来年結婚する二人の為に
「俺は着替えながら小雪と七味たちの様子を見てくるからな」
そう言って女神の小部屋の入り口を出現させるクロに千切れた袖を持ったルビーは涙目で頷くが、待ったの声が掛かる。
「クロ殿、その前に少し構わぬか?」
「はい? えっと……」
「その空間に空いた穴が前に言っていた女神の小部屋というスキルなのだろうか?」
クロの横にぽっかりと穴を開ける白くぼやけた入口を指差すドズール。
「本来は小部屋というスキル? 死者のダンジョンで手に入れた宝珠を使って得たスキルですね。アイテムボックスとは違い自分で中に入る事ができて、アイアンアント退治に連れてきた小雪という名のフェンリルと七味という……七味たちの種族って何だ?」
七味たちの姉であるアイリーンに視線を向けるクロ。
「七味たちは七味です! 種族は蜘蛛の魔物でありながら念話と文字を覚えた将来性しか感じない素晴らしいコック見習い?」
自信満々にいっておきながら後半は首を傾げるアイリーン。
「が、中にいるので、おっと、出てきちゃったか」
「わふっ!」
女神の小部屋の入り口から飛び出して来た小雪がクロに飛び掛かりへっへとしながら尻尾を振り、近衛兵やメイドたちが驚きながらも瞬時に武器を構えるが軽く手を上げ武装解除を促すドズール。
「危険はない。武器を下ろせ……小雪にはターベスト王国の幼い王女たちも懐いてほどおとなしい性格なのだろう?」
「もちろんです! 小雪は良い子ですし、無暗に人を襲わないよう言い聞かせています! 襲われたら反撃しますが並の冒険者や兵士では相手にならないと思いますよ~ねぇ~小雪~」
「わふっ!」
クロに撫でられていた小雪はお座りの姿勢で尻尾をゆっくりと振りエルフェリーンが口を開く。
「この子は僕の妹のエルファーレが大切に育てているフェンリルだからね~小雪に何かあったら僕だけじゃなくエルファーレも怒るからね~もちろん、白亜にドランやキャロットにもだぜ~」
ドワーフは物作りが得意であるのだが目の前に珍しい素材があれば強硬手段を取り手に入れる事も歴史上多々あり、白く美しい小雪の毛並みをうっとりと見つめる王妃や、白亜にドランやキャロットといったドラゴンの鱗は喉から手が出るほど欲しい素材のひとつだろう。
「そこは理解している心算だ」
エルフェリーンの言葉に深く頷くドズール。王妃たちも同じように頷きながらも視線をクロへと向ける。
「そうではなくてだな……そのだな……もし可能であれば、またウイスキーを売って欲しいのだ……」
つい数週間前にドズールの息子の結婚披露宴の為にウイスキーを百本とブランデーをニ十本ほど売ったのだが、新たに購入したいという口にする。
「足りなかったのですか?」
「そうではないのだ……我がこの地に戻ったのは一週間ほど前なのだが、披露宴の為に妻や宰相たちに試飲させたのだが……」
「ブランデーが素晴らしいのですわ!」
「いえ、ウイスキーの方が素晴らしいです!」
「私は両方共素晴らしいと思いました。どちらも芳醇な香りと強さを兼ね備え、この世に存在したことに喜びを感じたほどですわ」
ドズール横に座る三名の王妃たちが言葉を遮り話し、うっとりとした表情でウイスキーとブランデーの味を思い出しているのだろう。
「もしかして全て飲まれたのですか!?」
「全てではないぞ、全てでは……だが、できるならまた買い取りたいのだ。それとは別に蒸留器も完成してから見てもらえればと思ったのだ。クロ殿から資料を受けこの城の東側に新な蒸留工房を作り日夜研究しておる。蒸留したての酒は香りもあまりなく、アルコール度が高いだけの酒。あれを樽に入れ寝かせることで風味が付くのだろう」
ドズールがドワナプラ王国へと帰還したのは一週間ほど前でありながらも既に蒸留器と施設を作り上げ、何十個と樽に入れ寝かせている事に驚く一同。
「最低でも五年は寝かせないとですね」
「それは楽しみだね! ドワナプラのウイスキーとブランデーが完成したら僕も飲みたいよ!」
「はい、その時は、是非お飲み頂ければと思います」
(私は日本酒の方が美味しいと思いますわ。あのキレのある味とどんな料理にも合う協調性に水を思わせる透明感……あれこそが酒の本質ではないかしら?)
