取れたての葉野菜と根菜がぎっちりと入れられている。
「父上! 母上!」
大きな声上げ向かって来るドラゴニュートの男に大きなため息を吐くドラン。キャロライナも眉を吊り上げるが、その後ろには同じく農作業を手伝っていた妻だと思われる女性とキャロットと同じぐらいの男が後を追い向かって来る姿に多少だが表情を和らげる。
「お前はまた農作業をしていたのか……」
走って来た男にドランが呆れながら口を開くが、息を整えた男は顔を上げて口を開く。
「そりゃ、国王の仕事などほぼないですからね。畑仕事の方が国王よりも遣り甲斐がありますから。エルフェリーンさま、お久しぶりです」
背負っていたカゴを下ろしながら話す男はこの国の国王でありドランとキャロライナの息子であるドーガス。遅れて横に付き頭を下げたのは妻のネロハ。更にその横で頭を下げたのはキャロットの兄のドラニスである。
「うん、久しぶりだね~前に会った時は君の結婚式だったよね~仲が良さそうで嬉しいよ~」
「はい、今も夫婦として過ごさせて、」
「あ、あの、キャロットはご迷惑を掛けておりませんか? それだけが心配で……白亜さまの面倒を見ていると聞きましたが、逆に面倒を掛けておりませんか?」
ドーガスの話を遮り妻のネロハが娘のキャロットを心配する声を上げ、微笑むエルフェリーン。
「キャロットはしっかりと白亜の面倒を見ているぜ~今日だって一生に食事をしたし、お昼寝だって一緒にしているぜ~姉妹よりも仲が良いかもしれないね~」
微笑みながら話すエルフェリーンにホッと胸を撫で下ろしそうになるネロハ。
「一緒に食事をして寝ているのですか!?」
「そうだぜ~キャロットが見本になり上手に食べて見せるんだ。お昼寝もキャロットのお腹の上で寝ることもあるね~」
その言葉にドラゴニュートからしたら神と等しい存在である白夜の子である白亜に顔を青くするネロハ。ドーガスとドラニスも同じように顔を青く変える。
「あの娘は白亜さまの巫女には早かったか……」
「キャロットに任せたのが失敗では……」
顔を青くしながら呟く二人にエルフェリーンは首を横に振る。
「それは違うぜ~良くやっているのは本当だぜ~白亜は僕の所で色々と学び、今じゃ自由に飛ぶ事や計算もできるようになったぜ~グリフォンの子供の面倒を見たり、この前はクロと一緒に薬草を潰す作業もしてくれたり、脱皮だってしたんだ。この地で崇められるだけの存在ではなく、自分で考え行動したことで色々な事を学び覚えたんだ! これこそが成長だろ?」
「そ、それは確かにそうですが……」
「白亜さまが飛ばれたのですか!?」
「それは見たかったですね……まだ幼い白亜さまがどれだけ頑張ったことか……」
白亜の成長ぶりを説明され感動したのか涙を潤ませる王族たち。他のドラゴニュートたちも涙しながら話を耳に入れ、青かった顔色も戻り尻尾揺らしている。
「それは良いとして、この地に訪れたのには理由があってな……」
薄っすら涙を流す王族たちによく見えるようドランが半歩横にずれ、涙に滲む視界が捉えたのは三名の落書きされたドラゴニュートたち。その姿にドーガスがキョトンとするが数秒遅れて吹き出し、妻のネロハや息子のドラニスも同じように吹き出して笑い声を上げ、何とも言えない表情を浮かべるレルゲンたち。
「これからは場所を移して話しましょうか」
座った瞳を向けているキャロライナの声に、笑い声がピタリと止むのであった。
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