話がまとまり始めたところへ武具の女神フランベルジュの大楯に文字が浮かび上がりそれを凝視する王妃たち。ドズールは苦笑いを浮かべ、ラズールと王妃になる女性も同じように苦笑いを浮かべる。
「それは是非とも試飲しなくてはですわね」
両手を合わせて笑みを浮かべる王妃に他の王妃も頷き、申し訳なさそうな表情で頭を下げるドズール。クロはといえば女神の小部屋の入り口から顔を出した七味たちに状況の説明をしながらも、アイテムボックスを立ち上げ手持ちのウイスキーとブランデーに日本酒の数を確認している。
「それなら今日は試飲会をしないとだぜ~」
「うむ、ワシの作った日本酒も飲ませたいのう」
「あら、白ワインも飛び切り美味しいのよ!」
エルフェリーンの言葉に賛同するようにドランとビスチェが口を開き、今日はまだ帰れないなと思いながらもテーブルにアルコールの瓶を並べるクロ。
「あ、あの、俺からもお礼を言わせて下さい!」
ドズールの息子であり来年に結婚を控えたラズールが立ち上がりテーブルに瓶を並べ始めたクロへ王妃になる女性と共に頭を下げ、クロは「いえいえ、よく頼まれますので」と軽く流しながらも結婚式といえばシャンパンもかなと新たな瓶を置き、初めて見る瓶に目を光らせる『草原の若葉』たち。
「ん? その瓶は初めて見るね」
「私たちに隠していたお酒なのかしら?」
「これはシャンパンですね~結婚式によく飲まれるお酒でお高いですね~」
近くにいたアイリーンが手に取り簡単な説明をするとドワーフたちからの視線を集め、なかでも来年結婚する二人からはキラキラとした目でクロを見つめる。
「前に色々調べて結婚式をするのならやっぱりシャンパンとかも必要かなと。ほら、シャンパンを開けた時の音とかお祝い感があっていいだろ」
「ポン! と弾ける感じのやつですね! あれで照明が割れたり新郎のおでこに直撃したりのアクシデントも欲しいところですね~」
「お前は何を望んでいるんだよ……」
「でもでも、アクシデントがあれば一生の思い出に」
「王室の結婚にアクシデントはまずいだろ……」
クロからのジト目に手にしていたシャンパンをテーブルに戻すアイリーン。ドランは自身のアイテムバッグからゴブリンたちと作った日本酒の樽を取り出し、ビスチェはアイテムボックスから白ワインとチーズの燻製を取り出すと封を開けマイペースに口に入れる。
「クロ先輩! シャンパンを開けても?」
「アイリーンが開けてくれるから、ルビーはちょっと待とうな」
「ちょっ!? それって私がハプニングに見舞われるフラグでは!?」
抗議の声を上げるアイリーンを無視して適当なおつまみもテーブルに広げ始めキャロットと白亜がテンションを上げポテチを開封し、ドランは日本酒の樽を開封し柄杓を使いメイドにグラスを持ってくるよう指示を出し、エルフェリーンはニコニコしながらロザリアと共にビスチェの燻製チーズを口にしながらウイスキーとブランデーを開封する。
「では、シャンパンを開けますのでシャンパンタワーの準備に、」
「それはしなくていいから普通に試飲しろ……あれってほぼほぼグラスの下のトレーに溜まるからな」
「では、シャンパンコールを」
「静かに開けなさい……」
クロからの冷静な注意に口を尖らせながらも普通にシャンパンを開け噴き出し、高価な絨毯を濡らし慌てて浄化魔法を使うアイリーンなのだった。
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